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しま・しましま

Author:しま・しましま
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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(指)

うたの日

5月30日歌題「指」

知らぬ間につくった指の傷がもう薄ばら色にひろがる夜明け(しま・しましま)

この日のお題は「指」「感」。
知らないうちにできた傷が、
知らないうちに直りつつあるのを発見すると
自分の体ながらも、なんか元気がもらえるような
そんな気がします。

さて、この日わたしがすきだったのは
小向大也さんの
その指輪どうしたのって聞かれたく聞かれたくってつくねをはずす
でした。
昨夜のうたの日には
すごく好きです。
大切な人からもらった指輪でしょうか。「聞かれたく聞かれたくって」の気持の強さに、その指輪の意味がこめられているように思いました。普段は串のまま食べるつくねを、お皿の上ではずすという動作で、指輪アピールというのもいいなぁ。
相手から言わせるという行為が、幸せの絶頂のようでいて、ちょっとだけダークなところも好きです。
と書きました。
今日改めてこの歌を読んで、
うーん、やっぱりどっかダークだなぁと
しみじみ。
誘導までして相手に言わせるってところだけじゃなくて、
多分この歌の持つリズムがそう感じさせるのかも
と思いました。
「どうしたのって」「聞かれたくって」
という促音が、弾む感じというよりも、
「どうしたの」「聞かれたく」を強調するように感じて、
あー、ほんとに聞かれたいんだ、仕方ないなぁ教えてあげるっていいたいんだって
そんな気がします。
あと、これはわたしの読み方なんだろうけども
「どうしたの」の「の」、つくねの「ね」に
どうしても強い強いアクセントを置いてしまって、
そこにねっとりした部分を感じてしまうんですよね。
それが、
より「見せびらかしたい指輪」を強調しているようでした。
「感」の歌では
佐藤博之さんの
燒き目濃き莢より出づるそらまめの充足感の立ちのぼる色
が好きでした。
正字の入った初句「燒き目濃き」が
ちょっと目立ちすぎて
「莢から出づるそらまめ」をちょっとだけ薄めてるかなぁ
と、思わなくも無いけど、
「そらまめの充足感」というところが
もうとにかく好きでした。
他の野菜ではこの感じ出ないんじゃないかなぁ。
立ちのぼるのが「匂い」じゃなくて「色」というずらし方もいいなぁ。





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うたの日(ひらがな)


うたの日

5月29日歌題「ひらがな」

いっぽんのひらがなとして流れゆくシンクに落ちたそうめんの白(しま・しましま)

この日のお題は「ひらがな」「垂直」。
どっちも難しいお題ですよねー。
この歌の初案は
かな文字の流るるごとく残りたりシンクにさうめんの白
はい、まだ短歌の形になってません。
一行のかな文字のごと流れたりシンクに残るさうめんの白
と、一応整えたんだけど、
なんか重たい……。
新かな、口語にしとこう
一行のひらがなとして流れゆくシンクに落ちたそうめんの白
もうすこし軽く……。
という流れでした。
めずらしくメモ帳に途中経過が残ってたので
アップしてみました。

この日すきだった歌ですが、
ハートを迷ったのが
沖川泰平さんの
「ふあん」って書いたら眠くなれたんだ 帰ってきたらそっと起こして
ヒヨワくんさんの
街じゅうのひらがなだけを読みながら小さなあかい傘が跳ねゆく
でした。
どっちもとてもステキでした。
沖川さんの歌は、
普段、不眠気味の人の歌なんでしょうね。
具体的になにがどう不安なのかわからない、
おぼろげな不安感にさいなまれてる人なのかな。
こういう形にならないものを形にすることで
なんとなく安定するという気持、
わかるような気がします。
「不安」ではなく、ひらがなで「ふあん」
字面そのものもやさしく、
FanともFunとも読めるこの文字で
安定して眠くなれた。
下の句が、さらにやさしく繊細でいいなぁと思いました。
ひよわくんさんの歌は、
ひらがなを読めるようになった幼い子供を詠んだ歌。
「ひらがな」が読めるようになったことで
世界(街じゅう)と自分が繋がっていくよろこびに
あふれた歌で、ホントすてきでした。
下の句の
「小さなあかい傘が跳ねゆく」
で、景がぱっとひろがるところもいいなぁ。
わたしの好きな俳句に
ゆびさして寒星一つづつ生かす(上田五千石)
という句があるんだけど、
これを思い出しました。
モノクロの街で、あかい傘の女の子が飛び跳ねながら、
ひらがなの文字を読み上げながら、そこに色が付いていく
みたいな。

ナタカさんの
くるんとした尻尾がお気に召した子は わをねにしたり、めをぬにしたり
も、ひらがなを覚え始めた子供の歌ですね。
お気に入りの文字ってできますよねー。
この子の場合は「ね」とか「ぬ」の最後の「くるん」だった。
「お気に召した」という言葉の使い方で、
それをとても微笑ましく見ている大人の優しい視線を感じました。
松木秀さんの
ひらがなで「げんぱつ!」と書くひらがなで書くとなんでも萌えキャラになる
ブラックユーモアですよねー。
「萌えキャラ」の「キャラ」の部分がちょっとひっかかりましたが、
たしかに、「げんぱつ!」と書くと
昨今の萌え系アニメのタイトルっぽいです。
「げんぱつ!」は
「もっと原発を!」なのか
「原発NO」なのか
そこがはっきりしないところも、
この歌のブラックさだなぁ。

うたの日(×)


うたの日

5月28日歌題「×(バツ)」

いつかそれがわたしを形づくるでしょう小さな×(キス)を集めています(しま・しましま)

この日のお題は「野」「×」。
手紙に添えるキスの代わりの小さな×って
いいなぁって思って、
一時期友達と使いあってたことを思い出して詠みました。

この日わたしが好きだとおもった歌
沼尻つた子さんの
だとしてもやりなおすんだ真夜中の鍋焼うどんの椎茸の×
「だとしてもやりなおすんだ」という初句から二句にかけてが
力強くていいなって思いました。
多分、これは誰かに言った言葉ではなくて、
自分自身への言葉なんでしょうね。
深夜ひとりで鍋焼きうどんを前にして
自分を叱咤激励してる、と読みました。
「椎茸の×」があざやかでいいなぁ。

音符をつけたのは以下の歌。
はだしさんの
手で×をつくってこっちへやってきた犬が知らせるヒト科の終わり
おおぅめっちゃ怖い……
そんな人類の終りの知らせ方にびっくりしつつ
実はハートを迷った歌でした。
桔梗さんの
わたしより似合ひ過ぎてるエプロンの背中をいまは笑つてあげる
背中のばってんを出さずに表現してるところがいいなぁ。
「いまは」というところにある屈託にも惹かれました。
きつねさんの
×印クリックをして消していく きみもあいつも、できればぼくも
開いたファイルやウェブページや、じゃまな広告。
クリック一つでどんどん消してって、
ついでにリアルや悩みも消してしまいたい。
そういう感じなのかな。結句がいいなと思いました。
西村湯呑さんの
雪原に大きく×を またここで会おうと笑うおまえらが好き
きのおけない友人って感じで楽しい歌だなって思います。
あさんの
バツをつけ会えない日々を数えてる会えないことで保たれる恋
そういう「恋」あるんだろうなって思います。
下の句がいいなぁ。

うたの日(模様)

うたの日

5月27日歌題「模様」

ひつたりとゼリーにスプーン這はせては何度も波の模様を刻む(しま・しましま)

この日のお題は「ほどく」「模様」
模様って
なにげに難しいお題でした。
模様に何をぶつけたらバランスがいいか
なんか昨日はそういうところから出発した感じ。
「ゼリーにスプーン這わせて」

「波の模様」
に落ち着いたわけですが、
最初は
ややゆるいゼリーにスプーン這わせては何度もつくる波の模様を
だったんです。
初句「ややゆるい」はどう考えても説明的だし
結句「波の模様を」の「を」はちょっと思わせぶりかなぁ
と、悩んでました。
初句の方は、
ゼリーの質感は、以下の描写でわかるはず
と、考えて、
ゼリーよりスプーンに意識をシフトした感じ。
結句は本当は、「波の模様」でおさめたかったんだけど
6音しかないんですよね。
なんで、語順を変えてみました。
本当は真ん中の
「這はせては」の「は」もなんとかしたかったけど
これは時間切れでした。

この日わたしがいいなと思った歌
ハートを入れたのが桔梗さんの
とりあへず無難に生きる このまちで迷彩としてまとふ流行
「流行」が「無難」であり、まちの「迷彩」着という歌。
模様→迷彩柄→ステルス
というお題の使い方が面白いなと思いました。
初句の「とりあへず」がただなんとなく置いたことばじゃなくて
主体の小さな反骨精神みたいに感じられて好きでした。
音符をいれたのは
4つ。
黒井真砂さんの
アラベスク模様の蔦に抱かれて人類国家しづやかに朽つ
これはもう
「アラベスク模様」という言葉の語感が良かったなぁ。
舌の上をころがるような言葉で始まって、
流れるように上の句が続くのが気持ちよかった。
そこにいきなり「人類国家」という熟語が放り込まれて
ドキっとさせられて、
「しづやかに朽つ」と、ゆったり終る、
音読してとてもステキな歌だと思いました
わんこ山田さんの
願わくはアンモナイトに似た模様かさぶたの下の新しい皮膚
面白い歌だなって惹かれました。
「かさぶたの下の新しい皮膚」が「アンモナイトに似た模様」であってほしい
なんだろう、この不思議な願い。
小さな変身願望なのかな。
「アンモナイト」「新しい皮膚」という二つのフレーズが
すごく面白く響いているように思いました。
妖精化師さんの
夕映えの空の模様をパレットへ 重ねていくよ青に橙だいだい
この歌も、ハッとさせられるところがあって好きでした。
「夕映えの空」を描く
というところに、キャンバスや画用紙ではなくて
まずパレットへという。
丁寧に吟味される色を感じました。
そこに一ます空けがあって、
一気にそれらの色が使われていく様子が
勢いがあっていいなぁ。
「青に橙」という補色で描かれる夕映えの空模様、
ステキだろうなと思いました。
薄荷。さんの
遠くから雨のにおいを連れてきたマーブル模様ににじむ薄雲
も、空の模様を描いた歌。
こちらはもう、すごく繊細できれいで
上手く表現できないけど
はわわーって
なるステキさ。
うーん、何かいてるんでしょうか。

うたの日(ボタン)


うたの日

5月26日歌題「ボタン」

アップルパイのシナモンきつい たくさんのボタンの中で過す一日(しま・しましま)

この日のお題は「気」「ボタン」
いやー、爆死でしたね。

この日わたしがいいなと思ったのは
荻森美帆さんの
幾千の気球をずっと見送ってきた ああついにわたしの番だ
ゆらさんの
ブラウスにたくさんボタンをつけている たくさんの色さえずる初夏だ
でした。

ところで、
ここのところずっと
うたの日で
(票を入れた歌に)感想をつけるようにしてきたんですが、
しばらくやめてみようかと思ってます。
初心者がおこがましいんじゃないか
とか
あさっての方向で書いて作者にいやな気持をさせてるんじゃないか
とか
そういうことが理由ではなくて
選と一緒に感想も考えると
票をいれる歌の数が減る傾向にあるんじゃないかなぁと
思ったからなんですが。

うたの日(カーディガン)


うたの日

5月25日歌題「カーディガン」

椅子の背に斜めにかかるカーディガン今朝のわたしの抜け殻として(しま・しましま)

この日のお題は「カーディガン」「兵」。
この歌ですが、
なんとなく、まだ製作途中で出しちゃった歌のような感じがして
どこか何とかならんかったのか……と
おもってます。
正直、リズムは壊れるけど
上下をひっくり返して
今朝のわたしの抜け殻として椅子の背に斜めにかかるカーディガン
の方がまだすっきりする
ような気もして
うーん、ううーんとおもっちゃいます。
なんだろうなぁ。
というか、下の句(抜け殻として)という見立て方が
イマイチなのかも。
脱いでそのへんにぽいしたカーディガン
というモノから、もうちょっと自分自身に肉薄するものを持ってくるか
あるいは、
大きく飛躍させた方がよかったなぁ。
なんか、めずらしく色々と反省する歌になりました。
(つまり、普段は反省しないという)

この日の「カーディガン」で好きだった歌は、
かにたべーたさんの
性欲は驟雨にすぎずそこにあるカーディガン羽織ってやむまでを待つ
でした。
上の句の
「性欲は驟雨にすぎず」
という断定
からの
下の句の「やむまでを待つ」
で、諦観あるいは自嘲めいたものを感じます。
「性欲」ってことばって強いイメージ力とインパクトがあるけど、
「性欲は驟雨にすぎず」という一つながりにすると
一語だけが突出して感じないのが
ちょっと不思議で面白い感じがしましたね。
「せ」いよくは「し」ゅううに「す」ぎず「そ」こにある
というサ行の音で構成されてるところに
軽さがあるのかな、と感じます。
こうやって並べると、
同じサ行でも全部違う音だったんだ!
という発見もあって面白いなぁ。
で、この上の句を
「そこにあるカーディガン羽織ってやむまでを待つ」
と、しずかに遣り過ごす感じが好きですね。
「カーディガン」がこの歌の中で唯一の「モノ」として
存在感があるように思いました。
女性用のカーディガンはまた違うけど、
男性用のカーディガンって、
ちょっとトラッドな感じとかピュアっぽい感じとかがする
ように思うんで、
余計に「カーディガン羽織って」がいいなぁ。

うたの日(ばらばら)


うたの日

5月24日歌題「ばらばら」

ばらばらと屋根打つ雨の激しさにこのまま流れてしまえ月曜(しま・しましま)

「がんばって月曜に会社(学校?)に行きましょう。」
というコメントをいただきました。
自宅仕事ですが、がんばります。
ということで、この日のお題は「そのまま」「ばらばら」。

この日わたしがいいなと思ったのは
「そのまま」では、
だみおさんの
押し入れに木いちごばやしのお家あり うさぎが九年お茶をしている
きいさんの
白鷺の降りたつ姿そのままに姫路の城はよみがえりたり
の二首をハートに迷いました。
だみおさんの歌は、
子供が普段使いで遊べるドールハウスの「シルバニアファミリー」ですね。
商品名が、「きいちごばやしのお家」なんですが、
ここを「木いちご」と一部漢字にしてあるところが上手いなぁと思います。
ぱっと見に「木いちごばやし」の方が読み易いし、
甘さがちょっとだけ抑えられるように思いました。
お題が「そのまま」なんで、
多分、箱に入れずについこの間遊んだまんまみたいな感じで
押入れにしまって、そのままもう九年がたってしまったってことだとおもうんですが、
「木いちごばやし」「うさぎ」「お茶している」
というスイートな言葉で、どこかほろ苦さが感じられるのが好きでした。
きいさんの歌は、
だいたいうたの日に書いたとおりなんですが、
純白に近く復元された姫路城を見た感動が、
きっちり表現されてるなって思いました。
この歌を読んでおもったんですが、
やっぱり文語っていいなぁ。
ぱっと見の端正さもそうですが、
結句の「よみがえりたり」の「たり」に
万感の思いを込められるって、
なかなか口語では難しいんじゃないかなぁと。

「ばらばら」の歌では
涼風あき津さんの
記憶ってこうやって失うのかな 単語カードのリングが外れた
が一番好きでした。
前述のきいさんの歌と逆に、
これは口語が効いてるなぁって思います。
自分でもよくわからない淡い感情、
漠然とした不安感を感じました。

うたの日(センチ)


うたの日

5月23日歌題「センチ」

6センチぐらい使ったえんぴつで描く未来のほのかな温み

この日のお題は「制服」「センチ」。
制服って、もう全然イメージが湧かなくて
センチの方でなんとかすることにしました。
でも、センチも難しかったー。
センチはセンチでも「感傷的」の方のセンチの方も
多かったけど、
作ってるときは全然それが浮かばなかったですね。
センチメートルのことばかり考えてました。
しかし、何を何センチにするかが難しかったです。
数字って強いから、
必然性を問われやすい、
ような気がしてます。(そうでもない?)

この日私が好きだったのは
「制服」では小川弥生さんの
スカートのウエスト一回折ったかて何んにも変わらへん青い空
だいたい言いたいことはうたの日の方に書いたけど、
「スカートのウエスト一回折った」と言われると、
もう、パッと制服のスカートだ!って思っちゃいますね。
ウエストの辺りが少しもっちゃりするけど、
中高校生ぐらいだと、それはそこまで問題じゃないんだよね。
そうそう、うたの日に書いてなかったけど、
「青い空」が良かったなぁ。
「折ったかて何んにも変わらへん」っていう
マイナス加減から転じる明るさが好きです。

「センチ」では
薄荷。さんの
高らかにセンチメンタルかき鳴らす 弓張り月の銀の竪琴

姉野もねさんの
1センチ角に刻んだあの夏をぽろぽろこぼしながら生きてる
でハートを悩みました。
薄荷。さんの歌は、
多分、わたしが作れないタイプの歌で、
そこに逆に惹かれました。
「弓張り月の銀の竪琴」ってステキなフレーズだなぁ
ファンタジックな端正さというか、井辻朱美的世界みたいというか。
そこに付く上の句が、ちょっとだけあらっぽいのも
わたしは好きでした。甘すぎない感じで。
そして、姉野さんの歌、
これは、1センチ角に刻まれたものは
なんなんだろうと
それがすごく気になりました。
いや、「夏」でしょ、
って感じなんだけどね。
で、
わたしがこの歌で連想した1センチ角に刻まれたものは
うたの日でコメントした通り。
「ぽろぽろこぼしながら生きてる」
という下の句に
慙愧の念ってほど強くはないけど、
どっかそれに似た感じがただようかなぁって
思いました。

うたの日(なぞなぞ)

うたの日

5月22日歌題「なぞなぞ」

君の出す一番短いなぞなぞに答えられずに夏が始まる(しま・しましま)

この日のお題は「なぞなぞ」「灯」。
ワタリガラスと机の歌を詠みたかったんだけど、
なかなか形にならなかったので
あきらめました。

この日好きだなっておもったのは
気球さんの
いじわるな友達おびやかすために姉にききだす怖いなぞなぞ
これね、すごく好き。
「いじわる」「おびやかす」「怖い」
割と負のイメージの言葉を連ねて、
子供心の暗さが
ユーモラスに表現されてると思いました。
「怖いなぞなぞ」が面白いなぁ。
問題が既に怖いのか、答が怖いのか、
よーく考えたら怖い話だよこれっていうタイプなのか。
それを「姉」に聞き出すとこもいいなぁ。
わたしに姉はいないので、
完全にイメージですが、
兄よりも姉の方が「怖いなぞなぞ」知ってそう。
「姉にききだす怖いなぞなぞ」
このフレーズが好きだなぁ。
小宮子々さんの
ひんやりと倉庫に灯油の匂いしてわたしを通り過ぎゆく季節
も、すきな歌でした。
灯油の匂いのする倉庫、
いかにも「ひんやり」しそう。
わたしは、この歌を見たとき、
倉庫を出入りしながら仕事をしている人の歌かなって
思いました。
下の句の時間経過の分の
倉庫で灯油の匂いをかぐ時間があったんだって。
下の句自体はけっこうセンチメンタルな雰囲気がするんですが、
上の句のリアリティがしっかり締めてて、
お互いに響きあってるように思いました。

うたの日(旅)


うたの日

5月21日歌題「旅」

見ていないテレビがひとりでに切れてわたしは旅の支度を続ける(しま・しましま)

この日のお題は「揺」「旅」でした。
またまた俳句の場合の話をしますが、
俳句の字余りは基本、
上五の字余り
中七の字余り
下五の字余り
というパターンになります。
で、上五の字余りは、割とがっと余らせても、
中七下五で挽回できるので(定型感が)
まあ、有りといえば有り。
中七の字余りは、
八音なら実はあまり気が付かない人もいる
けど、ばれるとちょっとかっこ悪い場合もある。
まあ、この中七をすごく嫌う人もいるけど
そうじゃない人もいる、という感じ。
そして下五の字余りは、
もったりと重たくなるとか
字余り感が激しいとか
散文的になるとか
いろんな理由で嫌う人が多い、らしいです。
さて、
今回のわたしの歌ですが、
結句が字余りになってます。
この所為で、散文っぽくなってると
わたしは思ってますが、どうでしょうか。
あえての結句字余りの
あえての散文ぽさを出して
なんとなく、うきうきした旅ってわけじゃない
という気持を出そうとしたわけですが、
成功してるのかどうか、
気になってます。

この日いいなと思った歌は
野崎アンさんの
つかまれた指あたたかい ゆりかごの中から溢れ出るほどの希望
「つかまれた指あたたかい」という発見から始まるところが、
いいなと思いました。
ゆりかごの赤ちゃんの手に自分の指を添わせたら
赤ちゃんがその指を握ってくれた。
あたたかかった。
その発見から、
ああ、この子は「希望」のかたまりなんだなって
思ったんじゃないかな。
指をつかまれて、そのあたたかさに触れるまでは
「かわいい赤ちゃん」程度だった、そんな感じがしました。
西村湯呑さんの
草笛を吹けばはるかに澄みわたる 悟れないってさとった旅路
これも上の句がいいなと思った歌でした。
「草笛」という郷愁をさそうアイテムがいいなぁ。
昨夜は単純に、実際の旅の中でと読んだんですが、
一晩たって、
この澄み渡っていく旅路は、
少年時代から今現在までの作者の心の旅路なのかもと
思い至りました。
「草笛」が少年時代を思わせますね。
この歌が、というかこの上の句、
「草笛を吹けば」の「ば」から、
「はるかに」の「は」という
すこし高い音につながっていくところ、
「はるかに」「澄みわたる」と、
近いところからぐーっと景がひろがるところ、
すごくすてきだなって思いました。

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