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Author:しま・しましま
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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(2月20日「ゑ」)


2月20日のうたの日は「抱」「ゑ」「自」「大」でした。

「ゑ」
ぎこちなく振られてゑゑと鈴が鳴る願ひはどこで叶ふのでせう(しま・しましま)
「ゑ」一文字!
「え」って読む古いひらがななわけですが、
ひらがな一文字って難しくないですか!?
どう「ゑ」で詠んだらいいんだろうって
頭を抱えたお題でした。
「ゑ」でわたしがまず考えたのが、
いろはうたの
「あさきゆめみし ゑひもせす」
でした。
ずっと文字通り「えひもせす」あるいは「えひもせず」
だと思ってたのが、
あるとき、
「酔ひもせず」だって知って、
なんだかとてもびっくりしたことがあって、
酔うで「ゑ」使えるかなー
とか思ったわけです。
が、なかなかうまく使いこなせなかったんで没。
もう一つ、「ゑ」というと
これがあります。
強烈な「ゑ」
加藤治郎さんの
にぎやかに釜飯の鶏ゑゑゑゑゑゑゑゑゑひどい戦争だった
これには引きずられちゃいけないな
自分を強く持って!
って励ましたんですが、
うーん、やっぱり「ゑ」一文字は難しかったです。

ハートを入れたうた。
西村曜さんの
ゑをるって読んでいたころゑゑゑゑゑ(るるるるる)戦争なんて知らなかったよ
ところが!
こうやってあざやかに加藤治郎の本歌取りされてる方がいて
どびっくりでした。
しかも、「ゑゑゑゑゑ」を「るるるるる」と読ませるという!
オリジナリティ溢れる表現がすごく面白いなって思いました。
ちゃんと、「ゑゑゑゑゑ」が「るるるるる」である理由も
ナチュラルに分かるようになってるし。
「って読んでいたころ」「るるるるる」「なんて」「知らなかったよ」
と、軽くて明るい詠み方で、
後ろに重たい「戦争」が横たわってる感じもいいなって思いました。
その明るい詠み方が、幼さ(無知)から来るもので、
今は「戦争」について、まったく知らないわけじゃないって
そんな感じがします。

音符を入れたうた。
睡さんの
こゑといふ器に流しこむ為のこころが足りず黙つてしまふ
このうたは
旧かな遣いで「ゑ」の入る言葉をつかったうた。
初句にばーんとその「こゑ」を持って来てるところが
題を意識したうたって感じがしました。
で、「ゑ」に無理がないところがいいですよね。
「こゑ」が「器」である
っていう前提がまずすてきだなって思うし、
その器に入れるものが「こころ」である
っていうのもすてき。
そして、その「こころ」が足りないので何も「こゑ」に出来ない
ってうわー、いい!
って思いました。
「こゑ」「こころ」とさりげなく韻が整えてあって、
なめらかなところもいいなって思いました。
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うたの日(2月19日「くじら」)


2月19日のうたの日は「くじら」「慣」「証」「改」

「くじら」
すこしさびた蝶番から洩れてくる鯨の声をもう一度きく(しま・しましま)
しょっちゅう書いてる気がするけど、
海獣大好きなんですよ。
「くじら」の題、これは出さなければ!
って感じでした。
この間の「自由詠」の時に、
マナティとくじらの祖先の話を書きましたが、
そういえば他の海獣の祖先は何なんだ
と思って、あの後調べてしまいました。
セイウチとか、あの辺は、
カバでも象でもなくて、
(いくつか説はあるみたいだけど)クマなんだとか。
お前はクマかー。
と思って、なんだか楽しかったことを、
特に書く事が無いので書いてしまいました。

ハートを入れたうた。
柊さんの
聞こえない筈の歌声響いてるクジラの骨の標本の下
このうた、まず「クジラの骨の標本の下」という
この場所がステキだなって思います。
「歌声響いてる」ってぐらいだから、
主体はそこにいるんだと思うんですが、
クジラの全身骨格の標本って、
まあ種類にもよるとは思いますが、
小さめとしても大きいですよね。
すでにけっこう広々とした空間が想像されて、
それだけでもう気持がいいなって思います。
モノの下とはいっても、
「骨の標本」なので、風通しもよさそう。
クジラの骨格標本の下に潜れたらステキだなぁとか
まずそんなことを思いました。
で、
そこに「歌声響いてる」わけです。
しかも「聞こえない筈の」
ということは、
クジラの歌うその「歌声」が、
その場に流れているわけではないけれど、
主体には感じられたってことと思います。
骨になったとはいえ、
リアルなクジラに物理的に近づくことで、
より強く生前のクジラへの思いが強まった
みたいな感じがいいなって思いました。

音符を入れたうた。
小川けいとさんの
くじらよりもっと大きな愛なのに君は欲しいと言ってくれない
「君は欲しいと言ってくれない」
っていう下の句が切ないうたでした。
「君」がどういう相手なのか
それはこのうたでははっきりしませんが、
少なくとも主体が「大きな愛」を受け取って欲しいと
そう思ってる相手ですよね。
切ないなぁって思うのは、
これが受け取ってくれない、みたいな
はっきりと拒絶されてるわけじゃない嘆きなところ。
モノならね、
欲しいと言ってくれなくても渡せちゃうところありますが、
「愛」しかも「大きな愛」ってなると、
欲しいと言ってくれないと渡せないとこあるなぁ
って思いました。
このうたでは「くじら」は、
比較対象として登場しますが、
くじらの体の大きさ、なのか、
くじらの愛(くじらへの愛?くじらからの愛?)なのか
その辺りがちょっと判別しづらいなって思ったところが
少し残念な気がしました。

こまちさんの
6歳のわれの憧れ乗せたまま大空をゆく真白きくじら
読んですぐに中川李枝子の童話「くじらぐも」を思い出しました。
小学校の教科書に載ってたりしたんですよね。
調べてみたら、一年生の教科書に載ってるみたい。
だから「6歳のわれ」なんですね。
このうたもね、
広がりがあって気持がいいんですよね。
視覚的な気持よさだけじゃなくて、
そこに自分の憧れが乗ってるところに、
自分自身が雲に乗って大空を行くような気持よさがあって
いいなって思いました。
「ろくさいのわれのあこがれのせたまま」
という上の句のア行の明るい調べが、
より心地良さを増してるなって思いました。
小学校で「くじらぐも」を読んで以来、
大きな白い雲を見るとすぐにくじらを連想し、
あの時のわくわくが甦ってくる
っていうか、そういう雲見る度に
あっくじらぐも!って思い続けてる感じもいいなって思います。

照屋沙流堂さんの
肺呼吸で海に棲む業の引き換えに死後鯨骨は宇宙となりぬ
「鯨骨は宇宙となりぬ」
がいいですよね。すてき。
他の方のうたにもありましたが、
死んだ鯨は、
まず海底で他の魚の餌となって
その後大きな骨が住処となるんですよね。
鯨骨のエリアに特殊な生態系が出来るぐらいなんだとか。
その生態系を「宇宙」と表現されてるのかな
とも思います。
が、
そこからまた長い時間を経て、
鯨骨が化石化するわけですが、
わたしはその長い長い時間込みで「宇宙」かなって思いました。
正直言うと、
わたしの好みでは、
このうたは言葉数が多すぎるなって気がしますが、
「鯨骨(げいこつ)」という固い言葉と
他の漢字大目の言葉群は雰囲気があってるなって思いました。

紅鉄さんの
夢に見る鯨はいつでも海の底それでも怖いと泣いた幼子
うたの日に
大きいものが無性に怖いってことありますよね。海の底はこの子のおうちからずっと遠くにあるんだけど、それでも怖い、っていうか暗い海の底に巨大なくじらがいるんだって想像するとそれだけで怖いって気持、分かるなぁって思いました。
ってコメントしましたが、
そういう感じ、ふんいきがあっていいなって思ったうたでした。
「夢に見る鯨はいつでも海の底」
というのは、主体の見る夢のことのようなんですが、
下の句では
「それでも怖いと泣いた幼子」
と、自分のことではないような書き方がされてるので、
あれ?夢もこの幼子の夢なのかなってちょっと違和感があります。
あと、「海の底」にいつもいるって、
それ自体が「怖い」もののようにも思えるので、
「それでも」という繋ぎ方はどうなんだろうって思ったんですが、
海の底はおうちから遠いんだよと諭される、
という途中経過があったのかも知れないなって思います。
このうたの醸す雰囲気はすごく好きで、
幼い子供が、何か大きなものを怖いって思ったら
とにかく怖いって泣くしかない
みたいな感じ、
ここがとにかく好きだなっていう音符でした。

うたの日(2月18日「鼻」)


2月18日のうたの日は「ダンス」「鼻」「偶然」「檻」でした。

「鼻」
とうとう雨が降りだしてきた帰り道 小鼻を伝ってゆく熱いみず(しま・しましま)

ハートを入れたうた。
雨宮 司さんの
鼻につくゴムの焦げてるような臭いどこから風に吹かれてるのか
稀によく、「ゴムの焦げてるような臭い」が
ふっと漂ってくることありますね。
うん、ありますよね。
炬燵とか、ストーブの前とかだと、
どこからも何もそこからだろってなるんですが、
このうたは、
多分外にいて、漂ってきた匂いに気がついた
という状況と思います。
で、わたしがすごくイイな!って思ったのは、
「どこから風に吹かれてるのか」
っていう下の句。
どこからその匂いがするんだろう
っていう、匂いの元を考えるんじゃなくて、
それが風に運ばれてきた、
元のなにかが風に吹かれてきたんだ
って思うところ、いいなって思います。
しかもほんのりかっこいいし。
ボブ・ディランですよ。
そうだ、ボブ・ディランだ
って思うと、
この「鼻につくゴムの焦げてるような臭い」も、
単なる現象ではなくて、
やばい世界情勢を風に聞いてるようにも思えます。

音符を入れたうた。
高槻さんの
祖父と母わたし息子とだんご鼻さくやこのはな受け継がれゆく
連綿と受け継がれるものをあたたかく詠まれてて、
しかもそれが「だんご鼻」っていうところが
楽しいうたでした。
面白さに振りきってなくて、
美しい詩語がさらっと詠み込まれてるところも
ステキだなって思いました。
古今和歌集の
難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花
の「さくやこのはな」ですよね。
ちょうど今ぐらいの季節と、
この元のうたで詠まれてる梅の花がぴったりで、
待春の気持もなんとなく感じられるところが
あーなんかすてき
って思いました。
「だんご鼻」って、
正直言ってそこまで羨ましい遺伝ではないですよね。
でも、これがうちの母方の血筋
って言い切れちゃうところに愛情を感じます。
「祖父」「母」「わたし」「息子」と
受け継がれた「だんご鼻」。
ここに「さくやこのはな」の一語があって、
その先も受け継がれていけって願ってるような気がしました。

大橋春人さんの
鼻水のついたティッシュを燃やしますいつか誰かの雨になります
「鼻水のついたティッシュ」を「燃や」すこと。
水分を含んだティッシュを燃やすことで、
その水分が蒸発し、
いつか上空に雲として溜まっていって、
遠い将来雨として降って来るだろう
っていうことの、
理屈部分だけを削って、
風が吹けば桶屋が儲かる的な表現をされてるところが
面白いなって思いました。
しかもそのティッシュは「鼻水」がついてるという。
後で出て来る「誰かの雨になります」から、
なんとなく鼻炎の鼻水ではなくて、
泣いたついでの鼻水な気もします。
今の辛いとき、泣いた涙も鼻水も、
いつか昇華してって「誰かの雨」になる
って思う時、
「誰かの雨」が福音として、
めぐみの雨として詠まれてるのだとしたら
それはロマンティックでやさしいうただなって思います。

うたの日……のことじゃない話


2月17日のうたの日は……
「抜」で投稿したんですが、
この夜は句会で外出してたので、
選が出来ませんでした。
ちなみに
伝説の勇者でなければ抜けないと言われて火照る指先のとげ(しま・しましま)
でした。

後からいいなと思ったものをいくつか選んで
感想書こうかなとも思ったんですけども、
別の話題でもいいかなー
とか。
えーと、数日前にも、
連作の話をしましたが、
またその話。
ゾンビ短歌20首連作を作った、
という話なんですが、
これを三人の方に読んでもらいました。
「ゾンビ」っていうそのまんまな言葉を使いすぎ
とか
ゾンビイメージがよくある感じかな
とか
美醜のコントラストとか
うたの並べ方とか
あと、このうたについてはわからない
とか、
ご意見を頂いて、
ああー、なるほどそこは気がつかなかったけど、
たしかにそうだ
ってことばかりで、
ホントに色々アドバイスありがたかったです。
書いてもらったことを参考にして、
いくつかは部分的に手を入れて、
いくつかはさっくり別のうたに入れ替えたりして、
決定稿も送らせてもらいました。
多分こんかいのアドバイスは、
今後別の連作をつくるときも、
かなり有効なんではないかなーって思ってます。
一首一首のクオリティの問題は
とりあえずその時々で違うわけですが、
配置の仕方とか、
複数のうたを並べた時に、
このうたのこの部分がこっちのうたに干渉しちゃうとか
このあたりは何の連作でも同じですよね。
ちなみに今回の連作は、
前にも書きましたが、
ゾンビドラマ「ウォーキングデッド」が好き過ぎて作ったやつ
ってことですが、
20首連作で、
まったく新しい世界観のゾンビワールドを作り上げる自信がなかったのと
まったく新しいゾンビワールドだとしたら、
いくつか説明的なうたを用意しなくちゃいけないな
となると20首じゃ足りないなぁ
ってことで、
一応世界観としては、
みんながぼんやりと思い浮かべることが出来るゾンビワールド
を借りることにしました。
そこに一人の主人公を置いて……
という感じで詠み進めました。
ありものの世界観の上に、ではありますが、
フィクションの物語を構築していくのは
思った以上に楽しくて、
これはまた手を出してしまいそうな楽しさがあるなって
思ってます。
今回は三人の方に読んでもらいましたが、
次回(があるとしたら)、
もう少し人数が増えるといいなって思ってます。
よろしくお願いしますー。

うたの日(2月16日「空白」)


2月16日のうたの日は「告白」「白衣」「空白」「臼」でした。

「空白」
あらかじめ削られている文章の( )に意味を生み出しなさい(しま・しましま)

ハートを入れたうた。
木蓮さんの
君がもし 二行の空白のあとのお幸せにを今でもなぞる
このうた、ぱっと見たときは、
ん?どういううただろうって思ったんですが、
ちゃんと読んでいくと、
あー、なるほど
って思わせられます。
初句の「君がもし 」
は、手紙か日記に記した言葉なんですね。
そして、その言葉はそこで途切れてて、
「二行の空白」を置いて、
「お幸せに」
って言葉がある、と。
結句に「今でもなぞる」ってあるので、
主体はこの自分の書いたもの、
出さなかった手紙、という線も考えられますが
これを時々出してみてる。
指で「お幸せに」の部分をなぞったりしながら。
そういううたと思います。
このうたの「君」と主体がどういう関係で、
どういうことが過去にあったのか
それはわからないんですが、
なにかほんのりと、しみじみと切なくて
しかもこの切なさは長く残るタイプのやつだ
って感じがしていいなって思いました。

音符を入れたうた。
鮎さんの
歯ブラシが一本減った空白にスターチスでも活けようかしら
「歯ブラシが一本減った」
それだけで状況が想像されるっていうところ、
日常につかう道具って雄弁なんだなぁって思いますね。
で、このうたは
「スターチス」という花のチョイスが絶妙だな
って思いました。
「歯ブラシが一本減った」その空間が、
なんとなく長く続きそうだ、
っていうような予感も少しします。
この花のチョイスがホントいいなって思って、
ハートも考えたんですが、
「空白」って、空間にも使うのかな
っていうところが少しひっかかってしまいました。

UrbanBluesさんの
クリームが入っていない空白もクリームパンと呼べばしあわせ
これも空間の「空白」のうたですね。
クリームパンって確かに、
あんぱん以上にパンと中身の間に空間が出来るような気がします。
ドーナツの穴
みたいな、ないことがある
みたいな存在の新しい表現で楽しいなって思いました。
で、
そこもクリームパンの一部だっていう
しかも、
そこも「クリームパンと呼べばしあわせ」
って、
とてもほんわかあかるい気持にさせられるうたって思いました。

心伝さんの
空白の三年間を語ろうかあの時俺は僕になってた
回想の始まりを切り取ったような感じで、
その後どう続く物語なんだろうって
興味がわくうたって思いました。
物語の始まりって、
ここから広がる予感みたいなものがあって
なんかロマンがあるっていうかステキですよね。
「俺」が「僕」になる、
この一人称の違いに大きな意味があるんでしょうね。
色々と想像が膨らむような、
それよりは語られるのを待つ方がいいような、
不思議な魅力のあるうたでした。

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