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しま・しましま

Author:しま・しましま
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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日の人々 <ゆらさん>

ゆらさんはうたの日の初期メンバーのおひとり。
皮膚感覚で詠まれたような、
ひりひりした思い
みたいな感じがするうたが特に印象にあります。


2014年04月24日『関西』
徳島は関西じゃないと騒がなくなったあたりで始まる初潮
「徳島は関西じゃない」っていうの、
多分住んでないと分からない
ことなのかも知れませんが、
徳島は関西
という意識があっての
「じゃない」
なんでしょうね。
地理的にも近いですし
きっと文化圏が関西寄りなんだろうな
って思います。
で、ある程度大きくなると、
地理的な分類では
関西ではなく四国である
って分かるようになるんだろうけども、
まだそれでも、
でも関西……
みたいな気持があるんじゃないかと
想像してみます。
それがだんだんと
そうだよ、四国だよ
って受け入れられるようになった
「あたりで始まる初潮」
っていうのがいいなって思います。
小学校高学年から中学のあいだの、
どこか、なんでしょうね。
「初潮」でまためんどくさいことを
飲み込んで生きていかなくちゃいけない
みたいなコトが始まると思うと、
可笑しくて切ない感じもあって
いいうただなって思いました。

2014年07月12日『ナイフ』
フォークには希望がなくて仕方なくナイフでバニラアイスを食べる
「フォークには希望がない」
っていう感覚、
これは作者、あるいは作中主体の
独自の感覚なんだろうと思うんですが、
なんとなく、
あーたしかに……
とも思えるから不思議。
なんでしょうね、すくえないからでしょうか。
「希望」がないから使いたくなくて、
「仕方なくナイフで」食べる
というのはまあ、
そういう流れなら
とも思うんだけど、
「バニラアイス」かーい
っていう。
そうなんだ、
スプーンはなくて、
選択肢に入れることができなかったのか
って思うと
これもやっぱり切ないなぁ。
すくったもののホールド感のない、
平らなナイフで
すぐに溶けて落ちてしまいそうな
「バニラアイス」を食べなくちゃいけない
この息をつめてやらなくちゃ
って感じがなんともいえないなぁ
って思って好きなうたでした。

2015年02月02日『負』
不死身とは言えないむしろ負死身って感じで今日もお皿を割った
ゆらさんのうたには、
多分実際のご職業に関連するのかな
って場面も
多く詠まれているように思います。
お皿を割るっていうのは、
日常生活でもあることではありますが、
このうたの場合は、
やっぱり職業詠としてのお皿かな
って気がします。
「不死身とは言えないむしろ負死身って感じで」
の「負死身」の当て字が
つらくてちょっと面白いなぁって思います。
「って感じで」
ってフランクにつなげてますが、
そういう感じだから割っちゃうのか
お皿割っちゃう自分だからそうなのか、
どっちにしても
しんどいところを詠まれてるうたって思いました。

2015年05月26日『ボタン』
ブラウスにたくさんボタンをつけている たくさんの色さえずる初夏だ
うたの日でハートを入れたうたでした。
初夏の明るさ!
って感じがします。
「たくさんの色さえずる初夏」
って、いい表現だなぁって思います。
空の青、若葉の緑のグラデーション、
花の色とか、もちろん道行く人の服装も。
そういう色んな色が「さえずる」っていいなぁ。
主体も、その初夏のために
「ブラウスにたくさんボタンをつけている」
んでしょうか。
夏への期待感と祈りのようなうたって思いました。

2015年07月25日『スカート』
わたしまだ少女だろうか夏前にグレイのチュールスカート買って
うたの日でハートをつけて
当ブログで感想も書かせてもらいました。
なんていうか、
胸にぐっとくる美しいうたって
思ったんですよね。
「グレイのチュールスカート」の
繊細な感じと、
「夏前」っていう微妙な季節の表現がいいんですよね。
「わたしまだ少女だろうか」
っていう疑問も、
多分まだ少女の範疇にいるからこそ
出て来る言葉って気がします。

2015年10月20日『テレビ』
ベッドまで歩けないんださっきからCMばかり見てる気がする
うーん、
めちゃ共感するうたでした。
ベッドまで、
もしかしたらそんなに距離がない
っていうか、
もしかしたらもしかしたら
立ち上がって三歩あるいたら
もうベッドがあるかも知れないけど、
その移動がおっくう
っていうぐらいなんだか疲れ果てちゃうとき
ってあります。
テレビの前っていうか
テレビの見える位置の、
いつも座る場所に腰を下ろしたら
もう動けなくなってしまう
みたいな。
テレビもね、
つけてるけど見てるわけじゃない。
だから
急にキャッチーな音で意識が引き戻されるCMだけが
妙に印象に残っちゃったりする。
そういう感じかなぁって思いました。

2016年01月30日『駄目』
くちびるがもうダメいやだと言うたびに湿気るマフラーくらいさみしい
実はゆらさんのうたの中で、
一番印象深いのがこのうた。
なんどか感想書かせてもらったことが
あるんじゃなかったかな。
もうね、
勝手に情景がわーっと浮かんで来るんですよ。
バイト帰り(と勝手に仮定しますが)
深夜のうす暗い住宅街を
とぼとぼ一人で歩いてる
みたいな。
マフラーを鼻が隠れるか隠れないかぐらい
深く巻いて、
その中で
「もうダメだいやだ」
って呟いて、
その呼気でマフラーがしけっちゃう。
あのいやな感じといやな気持を
「さみしい」と捉えてあるところ、
ぐっとくるなぁって思います。

2016年05月04日『カフェ』
かなしみは食べれば癒えるものであれオーダー季節のスイーツたっぷりプレート(プレート)ハウスブレンド(ハウス)ふたつずつ(ツーツー)
面白いつくりのうたって思います。
「季節のスイーツたっぷりプレート(プレート)
ハウスブレンド(ハウス)ふたつずつ(ツーツー) 」の
()内の言葉(ルビでしたが)は
お店独自の略語だと思います。
っていうことは、
客としての立場ではなく、
オーダーを通すウェイトレスとしてのうた
ではないかと思われます。
「かなしみは食べれば癒えるものであれ」
は、
客の何かしらのかなしみが癒されて欲しい、
もしかしたら
ひいては、そうであったら自分にも
それが当てはまって欲しい
って気持もあるでしょうか。
まあそこまで想像すると
勝手に妄想しすぎかも。
「オーダー」は、
その後つづく(プレート)(ハウス)(ツーツー)
と一緒に、
実際に口にされた言葉じゃないかなって思います。
なので、
頭の中でこの「オーダー」を
強めに読んでます。
巫女がご信託を伝える瞬間みたいな感じで。
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うたの日の人々 <葵の助さん>

葵の助さんのうたは、
ご家族のうたも多いけど、
主体の気持を詠んだものとか
瑞々しい青春のうたとかも
いいなぁって思ううたが多い気がします。


2015年04月08日『バス』
初めての自由はちょっと寂しくて幼稚園バスずっと見送る
子供が幼稚園に行くようになると、
それまで24時間体制でお母さんだったのが、
数時間、ぽこっと「自由」になりますよね。
子供の手が離れたら、
あれもしたい、これもしたい
って願っていた「自由」なんだけど、
それでも初めての日は
「ちょっと寂しい」って感じ、
分かるなぁって思いました。
元気よく、楽しげに幼稚園バスに子は乗ってったけど、
心配もあるし、
でもやっぱり
「ちょっと寂しい」から
「ずっと見送」ってしまうんでしょうね。
その数ヵ月後には、
こういううたがありました。
2016年01月01日『平成二八年の抱負』
幼稚園素通りする時きっと来るほのかな寂しさ飼い慣らすこと
時間軸が同じうた、
ではないと思うんですが、
親子ともに幼稚園に慣れて、
いろんなイベントとか、
PTA的な活動で幼稚園へ行くこともあった、
今はまだ幼稚園に通っていて、
今後もしばらくはお付き合いがあるし、
何より、
幼稚園のそばを通るとき、
うちの子元気でやってるかな
って、
子供の姿が見えなくても目をやってしまう
そういうことも、
卒園したらなくなってしまうだろうこと。
それも
「ほのかな寂しさ」なんだろうと、
今からちょっとさびしくなっちゃう感じでしょうか。

2015年04月13日『響』
地下道で無駄に大きく響かせるハイヒールああわたしさみしい
うたの日でハートをつけたうたでした。
「ああ」っていう詠嘆の
言葉にならない感じがまず出てきて、
「わたしさみしい」ってなるところが、
地下道で響かせるハイヒールの音の
うつろな感じと合ってるなあ
って思いました。
無意識に強がってたけど、
わたし、さびしいんだ……
って気がついた、みたいな。

2015年06月11日『バニラ』
山盛りのレバニラ炒め 涙より血が要るんだよ走りたいから
このうたも、
うたの日でハートをつけたうたでした。
めっちゃ力強い青春性で
引力強いなぁって思いました。
「大盛りのレバニラ炒め」、
「バニラ」の題で
同じ食べ物関係とは言え、
このパワフルさ。
下の句もこの
「山盛りのレバニラ炒め」に
相応しい問答無用の理由っぽくて
あー好きだって思いました。

2015年07月27日『水族館』
水しぶきかかってみたいイルカショー控えめな子だと決めつけないで
「控えめな子」
と、主体は言われ続けてきたか、
あるいは、
そう人からは見えているんだろうな
って思いながら生活している
そういう人物かなって思います。
たまには思い切りはじけてみたい、
例えば
イルカショーの最前列で
キャーキャーいいながら水しぶきを上げるとか。
人前で大人しいからって、
消極的に生きてるわけじゃないのに、
どうしても後列に置かれちゃう、
そういうことってあるなぁって
共感する一首でした。

2015年08月21日『方』
正確に方位磁石は北を指し私はどこへいきたいのだろう
方位磁石って
スマホのアプリとか、
以前わたしが使ってた携帯電話に
標準装備されてたりして
割と目にすることが多いんですが、
正直普段の生活では使わないですよね。
まして
自分がどこへ行きたいのか
それがわかってない場合は余計に。
このうたの
「いきたい」方向が、
実際に足を運びたい場所というのでは
ないかも知れませんが、
方位磁石が指す正確な北という
揺るがないものと、
ゆれゆれな自身の方向性
っていう対比がいいなって思いました。

2016年02月17日『兄』
長男はやめときなさいと言う母がほおばる兄嫁の筑前煮
ううーん、
ある意味無邪気な母の言動に、
背中がぞくっとなるうたって思います。
このうたには、
「母」と「兄嫁」の関係が
どういうものかは描かれていません。
筑前煮をほおばるぐらいだから、
もしかしたら
「母」と「兄嫁」との間には
何も問題はないかもしれませんが、
「長男はやめときなさい」
というアドバイスには
もしかしたら
一般的に気苦労が多いから
ってだけかっも知れないけど
何か実感が籠っているんじゃないか
って聞く側に気を回させるものがあって、
それが背中を冷たくさせるんですよね。
「筑前煮」っていう
それぞれの家庭の味が
はっきり分かるものなのが
めちゃ効いてるなぁって思います。

2016年02月20日『マニキュア』
遠ざかるオトナの扉 赤ペンで爪ひとつずつ塗り込めるたび
うたの日で当時選らばなかったうたですが、
今見ると、
あー分かるなぁって気がします。
マニキュアを真似して、
「赤ペン」で爪を塗っていく
っていう、
端からみるとちょっと微笑ましい行為。
でも、
多分、
幼い指に赤は
壊滅的に似合わないんですよね。
似合わない、ばかばかしい
背伸びして染めた爪(しかもなかなか落ちない)を
眺めて、
逆に
「オトナの扉」が遠ざかってしまう、
そういう感じ、
あるんだろうなあ
って思いました。

2016年03月26日『昨日』
(雲の上だったな昨日の今ごろは)3度めの洗濯機をまわす
うたの日で♪を入れて、
当ブログでも感想を書かせてもらったうたです。
主体の頭の中の言葉を
()で括ってあって、
まだちょっとふわっと
旅行の気持が残ってる感じが
いいなって思いました。
旅行から帰って、
荷物の中の大量の洗濯物を片付ける。
よくある光景ですよね。
非日常の余韻がまだ残ったままで
日常に戻るためにまず、
旅行中の洗濯物を片付ける
っていう
ほわほわーんと、日常の
境目の感じが好きな感じですね。
()内の「昨日の今ごろは」っていうのが、
日常に戻って来たばかりな感じがあって
いいなって思いました。

うたの日の人々 <御殿山みなみさん>

御殿山みなみさんというと、
言葉遊びに長けてる!
っていうイメージ。
17年9月23日発行のネプリ
「土台」
にも、
うたの日に投稿したうたを土台にして、
アナグラムで
まったく別のうたを作り上げたりされてて、
うわーうわー
ってただびっくりするばかりでした。
今回わたしが選んだうたのひとつ
わたくしが選ばれるまで鳴りやまぬドラムロールがへばりつつある
も、
えw鳴りやむwワロタw出る幕がバラバラww シーツが濡れる 反吐詰まりある
と、
台無しとも、元うたに呼応してるともいえる
アナグラムうたがつくられてました。


2016年03月17日『&』
公園で餌を取り合う鳩に鳩 ラブ&ピースは明日からです
鳩といえば平和の象徴ですよね。
ノアの箱舟に由来するやつで、
オリーブもそう。
だからPeaceって煙草のパッケージも
オリーブの葉を咥えた鳩なんですよね。
ところが意外に鳩って
喧嘩するし、
その喧嘩がえげつないことでも
有名だったりします。
このうたの鳩は、
「餌を取り合う」ぐらいなので
そこまでえげつない姿ではないけれど、
「取り合う」って
やっぱり平和にはちょっと遠い感じ。
でもまあ
不穏というほどでもなくって、
「ラブ&ピース」も
ゆっくりやっていこうよ
みたいなゆるい感じがいいなって思いました。

「鳩に鳩」
がいいなぁって思います。
うわーっと鳩が群がってる様子が
この重なるような「鳩に鳩」っていう
表現から浮かんで来るようでした。

2016年03月20日『ニート』
「NEETなんていないとよいな」笑みも灯も見えない世問い泣いてんなTEEN
回文!
御殿山さんの真骨頂みたいな
そんなうただなって思います。
短く刻んだリズムが小気味良くて
見て、読んで楽しい短歌だなぁ。
「泣いてんなTEEN」
めちゃカッコいいです。

2017年04月30日『あやふや』
葉桜の緑あふれてあやふやな新入生とおぼしきホルン
情景がほわーんと
浮かんで来るようなうたって思いました。
「葉桜の緑」と
「あやふやな」「ホルン」。
中学とか高校とかが想像されます。
もれ聞こえて来るだけでも、
初心者の練習風景と思えるホルンの音が
四月下旬の、
卒業式、入学式から
だんだんと日常へ戻っていく途中の
学校の感じだなぁ
って気がしました。

2017年07月08日『豚』
ほつといてくれ俺は豚ではないし俺の夢だつて真珠ではない
初句から句跨りの「ほつといてくれ」が
どんとひびくうたって思いました。
うまく表現出来ないんだけど、
ホント好き。
57577の定型を当てはめようとすると、
これは破調ともいえるリズムなんだけど、
あえて定型に整えないことで、
心情がストレートに吐露されている
ような気がするつくりで
「豚」っていう題から
「豚に真珠」ということわざを、
そこからの展開のさせかたがいいなって思います。

2017年07月17日『太陽』
絵日記が出てきてどれもでかすぎる太陽そして笑顔の自分
古い、
子供のときの絵日記。
押入れとかにまとめてしまってあったのが
発掘されたって感じでしょうか。
「でかすぎる太陽そして笑顔の自分」
っていう絵が
多分、それを描いた記憶もあまりないような
幼い頃の絵日記だったんじゃないかな
って気がします。
無条件で愛されていた時代の
無邪気な太陽と笑顔、
まぶしすぎるなぁ
って思いつつ、
幸せな絵日記だなって思います。

2017年08月03日『悪いこと』
こっそりと経費で食べたラーメンがおいしくなくて神を信じる
めちゃかわいい「悪いこと」で
しかもちゃんとオチが効いてるところが
すごくすき。
「悪いこと」で
「神を信じる」に至るまでの
「ラーメン」のおいしくなさ、
いいなぁ。
「経費」で「ラーメン」なのもすき。
これが
お使いのお釣りで買ったお菓子が
おいしくないと感じた
だと、
良心のとがめ
みたいなものを感じるけど、
このうたには、
そういう意味合いはあまり感じなくて、
ただ単に実際おいしくないラーメンだった
ような気がします。

2017年08月07日『ドラム』
わたくしが選ばれるまで鳴りやまぬドラムロールがへばりつつある
うわーこれ、
ずんって胸に来るうただなって思いました。
「選ばれるまで鳴りやまぬドラムロール」
っていうところが
もうすでにずんって来る感じ。
又吉直樹の自由律俳句に
まだ何かに選ばれることを期待している
ってあるけど、
その期待の「ドラムロール」が
「へばりつつある」のを感じ取る
って、
もうホント身につまされる切なさ
って思います。

2017年09月01日『震』
会いに行く電車の中でポケットをきみが震わせ震わし返す
実際に震えるのは
ケイタイとかスマホ、
でしょうか。
会いたくて震えるのは西野カナだけど、
「会いに行く電車の中で」
「震わせ震わし返す」
っていう双方向な感じが
明るくて楽しくていいなって思いました。

うたの日の人々 <シュンイチさん>

シュンイチさんというとまず
青春を詠んだうたというイメージ。
野球のうた、将棋のうた、
横浜のうたとか、
細かく分けると色々あるけど、
それもだいたい青春ぽいなぁ
って感じがします。
あと、
ゆるめの文語使いのうたとかも
すっきりしてて好きな感じだな
って思ったりしてます。

2016年01月28日『切』
見えてきたゴールテープはもしかして白じゃないかもしれない 走れ!
シュンイチさんのうたの中で
一番最初にブログで感想をかかせてもらったのが
この作品でした。
とにかくこのうたの
勢いが好きです。
「見えてきたゴールテープはもしかして」
までのところは、
わりとゆったりめなんですが、
そこから
「白じゃないかもしれない 走れ!」
でどんどん勢いがついてって
最後命令形になる
ってところが好きなんですよね。
「ゴールテープは白」
じゃないかもしれない。
それも
もう「見えてき」ていはいるけども、
もっと近くに寄ったら
白だと思い込んでたものが
そうじゃないかも知れない。
自分の目で確かめろ
っていう感じと、
このうたの勢いがすごく好きです。

2016年03月26日『導』
引導を渡されました もう僕はブルドッグにはなれそうもない
「引導を渡す」って、
あれですよね。
なにかを諦めさせるための最終的な宣告
みたいなやつ。
誰にどういう「引導を渡され」たのかは
解らないんですが、
主体はそのために
「ブルドッグにはなれそうもない」
っていう気持になった、と。
不思議な感じのうたなんだけど、
惹かれるものがありました。
つまり、
主体は引導を渡されなければ、
ブルドッグになる
という未来もあった
ってことですよね。
文字通り、実際の犬種の一つである「ブルドッグ」なのか、
「ブルドッグ」がイメージさせるような
そういう在り方なのか
そのあたりも
はっきりとは解らないんだけども、
「引導を渡す」という慣用句って
結構強めの言葉なので、
幼い子供が大きくなったら強いブルドッグになりたいな
っていうようなことではなくて
後者の方、
ブルドッグのような在り方のほうの道を
閉ざされてしまったのかな
って気がします。
それにしても、
めっちゃぺちゃんこに凹んだ感じなのが
妙に面白いっていうか
いや、面白がっちゃこのうたの主体に
申し訳ないんですが。
ちなみに
このうたを読んだ時、
SCHOESの「Bulldog」って曲を思い出しました。
「Bulldog Bulldog やさしく吠えろ」
って歌詞があるんですが、
でもこのBulldogは
ペットショップで売れ残ってるブルドッグに
いつか自分をオーバーラップさせてる人
なんですよね。
だから何?って言われたら、
いや、思い出しただけなんですけども。

2016年06月29日『コーヒー』
さよならを溶かしたような黒だった 飲んだらちょっとだけ甘かった
このうたは、
題の「コーヒー」が
詞書のようにあるタイプの題詠。
うただけ読むと、
主体が飲んでみた黒いものが
コーヒーなのかなんなのか、
っていうか、
本当にそれは飲み物だったんだろうか
って思って、
それはそれで面白いな
って思いました。
このうたの場合はもちろん
「コーヒー」なんだと思うんだけど。
でも何か解らなくって、
ちょっとだけ飲んで確認してる
みたいな感じにも読めて、
ああ、そういう確認の仕方もあるな
っていう気もします。
下の句がいいですよね。
「飲んだらちょっとだけ甘かった」
まるで、
もともと甘い飲み物だった
んじゃなくって、
「さよなら」が溶けてて
それで甘く感じた、みたいな感じ。
「さよなら」を視覚的に見たら「黒」で
味覚的には「甘い」んだな
なんとなく、
なんとなくその感覚はわかるなぁって思いました。

2016年08月17日『ペットボトル』
分けあったアクエリアスのボトルから原始の海の匂いがしてた
あーって思ったうたでした。
「アクエリアスのボトル」
しかも「分けあってた」やつから、
「原始の海の匂い」
って、
あーっあーっ
分かるかも!
って感じでした。
「アクエリアス」
っていうのがいいですよね。
これがポカリスエットだと
ちょっと生々しいし
ゲータレードだと
そっちに意識が行って、
「原始の海の匂い」の印象が
薄れてしまいそう。
まあ、わたしの勝手なイメージですが。

2016年10月07日『光』
そして僕は光になって立ちすくむ深夜零時のファミリーマート
うたの日でハートを入れて、
当ブログで感想を
書かせてもらったことがあるんですが、
やっぱりいいなって思います。
まず、
絵が浮かぶ
って気がします。
「深夜零時」
そこへ行くまでの道も
大昔じゃないんだから、
そこそこ明るいとは思うけど、
深夜のコンビニの光は
暴力的に明るいですよね。
暗めの道を歩いてきて、
コンビニの白っぽい光の中に入ったときに、
一瞬、自分自身も
その光の一部になってしまったような気がして
入口のところで立ち止ってしまう
みたいな感じかな。
以前もブログで書きましたが、
そこに辿り着くまで
考えてたこととか、
「僕」っていう個そのものも
「光になって」
その一瞬とんじゃう、
みたいな。
うーん
すごく好きなうたです。

2017年01月14日『昼』
空の青とおくに見える屋上できみとランチパック同盟むすぶ
高校とかの屋上を思わせるうた
って気がします。
「ランチパック同盟」
っていいですね。
実際にそういうものがあるのかどうかは
よく分かりませんが、
ヤマザキのランチパックでお昼を済ませる同士、
(もちろん、ランチパックが好き)
みたいな二人って感じ。
boy meets girl的な情景が浮かんで来るような
でもまだ恋愛以前な感じがするところも
爽やかでいいなって思いました。

2017年01月22日『サンダル』
ランドマークタワーを青いサンダルで登った ひかりさす桜木町
シュンイチさんのうたには、
関東、中でも横浜の地名や
固有名詞が登場することが多い気がします。
郷土愛、地元愛からくるもの
と思います。
中でも
「ひかりさす桜木町」
がいいなって思いました。
ランドマークタワーから見える景色の中でも、
特に思い入れがある場所
って気がします。
「青いサンダル」の
爽やかさと日常感も好きだなぁ。

2017年03月07日『7音以上の名詞』
ぼんやりと月夜あゆめばラスコーリニコフ心の路地に住むなり
うたの日で読んで、
いいなって思ったうたでした。
「ラスコーリニコフ」
といえば、
ドストエフスキーの「罪と罰」の主人公。
高利貸しの老婆を信念のもとに
殺しちゃう若者ですね。
月夜の道を歩いていて、
ふっとこのラスコーリニコフが
頭に浮かんで来る。
彼はいつからか、
自分の「心の路地」に住んでいるのだ。
みたいな感じかなって思います。
前にも感想を書かせてもらったんですが、
今回読んでて、
ついある俳句を思い出しちゃいました。
前田普羅の
人殺す我かも知らず飛ぶ蛍
という句。

うたの日の人々 <柊さん>

柊さんのうたは、
誰もが共感するところを詠まれたものが
多いかなって思います。
それと、
小説を題材にした作品が多いのも
楽しいなって思います。
作者である柊さんが
本当に読書好きなんだろうなって
同じ読書好きとして
より楽しく読みました。


2014年06月15日『おやつ』
その昔「3時」「おやつ」と名を付けしぬいぐるみ達何処へ行ったか
思い出のぬいぐるみや人形
ありましたよね。
もうずいぶん前に
そういう玩具から卒業したつもりで
ずっと半分忘れていた存在だけど
大人になってから、
あのとき一緒に遊んで
なぐさめてくれたりしたぬいぐるみの存在が
ふっと懐かしくなったりして。
きっと今、あの時みたいに
無条件に自分をなぐさめてくれるような
彼らが必要だったりするのかも。
「3時」「おやつ」
っていうネーミングが可愛くて
いいなって思います。
名付け当時、
好きなものを名前にしたんだろうな
とか想像されます。

2014年08月05日『箱』
品出しを終えて積まれた段ボール 高さと時給は比例しません
アルバイトとか
あるいはパートとかでしょうか。
積み上げられた空の段ボールの数だけ
その中身を店頭に並べた
ということだろうと思うので
目に見える仕事量、
って言えるのかも知れません。
ただ、
「高さと時給は比例しません」。
当然のような、無情なような、
下の句の断言が
侘しくも可笑しさのある感じで
面白いなって思いました。

2014年09月04日『くし』
あすの希望きょうの失敗のみ込んで焼き鳥の串噛んで引き抜く
このうたは
下の句の
「焼き鳥の串噛んで引き抜く」
という動作の描写が
いいなって思いました。
力強い、食べる動作。
やっぱり食べることって
生きる活力と直結しますよね。
「焼き鳥」なので、
その合間にビールとか飲んで、
その日あったことの憂さとか
ぱーっと晴らせてたらいいなって気がします。

2014年10月25日『パスタ』
巻きつけたパスタが幾度もほどかれて見つけられない話の糸口
こちらのうたは、
食事シーンではあるけども、
食べない動作
という感じがして、
いかにも
会話の弾まない場
って感じがします。
フォークに巻きつけては
また皿の上でほどく
みたいなことをしていて、
ぐちゃぐちゃに絡まってしまったパスタと、
どこからどう話をしたらいいんだろう
っていう感じ、
情景がホント浮かんで来るなあ。
もうパスタも美味しそうではないし
話も、
さほど楽しい話があるとは思えないです。
その途方に暮れた感じが
リアルでいいなって思いました。

2015年01月06日『ヒーロー』
震災のまっくらな夜照らす歌 アンパンマンが飛び回ってた
柊さんの作品には
いくつか震災を詠まれたものがあって、
もしかしたら実際に被害に合われた方なのかも。
東日本大震災のとき、
ラジオに
「アンパンマンのマーチ」のリクエストが殺到した
という話を聞いたことがあります。
せめて幼い子供には
いつも聞く耳なじみのある、
そして心やさしいヒーローである
「アンパンマン」のうたで
この怖い体験を少しでも安らげてやれれば
ということだったかも知れませんが、
きっと大人も、
勇気づけられたうただったんだと思います。
実際に電波にのって流れていたのは
「アンパンマンのマーチ」ですが、
本当にその夜空を、
あちこち助けるために
アンパンマンが飛び回ってくれた
と思われたのかも。
じんと胸に迫るうたって思います。

2015年01月20日『触れる』
ふと指に触れたページにある歌が鏡のように自分を映す
このうたでは「歌」とあるので
歌集を読んでいるのだと思いますが、
歌集に限らず、
本を読んでいて、
あっ、これは自分のことだ
って思うことってありますよね。
今の悩みとか躓きとかに
効果的な対処法が
そこにあるわけではないけども、
なんとなく
本の中、歌集の中に
自分を見つけると
はっとさせられます。
「鏡のように」
というフレーズが硬質なイメージで、
それは単純に
心なぐさめられる
というような心象ではないのかも知れませんが、
「ふと指に触れたページ」に
そのうたがあった
というのが
何かのみちびきのようにも思えるうたでした。

2015年02月22日『シャンプー』
髪の毛が林檎の香りに洗われてふと前髪を下ろしたくなる
島崎藤村の「初恋」を
連想させる
瑞々しい甘さのあるうたって思いました。
うたの日でハートを入れさせてもらって、
当ブログでも感想を書かせてもらったんですが、
少女性がよみがえる感じが
すてきだなあって思います。

2015年12月02日『ブーツ』
新品のブーツに防水スプレーと翼の生える呪文をかける
このうたも
当ブログで書かせてもらったんですよね。
新しいブーツを買った
その心の弾む感じが
「翼の生える」に出てるなぁって思って、
ホントいいなぁって思ったんですよね。
「新品のブーツに防水スプレーと」
の弾むようなリズムも楽しくて、
冬の天気なんかに妨げられたりしないで
このブーツで出かけちゃうよ!
みたいな楽しさがあるなぁ。
新しい靴を買うとうれしいので
最初から
「翼の生える呪文」
のようなものがかけてあるような気もしますが、
もっともっと
それが続くように、
改めて「防水スプレー」と一緒に
呪文をかけた
って感じがして
明るくて楽しいうたって思いました。

2016年08月09日『寄り道』
一行も入ってこないと知っていて陽が落ちるまで立ち読みをする
「立ち読み」って、
ざっと内容が知りたいときとか、
あと半端に時間が余ったときとかに
するようなイメージですが、
このうたの「立ち読み」は、
少々時間が長いみたい。
「陽が落ちるまで」
なので。
なのに、
「一行も入ってこない」し、
そうなることを「知っていて」
立ち読みを続けている、
という。
なんでしょうか、
ここで気もそぞろなまんまで
時間を潰していなければならない
そういう事情があるんだな
って想像してしまいます。
どんな事情があるのかは
このうたからは何も分かりませんが、
時間潰しに「立ち読み」をチョイスするぐらい
読書好きな人が
「一行も入ってこないと知っていて」
立ち読みを続けるのって
なかなかに辛いことだったのでは
とか思いました。

2017年02月19日『くじら』
聞こえない筈の歌声響いてるクジラの骨の標本の下
このうた、
ホント好きでした。
うたの日でも
ハートを入れさせてもらいました。
主体は
「クジラの骨の標本の下」
っていう場所に立ってるわけです。
博物館とか、
海洋生物の展示があったんでしょうか。
想像するだけでも
うわーいいなぁステキすぎる
って思っちゃいました。
きっと広々とした空間なんだろうな
とか思うと、
余計に気持がよさそう。
ところで
クジラは音でコミュニケーションをしてて、
その音が歌に例えられるわけですが、
それが会場に響いている
というわけではなくて、
「聞こえない筈の」
なので、
主体の頭の中に響いてるんだと思います。
骨だけのクジラではありますが、
そこに一頭の鯨の生前を想像して、
歌まで聞こえてきてしまう、
そんな主体の感覚が凄くステキだなって思いました。

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