プロフィール

しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

うたの日(ごはん・砂)


うたの日

8月29日歌題「ごはん」

犬小屋を持たない犬のいる家の作法にそったたまごかけご飯(しま・しましま)

この日のお題は「ごはん」「裏」「これ」
わたしが出したのは「ごはん」の方でしたが、
なんと!「これ」のお題は
この夏のうたの日ネプリ祭りに便乗して出させてもらったネットプリント、
「ああ、これはフエキどうぶつのりの匂いだ」由来のもの。
うれしくなって、
「これ」の全首にコメントを入れちゃいました。
時間内に間に合わなくなって二首ほど結果発表後になってしまいました。
いやー、難しかった。
今までは、うーんわかんないな。
だったら、スルーで終ってたところを
せめてどう分からなかったか、どこはつかめたかを書こうと思ったんですが、
整理して言語化するの、きつかったですね。
しかも、こういうことだな、いいなって思った歌の歌意が、
作者さんによるとあさっての方向だったり。
それにしても、いい経験でした。

ということで、「これ」のいいなと思った歌、その他の歌の感想は
うたの日の方で書きつくしたような気がしますので、
「ごはん」のすきな歌。
こりけケリ子さんの
猫たちにごはんをあげる仙人が町内会に叱られている
もう、ありありとその姿が想像できちゃって、
うわー、可愛くてほろっと切なくていいなって思いました。
仙人然とした、というよりも
もうすでに実際に仙人と化していてもおかしくない老人。
よく猫たちにごはんをやっている姿が目撃される「仙人」が、
今日は町内会の人たちに叱られているところを目撃してしまった。
って感じでしょうか。
ちらちら見ながら通り過ぎて、
猫にごはんあげるいい仙人なのにな……って思ってる小学生とか想像しました。
それにしても、
多分独居老人と思われるこの仙人が、
よってたかって町内会の人から叱られている姿って
想像するだに切ないものがあります。

鹿沢和元さんの
「ごはんでも行こう」と言われ食欲は関係なしのごはんへ向かう
心がうれしい「ごはん」だな、これは。
と思って好きな歌でした。
希和子さんの
お裾分けの茄子の煮物と語り合う一人暮らしの母の食卓
何かの折に帰省してて、ふと見てしまった母の姿でしょうか。
ひとり言は一人暮らしの習い性みたいなところがあると思うんですが、
それがモノへの語りかけに進化してるところが
一人暮らしの長さを感じさせて、切ないですね。
しかも視点が娘というところが切ないです。
「お裾分けの茄子の煮物」という話し相手のチョイスも
何か切なさを増幅させるようでした。
千花さんの
義務なのか優しさなのかテーブルにラップをかけたレタスチャーハン
テーブルに置かれたレタスチャーハンのみに焦点が当てられてて、
印象鮮明な歌でした。
「義務なのか優しさなのか」という疑問を持ったのが、
チャーハンを用意した本人なのか、用意してもらった人なのか、
あるいは第三者なのかで、微妙にこの歌の雰囲気が変わるような気がしますが、
どちらにしても、「優しさ」であってほしいと思ってそう。
「レタスチャーハン」というごはん一品ものというのも
その疑問を掻きたてる絶妙なチョイスだなって思いました。



8月30日歌題「砂」

リビングを掃けば集まる砂たちのどこの海から来たんだろうか(しま・しましま)

この日のお題は「砂」「夕」「嘘」
しかし、ホントにこの砂はどこから来るんだろうか。
うちはもう小さい子供はいないし、
猫は外に出さないので、
そうそう外の砂が家の中に入ってくる要素がない気がするんですが。

この日好きだった歌は
沼尻つた子さんの
skypeへ途切れがちなる声を乗せ友は砂塵の国に生きおり
「砂塵の国」から、中東の国を想像しました。
なんとなくのイメージで申し訳ないけど、
中東の国と日本をつなぐもの、
それはやっぱりインターネットという感じがします。
イスラム国関係の印象が強く残ってる所為だと思うんですが。
だからこの「skype」がすごくいいなと思いました。
そこへ乗せる肉声が途切れがちなのは、
政情の不安定さか、本人の健康状態からか、
何か単純な理由なのか、
もしかしたら砂塵のざらざらなのかもと
想像が広がっていきました。
「生きおり」が重く響く歌だなぁってしみじみ思いました。

こりけケリ子さんの
砂浜で涙を流しているものの全てがカメじゃないよナターシャ
なんでしょうか。
しょっちゅうこりけケリ子さんの歌の感想を書いてるような気がします。
この歌は、
「砂浜で涙を流しているものの全てがカメじゃない」という真理と
「ナターシャ」という特定の人物への呼びかけの
相乗効果がものすごく面白いと思いました。
琥珀さんの
そびえ立つサンドアートの神の手に生命線が刻まれている
「神の手に生命線」
もうそれだけで皮肉が効いてて面白いんですが、
初句に「そびえ立つ」とその形状を端的に形容して、
そのサンドアートを見ている主体を意識させるところがいいなぁって思いました。
黒川ひかげさんの
好きだけどもう無理なんだ脱ぎ捨てた貝に呟く砂を引きずる
これも面白い歌だなぁって感心しました。
「好きだけどもう無理なんだ」という詠み出し、
恋愛関係のアレかと思ってたら、
あっ!これはアレじゃない、アレだ、ヤドカリだ!
ってなって、
しかも
「砂を引きずる」が、なんとなくヤドカリの癖に渋い哀愁を漂わせているようで
ホント最後まで面白いなぁって思いました。

スポンサーサイト

うたの日(じゃない・おまけ)


うたの日

8月27日歌題「じゃない」

あらいいじゃないってちっともよくなくてクラクラ蝉があつまってくる(しま・しましま)

この日のお題は「じゃない」「シュークリーム」「7」
このお題を見てからずっと鈴木雅之の「違う、そうじゃない」が
頭の中を流れてて、そこから抜け出すのがやっと
という感じでした。
ちなみに、抜け出せなかった歌は
違う違うそうじゃそうじゃないこのサングラスはこっちからこう!
でした。

この日いいなと思ったのは
文佳さんの
そんなつもりじゃなかったと言うそのひとの冷たい白い脛を見ている
男性の歌と思ってました。
「冷たい白い脛」っていうところが、なまめかしくて、
一度は触ったことがある脛なのかも、と思ったんですよね。
女性同士で体に触れることは多々あるけど、
なかなか脛を触ることってないなぁと思って、
その白い脛が冷たいことを知っている主体って
やっぱり男性かなぁと思った次第です。
「そんなつもりじゃなかった」
情況はわからないけど、
じゃあ、どういうつもりがあったんだよ
って、イラッとしてて、
しかも主体とそのひとと、物理的にも距離がある立ち位置にあるんだろうかと
「脛を見ている」
というところから感じました。
もう顔も見てないっていうか、
見られないのかな。
いろいろと想像を深くしてしまう歌でした。
七波さんの
ひとりきりでスワンボートを漕ぐような恋じゃないかと思ってはいた
これはツライ
と思いました。
「思ってはいた」ってことは、
そして多分それは当ってたってことなんでしょうね。
一人相撲だった、みたいな感じなんでしょうか。
自分だけがその関係を維持させるためにがんばってた
ってことでしょうか。
「スワンボート」のちょっと笑える情況が
よりツラさを増すように思えました。
秋山生糸さん
いつだって喧嘩ばかりだ 仮名書きで言ういもうとは妹じゃない
あー、なんか分かる気がする
という歌でした。
わたしは、兄と妹がいるんですが、
兄にとって私は「妹」の方で、
わたしから見て妹は「妹」なんだなぁ。多分。
秋山さんの歌の、主体といつも喧嘩ばかりしているのは、
「妹」であって、「仮名書きで言ういもうと」ではないって受け取りましたが、
どっちなんでしょうね。
昨今のアニメとか漫画とかで、いもうと萌えとか言うけど、
あれはやっぱり実際に妹がいる人ではないんだろうなぁと
常々思ってました。
(ってよく考えたら「みゆき」とか古くからある萌えでしたね)
「仮名書きで書くいもうと」じゃなくて
「仮名書きで言ういもうと」っていうところも好きでした。


8月28日歌題「おまけ」

扇がるる子のそばにをり扇がるるうちはの風を少しいただく(しま・しましま)

この日のお題は「兄弟」「巣」「おまけ」
この日いいなと思った歌は
404notF0816さんの
ニョロニョロ付き天然水を買いました、ムーミン谷で湧いた気がして
実際に売ってそうですよね。
ニョロニョロがおまけについた天然水。
下の句の
「ムーミン谷で湧いた気がして」
天然水のことなのか、ニョロニョロのことなのか、
どっちかなって思ったらとてもたのしくなりました。
千花さんの
P.S.を書きたいための絵葉書を有給取って旅行までして
大切な追伸なんでしょうね。
本文に書くのは躊躇われるけど、
きちんと文字で伝えたい言葉。
やっぱり「P.S.」の文字が一番映えるのは、
絵葉書の端っこですよね。出来れば万年筆で。
そして、絵葉書といえば、旅先から出したいもの。
どんな内容だったんだろう、そこまで出来る相手ってどんな人だろう
そんな相手がいるこの人はどんな人なんだろうと
色々想像される歌でした。
琥珀さんの
寡黙だと言われし父のメールよりおまけのような絵文字こぼれて
他人からは寡黙で真面目な人と思われている父親の、
家族しか知らないお茶目な一面、という感じでしょうか。
こぼれるぐらいたくさんの、
多分文章とはあまり関係なく並べられた絵文字を想像して
ほんわかとしてしまいました。

うたの日(シングル)


うたの日

8月27日歌題「シングル」

単線の駅のむこうで揺れているあおいすすきの「さびしくないか」(しま・しましま)

この日のお題は「うさぎ」「降」「シングル」
あとで見返して、さだまさしの「案山子」みたいだなと思って
ちょっと恥ずかしくなったりしました。
もうね、「シングル」というフレーズから
♪流行の唄もうたえなくてーダサいはずのこの俺ー♪
が頭の中をぐるぐるしちゃって、
なかなかシングルベッドから離れられなくて困っちゃいました。

この日好きだったのは
羽島かよ子さんの
叔母からの香典返しの布団カバー シングルですねシングルですが
下の句の「シングルですねシングルですが」のたたみかけがもうじわじわきました。
香典返しの品って、まあ大体一律(金額によって差はあるかも)で、
この人はシングル(独り身)だからシングルって意図はないと思います。
そういえば、私が受け取ったことがある香典返しの布団カバーも大概シングル用でしたね。
というか、ここであえてダブル用はないだろうって感じですが。
「モルダーあなた疲れてるのよ」
というセリフを思い出した歌でした。
中村成志さんの
存外にたくましくある尻だったうさぎの小屋の掃除の時間
「うさぎ」のお題の歌。
そうなんだよね、お尻から後ろ足って筋肉質でたくましくて、
ちょっとこわいんだよねって思い出した歌でした。
ペット用のうさぎだともっとやわらかなのかも知れないけど、
少なくとも、私が通っていた小学校で飼育していたうさぎはそんな感じでした。
そのたくましい尻を認識したのが
「うさぎの小屋の掃除の時間」っていうのがリアリティがあっていいなぁ。
「掃除の時間」と体言止めなのが、
この歌を一瞬その時間に連れて行っているような気がします。

その他音符を入れた歌について。
中牧正太さんの
シングルの布団ふたつを行き来して吾子は蹴りゆく父を多めに
いわゆる川の字になっている状態ですね。
わたしは、なんとなく旅行先でのことかなあと思って読みました。
もともと寝相が良くないのかも知れないけど、
普段と違う寝方ということで興奮したということもあるのかな。
真ん中に寝せた子供が、あっちへごろごろこっちへごろごろしながら、
両側の親を寝ながら蹴っちゃう。
それを主体は「父を多め」と捉えたというところが面白かったです。
父親が多めに蹴られるってことは、
おいおいまたこっちかぃっていうちょっと情けない感じもありますが、
母親を蹴るよりは自分を蹴ればいい
っていう父としてのある種の矜持も感じられて
なんかいいなぁって思いました。
千花さんの
シングルを避けてアルバム曲ばかりに好む男が選んだ私
気に入った曲がなぜかシングルカットされてないものばかり、
ではなくて、あえて「シングルを避けて」好むという男性。
その「あえて感覚」で「私」も選ばれたのかなぁと思うと、
なんだか非常に微妙な気持がいたしました。
木村比呂さんの
ウミウサギガイにおまえと耳よせて二つの海をわけあう海辺
最初、「ウミウサギガイ」を、中身入りかと思ってぎょっとしましたが、
「耳よせて」るんですから、貝殻の方ですよね。当然。
「ウミ」「海」「海辺」と三つのumiが入っている歌ですが、
そこがうるさいという感じはなかったです。
どれも用途が違うからでしょうか。
声に出すとリズムがよくて三つのumiが面白く効いてる気がしました。
「おまえ」というちょっと乱暴な二人称も、
「二つの海をわけあう」というロマンチックさに、面白く響いてるなぁって思います。
きいさんの
宍道湖の方にうさぎは連なってパラパラ漫画みたいに跳ねる
宍道湖の湖畔に面した島根県立美術館の横の広場に、
この歌の通りパラパラ漫画のような飛び跳ねてるうさぎたちのブロンズ像があります。
ふふ。島根って地味であんまり話題に上らないから、
こうやってまれに歌に詠まれると県民としてはうれしくなってしまうんです。
こりけケリ子さんの
あなたたち恋の悩みは聞きますよ わたし真白いウサギですから
「あなたたち」という詠みだし方からもう好きでした。
「真白いウサギ」だから恋の悩みはおまかせ
という、
えっなんで?
って思っちゃうような強引さも、
「あなたたち」といきなり上から声かけられたら
そうなんですか!よろしくお願いします。
とうっかり悩みを打ち明けてしまいそうな
妙な説得力があるような気がしました。

うたの日(名前)


うたの日

8月25日歌題「名前」

陸を穿ち流るる水を河と呼ぶ われを流るる水に名はなし(しま・しましま)

この日のお題は「文語」「香」「名前」
「文語」ってお題面白いなって思って、そっちで考えてたんですが、
よく考えたら「文語で短歌を詠む」と、歌題が「文語」って違うなぁと。
「文語」にまつわる事で詠むんだろうかと思ったら、
私にはちょっと手が届かないお題でした。
じゃ、「名前」の方で作ろうと思ったら、
さっきまでの「文語」が邪魔するんで、仕方なく文語短歌となりました。
ちなみに、
ルビを振るのを忘れてたんですが、「陸」は「くが」と呼んでいただけると、
より固さが出ていいかなぁと思います。

この日いいなと思った歌。
坂口裕太さんの
名をつけることは征服 右側のきみの鎖骨はドーゲンブーテ
いいな、このきっぱりとした断定の仕方。
「征服」がすんなり納得できる気がします。
しかも、その名付けがいきなり細部というのが面白いなぁ。
「ドーゲンブーテ」なにか由来のある名前なのか、
さっき思いついた言葉なのかは分かりませんが、
語感もなんかいいなあ。

藤田美香さんの
君をただ表すだけのPという文字が溢れる日記は5年目
なんとなくですが、
前の坂口さんの歌と通じるところがあるような歌。
「P」と名づけて日記に書き記すことで、
少なくともその日記の中では自分だけの「君」。
それも、もう5年も日記の中に「P」が溢れるって
そんなにその人の事を見てるんだって
微笑ましいような
ちょっとこわいような感じがします。
それにしても、「P」って「君」の頭文字なのかな。
ポール、ピーター、フィリップ
日本人じゃないな、頭文字だとすると。


うたの日(怪談)

うたの日

8月24日歌題「怪談」

わたくしのすてきなふるいれいぞうこ大事な声ががしまってあるの(しま・しましま)

この日のお題は「4」「散歩」「怪談」
さて、わたしの歌ですが、
4句目をご覧になってください。
「大事な声がが」
と、なっております。
実は、これ、評で指摘されるまで全然気が付かなかったんですよ。
というのも、
はじめは
わタくしのすテきなふるいれいぞうこ大事な声がががしまってアるの
だったんですが、
うーん、ちょっと演出過剰な感じがして恥ずかしいなって思って、
全部直したつもりだったんです。
まさか一文字残っていたとは。
コピペを駆使して直し入れると、こういう事案が発生しがちなので、
みなさまもご注意ください。
って私ぐらいか。そういう失敗は。

この日いいなと思った歌は
こりけケリ子さんの
隠れ身の術に背中がなまぬるくやがて動き出しそうな壁よ
読んだ瞬間、怖っ!そしておもしろっ!
って思った作品でした。
多分、忍者が壁にはりついて隠れ身の術を使っているんだと思います。
その、壁に張り付いて息を潜めている忍者の背中の壁が、
気が付くと生ぬるい温度になっていて、
いつうねうねと動き出してもおかしくない怪しい雰囲気を
ぴたっと当てた背中から感じ取っている……
という情景に読みました。
皮膚感覚で気持悪いって最強の怖さだなぁと思うんですよね。
だからって忍者だから「うわっ」って壁から離れるわけにもいかないし……
という苦悩もあるだろうと思うと気の毒なような可笑しすぎるような。

水色水玉さんの
一画を私を埋める場所として花を植えずにとっておく娘
この歌、わたしは何の疑いもせずに「娘」を幼い子供と考えて、
花壇の一画に、以前死んだ金魚を埋めたように、
母親が死んだらここに埋めるからねって場所をあけていてくれる、
幼なさゆえの残酷な思いやりが怖いなって思ったんですが、
ほかの方の評を読んで、
そうか、この「娘」が子供でない場合もあるなぁと思ったら、
それはそれでストレートなこわさがあるなぁ……とか思ったりしました。
秋山生糸さんの
天ぷらを食べたき夕べ虫取りの網を片手に火葬場へ行く
この歌を読んですぐに、ああ!これは絵本「おばけの天ぷら」だな!
って思ったんですが、
後から秋山さんが、実はその絵本を知らなかったということがツイッターでわかって、
ひゃー、あの絵本が下敷きじゃなくて、
天ぷら食べたい→天ぷらにしておいしいもの探し→そうだ火葬場へ行こう!
という発想が出てくるところが怖いです。
と、思って、後からまた面白く怖がらせていただきました。
そう考えると、
今回の「怪談」の歌は、どれも後から新たにこわいというのが多くて
面白いなって思いました。
これも仄怖くて♪を付けさせてもらった
小宮子々さんの
また夏はなにかを連れて去ってゆきこわいはなしがもひとつ増える
の歌ではないですが、
終った後で怖さが増える、
こわいはなしはそうやって増殖していくんでしょうね。

うたの日(絵本)

うたの日

8月22日歌題「絵本」

読みかけの絵本にかかる君の影ゆっくりゆれて続きは海へ(しま・しましま)

この日のお題は「ノート」「スパイス」「絵本」
以前「破」のお題で
愛されたしるし 絵本の破れ目はぐりぐりぐらの順の野ねずみ
という歌を詠みましたが、
やっぱり絵本といえば「ぐりとぐら」人気でしたね。
「はらぺこあおむし」「そらまめくん」「泣いたあかおに」
「シンデレラ」「うさこちゃん」「おれはねこだぜ」「くつくつあるけ」
「バムとケロ」「ノンタン」「花さき山」
具体的な絵本がこんなに出て楽しかったなぁ。

この日わたしがいいなと思ったのは
薄荷。さんの
大切にしまっておいた絵本にはわたしに似てる女の子がいる
わたしにもそういう絵本があるので、
余計におお!って思いました。
最初は誰かに言われたのかも知れないですね。
お母さんとかから
「この女の子、○○ちゃんに似てるね」
その一言だけで大好きになっちゃう、
そんなこともありそう。
見た目が似てるというだけじゃなくて、
その絵本を開くと、
その絵本を愛した子供時代の自分も飛び出してくるのかも
と思って、いいなぁって思いました。
ちなみに、わたしが同じ理由で愛した絵本は「はじめてのおつかい」。
もう一つのブログの方にこの絵本の記事を書いてます。


フジタレイさんの
鯖が好き空飛ぶ鯖も普通のも ねこみたいだけどおれはひとだぜ
「鯖」「ねこ」「おれは」「だぜ」
といったら、佐野洋子の「おれはねこだぜ」!
食べる鯖も絵本の中で集団で襲いかかってくる鯖も、
多分、海で泳いでる鯖も、
それから猫も、
きっと主体は好きなんだろうなぁ。
絵本のタイトルを取り入れてて
「だぜ」の語感がすごく面白かったです。
琥珀さんの
憧れは憧れのままで良いのです 馬車にならないカボチャを煮込む
絵本、というか童話の世界では、
憧れが魔法によってあれよあれよという間に実現しちゃったりしますが、
現実はそうはいかない。
(馬車にならない)「カボチャを煮込む」という現実の落とし所がいいなって思いました。
憧れが簡単に実現しない現実だって、
こんなに豊かで悪くないって気がします。


うたの日(みそ汁・ヒーロー)


うたの日

8月21日歌題「みそ汁」

みそ汁のお椀に箸を渡すくせ変わらぬ父を良しとしておく(しま・しましま)

この日のお題は「方」「&」「みそ汁」
厳密にいうと「みそ汁のお椀に箸を渡す」のが癖というよりも、
食事中に新聞を広げたり、郵便物をチェックしたりと
箸を置いて別の事をするのが父の癖のような気もします。
この間、久し振りに一緒に食事をしてて、
相変わらずの姿に思わず笑ってしまいました。
変わらない癖があるって、体調に大きな変化がないとも言えますよね。

この日いいなと思ったのは
希和子さんの
簾越しに流れるナイター中継とうちとは違う味噌汁の香り
よその家を通り過ぎるときに、ふっと漂ってきた味噌汁の香り。
自分の家の味噌汁と微妙に違うのは、味噌が違うんだろうか。
上の句の
「簾越しに流れるナイター中継」といい、
路地感とか昭和感があって、郷愁に駆られる歌でした。
萩野聡さんの
北極のきっとひとつの赤になる行方不明のきみの風船
一目惚れ的にすきだった歌でした。
白一色の世界にぽつんと漂う赤い風船。いいなぁ。
この歌を見て、佐々木マキの「ぼくがとぶ」という絵本を思い出しました。
あれはぼくが作った飛行機(複葉機!)が北極の空を飛ぶんですが、
これは「行方不明のきみの風船」
それも「赤」
手から離れて失くしてしまった風船も、
きっと今頃北極を飛んでて、しろくまたちが見上げてるのかもって思うと
なんかいいなぁ。

その他いいなとおもった歌
小川けいとさんの
デパ地下で見知らぬ町の味噌を買い見知らぬ味でホッとする夜
知らない町、知らない味をあえて求めて、
それが確かに知らない味だったことにホッとする気持、
なんとなく分かるような気がしました。
「見知らぬ味」って表現も面白いですよね。
小向大也さんの
明け方にラジオからまだ漏れている誰かがリクエストした雨降り
「方」のお題の歌。
うたの日のほかの人のコメントに、「雨降り」という曲名とあって、
ああ、そうかそういう取り方も出来るなって思ったりしました。
えーっと、これは私の感じ方ですが、
明け方に、ざー…ざー…って雨の音がして目が覚めて、
雨降ってるなって思ったら、
昨夜つけっぱなしで寝てしまったラジオのノイズだった。
なんだ、そうだったんだって思って外を見たら
ホントに雨が降ってて、
なんだかこのラジオのノイズも誰かがリクエストして流れているみたい
って思った
みたいな歌だと、
なんかいいなって思いました。
千花さんの
心因性ですと帰され処方箋透かして探す愛や情緒を
心に因るものなんだから、
「愛や情緒」の成分の含まれた薬が処方されてもいいよね。
「心因性」「処方箋」そんな言葉が並ぶのに硬くならずに
どこかやわらかで静かな雰囲気があるのは
「心」「愛」「情緒」という言葉と
S音の多さにあるのかも。


8月22日歌題「ヒーロー」

雨傘の消費されゆく子供らにまだ名を呼べるヒーローありて(しま・しましま)

この日のお題は「ヒーロー」「雀」「壁」
あんまり歌とは関係ないけど、
わたしが生涯で一番好きだったヒーローはウルトラマンレオ、
二番目は宇宙刑事シャイダーでした。
しかし、ウルトラマンレオって改めて放送年を見ると、
すごく前で、
え!そんなに古いの?
生まれてなかったわけじゃないけど、
あの面白さとか分かる年に達してないよなぁ……
と思って、
もしかしたら再放送だったのかも…いや…レオ再放送するかなぁ…
と思ったりしてます。
ちなみに三番目はウルトラマンエースです。
まあ、そんな感じで、
この日いただいた票は1票。ぎりぎりドンマイ回避略してGDでした。

この日好きだったのは
中牧正太さんの
恋ひとつ終えて帰ればビニールのヒーローたちはみな立っている
そうだよ、そうやって塩ビのヒーロー人形たちだって自分で立ってるんだから、
失恋ぐらいで膝ついちゃだめだ
という気持なのか、
今日ぐらい一体ぐらいは
バランス崩して倒れててもいいじゃない
って気持なのか、
どっちにしても「ヒーロー」のお題が面白く使われてて
すきだなぁ。

きつねさんの
変身のできないタイプのヒーローがいつかこの街を去るときのこと
そういわれてみれば、そういうタイプのヒーローが街を去るときって、
どんな感じなんだろう。
変身ヒーローはだいたいそっと去っていくし、
テレビや映画のヒーローって大体変身前の姿を人に知られてないよね。
って
ここまで考えてから、
そうか、街の平和を守るヒーローとは限らないなと思ったら、
なんだかすごく切ない方向に想像がいっちゃって、
ずーんとおもたい歌でした。

うたの日(糸・抱)


うたの日

8月19日歌題「糸」

糸の白ボタンの白のみな違うためつすがめつしては立秋(しま・しましま)

この日のお題は「糸」「コーヒー」「My」
正直「ためつすがめつ」という言葉を使いたかった!
というのは置いておいても、
ワイシャツのボタン付けするときに、
どうもボタンの色が微妙に違う
糸の色があきらかに違う
みたいな事が多くて、
その辺どうにかならないもんかと思ってたりします。
まあ、買ってきた時に、あらかじめ大量に買っておいたボタンを
全部付け替えちゃうという猛者もいるみたいですが、
めんどくさがりなのでそれは無理ー。

この日いいなと思った歌は
蓮さんの
縦の糸横の糸にもなれなくて綿毛は一人夜へ飛び立つ
お題の「糸」という字を見てから、
中島みゆきの「糸」がずっと頭の中に流れてて、
どうしたもんだろうと思ってたんですが、
ズバリ「縦の糸横の糸」って出てきて、
まず、おおっと思いました。
でもこの歌の主役は
そんな混み合った人間模様を織るための糸ではなくて
「綿毛」っていうのがいいなぁ。
何の綿毛かは分からないけど、風で飛んでいく綿毛だから、
どうがんばっても糸には成れない。
この、じゃない感って青春の孤独を強く感じるんですが、
実はおそろしくしぶとくて、
わたしなんかもうめっちゃいい年なんですが、
それでも日々折々にこのじゃない感に打ちのめされてます。
そのじゃない感の化身のような綿毛を、
この歌では
「一人夜へ飛び立」たせてるってところが
すごく好きでした。
ここでは縦の糸にも横の糸にもなれないけど、
別の場所に綿毛の生きる場所があるんだっていう旅立ちの歌。
がんばれ綿毛。

藤田美香さんの
ほろほろと糸がほつれてこの夏のわたしははだかで捨てられている
「はだかで捨てられている」
衝撃的な歌ですよね。
なのに、あんまり刺激的に思えないのは、
「ほろほろと糸がほつれて」
の部分の優しくて淡い感じからなのかな。
漫画とかでニットのほつれを引っ張ったら、そこから丸裸になっちゃう
みたいな情景あるけど、
そういう感じでもありつつ、
ほろほろとした心象風景だから裸じゃないもん的な安心感があって
不思議な魅力がありました。
宮木水葉さんの
糸遊のひとすぢ立つる暑気すらもじきにはかなくなるを疎みぬ
「糸遊」かげろうですかね。
この糸遊がゆらゆらしているのを見て、
熱気がかげろうをつくるんじゃなくて、
かげろうがそこに一筋の暑気を立てているっていう見方が面白いなって思いました。
この一筋の暑気も、もうじきなくなってしまう。
夏の終りをこういう惜しみ方するっていうのに惹かれました。


8月20日歌題「抱」

捨ててきたものなんて数えない片膝抱いて切る夜の爪(しま・しましま)

この日のお題は「抱」「欲」「。」
痛恨の!上の句の字足らず。555ってどこのライダーだよって字足らずでした。
数えないって言って、確かに数えてないという……。

この日いいなと思ったのは
蓮さんの
抱きしめた心はとても冷静で耳の形が胎児のようだ
激情にまかせてぎゅーっと抱きしめたという感じではなくて、
ふわっと包み込むように抱きしめた感じかなぁ。
冷静にぎゅーは難しいですし。
で、きっと、彼女の髪を見て、
そこから視線が耳に移っていったんじゃないかなぁと。
「耳の形が胎児のよう」
これ!
わかる!わかるーって感じです。
細胞分裂から始まる一連の図にある胎児、あれに似てる。
そして、そんなへんな形の耳でさえも抱きしめてる。
なんでこんなに冷静に耳の形を見てるんだろう
って自分でも思ってそうな気もしたり。
沼尻つた子さんの
口もとのごはん粒みたいだ君はまた変なところに 。を打ってる
「。」の歌で一番すきだったのがこの歌でした。
なんてすてきで可愛くて、優しい視線なんだろう。
この「君」は小学生の自分の子供かなって思います。
句読点のうち方がめちゃくちゃだなって苦笑しながら、
この「。」なんて、幼い頃の口もとのごはん粒みたいと
なんとなくほんわりしてるような。

その他いいなと思ったのは
千花さんの
「あのひとはなんて言ってた?」抱きしめる花には花の黙秘権あり
うたの日にも書いたけど、「花には花の黙秘権」がすごく好きなフレーズ。
木原ねこさんの
ああヒトの形をしている片腕で嬰児抱けば足の動いて
「ああ」という感嘆詞から「抱けば足の動いて」まで、
初めて抱く自分の赤ん坊への感動に溢れてていいなって思いました。
だゆうさんの
抱き付けば毛布は既に毛沢東歴史の水路が流れ始めて
「毛布は既に毛沢東」というシュールな上の句自体もすごく面白いけど、
下の句のそこから「歴史の水路が流れ始め」るという壮大さが好きでした。
西村湯呑さんの
その語尾にやわらかな「。」がつく人をおもって湯船のなかで丸まる
なんてやわらかであったかいんだって思って、
ほわーっと癒される歌でした。
語尾のやわらかい人もだけど、
その人を思ってる主体がやわらかい感じがしますよね。
語尾の人の方は、柔らかいけど、どこかしんの強さを感じる人で、
その人に惹かれているらしい主体は、
傷つきやすいやわらかい心の持ち主みたいに感じました。
白黒つけたいカフェオーレさんの
なぜかみんな、(てん)とか。(まる)の打ち方を宮部みゆきに教えてもらう
おもわずふふっと笑ってしまいました。
「宮部みゆき」というチョイスが絶妙だなぁ。
「なぜかみんな」というすっとぼけたような詠み出し方も好きです。

うたの日(島・僕)


うたの日

8月17日歌題「島」

この関より晴るる日ならば見えるてふ古き遠流の島と吹かるる(しま・しましま)

この日のお題は「橋」「」「島」
「見える」じゃなくて「見ゆる」にしようか、どうしようかと悩んでて、
結局、時間切れになったんだったかなー。
これは島根県美保関という場所とそこから見える(はずの)隠岐の島を詠んだもの。
晴れてれば隠岐が見えるっていうんですが、
わたしが行くときっていつも雲があって見えないんですよね。
そんなに遠くないんだから晴天の日を狙って行けって話ですが。
わりと最近、
飯嶋和一の「狗賓童子の島」という隠岐が登場する小説を読んだんで、
その思いも籠めて、見えなかったかつての流刑の島と吹かれてみました。

この日いいなと思ったのは
虫武一俊さんの
半島を持ち寄る会にひとりだけ離れ小島で来てしまって
「あのね、半島って全島に対する大きさの半分の島ってことじゃないんだよ」
って親切な会員の人に言われたりしそう……
とか思ったらもうたまらないなっておもいました。
「半島を持ち寄る会」はもちろんフィクションだけど、
明らかな場違い感っていうか、これは確実に場違いだった……
と、身の置き所のないような気持になっちゃうことって
わりと誰でも(?)経験あるところだと思うんだけど
その辛さがぶわっとフラッシュバックしてきて
面白くて辛い歌でした。

ルイド リツコさんの
「無人島で暮らしたいね」にあいづちのかわりでしょうか星が流れる
「無人島で暮らしたいね」は、目の前にいる誰かに言った言葉なのか、
あるいは、独り言なのか。
どちらにしても、明確な返事はなくて、
ただ夜空に流れ星があって、
それを肯定として捉えることにしようか。
的な感じの歌と思ったんですが、
なんだろうな……
ほんわりと好きでした。
うーん、
多分、どことなくのんびりまったりした感じと夜空の広がりが
いいなって思ったんだと思います。
「無人島で暮したいね」の言葉の裏には、
日常生活の忙しなさから逃げ出したいっていうのがあるのかも知れないけど、
この言葉を口にした瞬間は、
とりあえず、その忙しさの外にあるように思えるんです。
「暮らしたいね」「かわりでしょうか」の語感のゆったりさが
そう思わせるのかも。
静ジャックさんの
好きな子の名前を皆で告げ合った川中の島小さくなりぬ
「川中の島」って最初「川中島」かと思ったんだけど、
それだと変だなぁって思って、
川の中にある島ってことかと気が付きました。
中洲みたいなところなのか、
すごく大きな川でしっかりした島っぽいところがあるのかな。
むかし友達と川遊びをして、そこで好きな子を言い合ったことがある。
そんなことを思い出してるわけですよね。
大人になってその場所を見ると、
それこそ小島のように思えたところが、驚くほど小さい。
大人になるってことは、いろんなものを小さくしたり遠くしたりすること
かも知れないなって思って、
しみじみしたいい歌だなって思いました。


8月18日歌題「僕」

時々は遊びに来てね僕のことわすれないでね忘れるまでは(しま・しましま)

この日のお題は「君」「バス」「僕」
この日は全く選をせずにスルーしてしまった日。
まあそういうこともありますよねー。

うたの日(送・でした)


うたの日

8月15日歌題「送」

ばあちゃんちが遠くてよかったおおかみに送ってもらってゆっくり帰る(しま・しましま)

この日のお題は「迎」「平和」「送」
この歌はアレです。ズバリやんちゃな赤ずきん。
今思うと、字余りでも「おばあちゃんち」にした方がよかったかな。

この日いいなと思ったのは
こりけケリ子さんの
見送っているのも静か白花をさんざん散らすさるすべりから
何を見送っているのかは分かりませんが、
下の句の
「白花をさんざん散らすさるすべりから」
から、静かだけど強い祈りや悼む気持が感じられるような気がしました。
もしかしたら勝手な思い込みかもだけど、
夾竹桃や百日紅って、原爆投下や終戦の頃の
真夏の雰囲気を体現したようなイメージがあって、
祈りの花って気がします。
その百日紅が「さんざん」花を散らしてる。
しかも、赤い花じゃなくて、白い花のさるすべり。
静かに心の中に吹き荒れる何かを感じさせるような気がしました。

姉野もねさんの
取り急ぎお米を送る生きていてほしい思いを暗号にして
木村比呂さんの
タクシーがまっすぐ長い影を曳き日焼けした子を秋へと送る
どちらの歌も、子を思う親の心情の歌と思いました。
「取り急ぎお米を送る」のあえて言葉にしない思いやりを籠めた祈り、
「タクシーがまっすぐ長い影を曳き」の、
帰省した子との別れの淋しさとまた秋から始まる子の生活へのエール
どちらもいいなと思いました。



8月16日歌題「でした」

あくびかみ殺す時に鼻から目にぬける何はたぶん素直さでした(しま・しましま)

この日のお題は「みんな」「ベージュ」「でした」
選をするときになってはじめて
あ!「何か」が「何」になってた!しくった!
って思ったんですが、
後からそういうツイートをしたら、
そこは気にならなかったけど、歌の中の「殺」の方がきになった
という方がいて、
そうか、そっちか……
となりました。
ちなみに0票でした。

この日いいなと思ったのは
中牧正太さんの
あなたにも言えるのですが台風の来そうで来ない八月でした
「あなたにも言えるのですが」
このくすぐり!
これにくすぐられて、すっかり骨抜きになってしまった感があります。
一波乱くるかと思ったけど、来なかった。
でもまだ安心できない。
小悪魔みたいな「あなた」に翻弄されてる感じが好きです。
ニキタ・フユさんの
みんなうそみんなうそって囁いてくマトリョーシカの赤いくちびる
ぞくっとするようなセクシーな歌だなって思いました。
「みんなうそみんなうそって囁いてく」の
「く」がすごくぞくってなります。
ひとつひとつ並べていくマトリョーシカの、
そのひとつひとつが「みんなうそみんなうそ」って囁くって
なんかもうすごい。

この日、ほかにいいなと思ったのは
文屋亮さんの
ぶちまけたやうな食卓子育ては大変でしたといつ言へるのだらう
「でした」の過去形を、
現在の心境にぴたっとはめてあっていいなって思いました。
そうですね。わたしの少ない経験から言うと、
「子育て」という心境でそれから卒業したのかなと思えるのは
子供が義務教育を終えたぐらいでしょうか。
食卓限定でいえば、きっともう直ぐ楽になりそうです。
その後も家族としてはまだ大変が続く気がしますが。
こりけケリ子さんの
見た目より意外と重いクサリガマ、みんな普段はどうしてますか
「クサリガマ」が面白くて大好きです。
「みんな普段はどうしてますか」という問いかけがまた
意外な展開で楽しかったです。
ほうれん草さんの
手渡され静かに読みゆく診断書 みんなも一緒だったらいいのに
一字空けの下の句の主体の痛みがずしんとひびく歌でした。

| ホーム |


 ホーム  » 次のページ