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しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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5月の題詠ったー 1


5月はうたの日に出さない
(結果的に途中から出してましたが)代わりに、
せめて毎日詠んでおこうと思って、
題詠ったーを利用してました。
「『模様』と『ファスナー』を二つともを題として15分以内に歌をつくりましょう。」
とか
「『魔法』と『素数』のどちらかを題として55分以内に歌をつくりましょう。」
とか出るやつね。
後者の方は出来れば二首、出来なければ一首詠んでます。
5月2日から始めて、
やらなかったのは一日だけという
なかなか真面目な結果となりました。
結果といえば、
ツイッターで流すものなので、
やっぱり結果といえば「いいね」の数、かな。
これがなかなかもらえないんですよね。
自分の短歌に人を立ち止らせる力の無いことを痛感します。
うーん、
立ち止らせる力がないって
ちょっと上からな感じですね。
多分、単純に出来が悪いとか、
響くものがなかった、というだけなんでしょうね。

ある程度反響があったものから
こっちに転載していきます。

6いいねをもらったうた。
改行で分かれてしまったサンダルのサンだけ海に沈んでしまう
(5月8日「改行」と「サンダル」)
抱き上げた猫が背中を越えてゆく夏の扉を見つけたように
(5月10日「訳」)

5いいねをもらったうた。
揺れるほど選択肢はなくトーストにべったりと雪印ネオソフト
(5月12日「揺れる」)
いつかきっと思い出せなくなる今日に蛍光ペンでラインを引いた
(5月12日「ライン」)
イブA錠二錠含んでカーテンの向こうが雨でありますように
(5月20日「カーテン」)

4いいねをもらったうた。
誰を、なら守っていけるというのだろうランチョンマットにミルクの輪染み
(5月9日「乳」と「守る」)
おにぎりの三口めで出る梅干しの赤 言い訳のようにすっぱい
(5月10日「訳」)
成績表楽譜にはさんで帰る午後白線全部踏み外してる
(5月14日「成績」と「楽譜」)
夕焼けが集まってくる公園に足音だけが遊びつづける
(5月20日「足音」)
もしもし、こちら言葉の罠です比較的傷の少ない言葉あります
(5月30日「罠」と「もしも」)
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昨日の連作、
ツイッターでも
うたの日の「銀のお匙亭」はわたしでした。
連作にしましたーって流したんですが
お二人の方からリプを頂いて、
めちゃうれしかったです。

それから、昨日は、
ネプリの
「とらぬたぬきうどんでおなかをふくらます唯一の方法」Vol.2
の、嬉しい感想まで頂いて、
ホントうれしかったですー。

チャレンジ、微妙に失敗


本当はこの記事は、6月1日ぐらいに書くつもりだったんですが、
昨夜、大失敗しちゃったので、
二日切り上げてしまいます。

というのは、うたの日のこと(またかい)。
実は今月、
しま・しましま名義ではなくて、
銀のお匙亭という名義で、
十日ほど前からうたの日に投稿してました。

きっかけは、
「恋人」というお題で
「ほんとうに何にもないね、冷蔵庫」「恋人が出て行っちゃったからね」
という短歌が出来て、
この物語を連作に出来ないかなぁと思ったことでした。
で、きっかけのうたがうたの日の題詠から出来たんだから、
残りも全部うたの日の題詠でやってみよう
うたの日のお題で、
毎日一首ずつ詠む連作にチャレンジしよう
と、思ったわけです。
5月末まで12日あるから、
うまくいけば10首+アルファの連作が出来る、と。

名義を変えたのは、なんとなくでしたが、
名義を変えた以上は
出来るだけ中の人がしま・しましまだと
ばれたくない。
でも投稿するからには選もしたいしコメントもしたい。
しかし、感想の散文書くと、くせが出てばれるかも知れない
ということで、
投稿は「銀のお匙亭」
選とコメントは「しま・しましま」で
というのを自分に課すことにしました。
ところが、昨日とうとうやっちゃったんですよね。
選を「銀のお匙亭」で。
投稿と選が「銀のお匙亭」で
コメントが「しま・しましま」
うーん……
誰もそんな事チェックしないし気付かないだろ
とは思ったんですが、
まあ、ほぼ終りに近かったこともあって
潮時と判断しました。
今日の分も一応用意したあとだったんですけどもねぇ。

それにしてもスリリングなチャレンジでした。
一応の連作のテーマだけはあるんだけど、
それをどう毎日のお題と擦り合わせていくか、
最終的に軸をずれずに全う出来るか。
一応、一応は
わたしの中で設定とストーリーがずれずに出来た、
と思ってるんですけども、
端からみたらどうなんでしょうね。
ちなみに、
うたの日の成績は、
うーん、微妙?
って感じだったことをお伝えしておきます。


「卵ポケットは外しておくよいつだってきみが戻ってこられるように」

既視感がありますねってただぼくをみていたひとの白い白い首
ガムシロが混濁させるアイスティ「どこかでお会いしてたでしょうか?」
あれは、そう、あれは、と言って黙り込む人 食い気味に折からの雨
一枚の毛布もきみと分け合えない代りに何度もおやすみを言う
恋人は眠れる森の雪女麦茶出すときちょっとぶつかる
ほうれん草を毎日三束こころまできみは緑に染まりたがって
勾玉のしせいで眠るこいびとを照らすあかるい冷蔵庫のひかり
けんかした夜はいっぽんの木になって窓の向うを眺めていたね
肺胞があおくなるほど冷たくて恋人の息吸い込んでいる
その地図に居場所がないと泣く人の髪を撫でれば冴え冴えと黒
残された靴ひんやりと靴箱に 出すこともなく色褪せもせず
「ほんとうに何にもないね、冷蔵庫」「恋人が出て行っちゃったからね」

初夏の季語


好きな初夏の季語ベスト3を聞かれて
麦秋
浜昼顔
バナナ
って答えたんですが、
よく考えたら
羽蟻も大好きな季語だなぁ。

過去句だと
麦秋や赤子の耳の聡きこと
手に負へぬほどのひかりよ浜昼顔
夏風邪のゆつくりバナナ剥いてゐる
(季節感としては弱いかと思ってダブル季語w)
包丁のどれもなまくら羽蟻の夜
とか、
探せば他にもあるけどそんな感じ。


そして、
この間結社誌に出した初夏の句がこちら

「そら豆剥いて」
初夏や飛び立ちさうに鳩サブレ
クレソンの一束水の重さにて
毛虫みな道の半ばや我もまた
予報にはなかった雨を子燕と
そら豆を剥いて話に加はらず
明易し大人ばかりの住む家も

どれも使ってねえ!

最近また、ポツポツと
うたの日に選とコメントを入れるようになったんですが、
アレですね、コメント少ない。
結果発表後にツイッターの方で
何かしらコメントされる方もいらっしゃいますが、
やっぱり少なくて淋しい気がします。

わたしは選をすることと、
選をしたものについて何か感想を言ったりすることが
割とセット感覚なんです。
自分の選のフォローというか、自分の選に説得力を持たせたい、
そんな感じもありますし、
ただ単純に自分の作品にコメントもらうと嬉しいので
自分自身もそうしてる、的なところもあります。
でも、ホントにうたの日のコメント(評/感想)って少ないんですよね。
必須じゃないから、時間がないからとか色々理由はあると思うんだけど、
もしかしたら基本的にコメントいらない系の人が多いのかも……
と思って、
ちょいちょいコメントを入れるかどうか
悩んだりする時期があったりします。

あのコメント欄を「評欄」って捉えるから
書きにくいのかなぁとふと思ったりしますが
どうなんでしょうね。
「評」っていうとハードル上りますよね。
まず揺るがない普遍的なものさしを自分で持ってないと
「評」にならない気がするので。
ちなみにわたしはそういうものさしを持ってないので、
ずっと「感想コメント」です。
評と感想、どっちが上とか下とかじゃなくて、
全く違うスタンスでするものっていうだけの話だと思うんで
評じゃなくてすいません
的な気持ももってないです。

ここだけの話ですが、
わたしがうたの日の月一回のイベント、
うたの人を避けるようになったのも
実はこのコメント問題が理由だったりします。
向こうは一応「選評必須」なので仕方ないといえば仕方ないんですが、
通常回のうたの日では選のみ、
うたの人では選評あり
ってなんかキモチワルイなって感じちゃって。
あっちは上等みたいな感覚。

へんな事書いたら笑われるかも
へんな事書いたら気を悪くされるかも
みたいな怖さは確かにあるかもですが
(実際そういうの見るしね)
もっとみんな気軽にコメント入れたら楽しいのになぁ
って思ったりします。
自分が選ばなかったうたについて、
なるほど!そういう読みが!
みたいな発見があるのも楽しいですよね。

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