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しま・しましま

Author:しま・しましま
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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(4月29日)


うたの日

4月29日のお題は「割」「染」「石鹸」でした。

水筒の麦茶わずかに泡立って夕日に染まる腕だけ熱い(しま・しましま)
ちょっと縁の方で小さくあわだったものを見るのが
ホント苦手。
生理的にダメって感じです。

この日いいなと思ったうた。
こりけケリ子さんの
王子は蛙 王女は眠り口づけの無い夕暮がみどりに染まる
このうたは、
最初見たとき、ん?って思って、
それから改めてじっくり読んで、
ああ、なるほど、
こういうことなのかな
いいな
って思いました。
「王子は蛙」という意表を突く初句から、
一マス空けて「王女は眠り」。
最初は「かえるの王様」(王子様)の王子と、
「眠れる森の美女」の王女かなって思ったんですが、
一マス空けの場所の雰囲気から、
「王子は蛙」と「王女は眠り」が
もしかしたら並列ではないのかな
って気がして、
この王女は、カエルにキスもしないで
眠ってるところなのかなって考えました。
まあね、お話によっては、
キスをしないどころか、カエルを壁にたたきつけたことで
何故か魔法が解けて王子に戻るバージョンもあるんですが、
この王女はどちらもしないで眠ってしまう。
うーん、これでは救われないなぁ。
しかし、下の句がまた不思議なんですよね。
「夕暮がみどりに染まる」です。
みどりが夕暮に染まる、なら割と一般的な夕方の光景なんですが、
逆なんですよね。
口づけで魔法を解いてもらって救われるのでなくて
口づけも貰えずに救われないっていう世界で
もう一つ逆なことを重ねることで、
なにかほんの少しだけ、
救われる世界が正しいほうですよ
って言われてるような気がして、
あーこれは好きにならずにいられない
って感じでした。

門脇篤史さんの
目玉焼きにはソースを落とす少しずつあなたに染まる生活がある
うん、いいなって思いました。
初句七音の詠み出し方に、
自転車のペダルに力を入れて踏み込んでいくみたいな
スロースタートな感じがあって、
そこから主体の生活がじわっと展開されていくみたいでした。
それこそ「少しずつ」。
誰かと一緒に暮らすって、
それまでの生活の細かい作法を擦り合わせていくことですよね。
朝、目玉焼きに何気なくソースを落としていて、
あ、これは「あなた」に染まったものの一つだな
って気がつく。
このさりげなさがステキです。
目玉焼きの黄身にもソースが染みていくところとかも
想像されて、
幸せな食卓だなって思いました。
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うたの日(4月28日)

うたの日

4月28日のお題は「ことわざ」「角」「洋」でした。

洋装店で手首をそらすマネキンね値札でさえも色褪せてんの(しま・しましま)
「ね」「の」のこのいやらしさw
うたの日とは関係ないですが、
ふと思い立って、
去年やってた「題詠blog2015」の二周目を始めてみました。
今回は短歌と俳句で。

この日いいなと思ったうた。
天野うずめさんの
兄はもう大人になった一人だけすたすた向う洋楽コーナー
ああー。
なんだか主体と同化して、
兄の背中を見てるような気持になってしまいました。
小学生のころ、
友達のお姉さんが洋楽を聞いていて、
何かとてもかっこよく見えたものですが、
これが自分の兄だったら……
って思うとまた違うんでしょうね。
まあ私には兄がいますが子供の頃から没交渉だったので、
こういう気分にもならなかったんですが。
子供にとってCDショップって分らない記号や音で溢れてて
一人では不安だろうなあって思います。
そんなところで「一人だけすたすた」行っちゃって、
なんだか背中が遠くて、
それを軽い感じで詠まれてるところが
主体のいじさしさのような気がしました。

ニキタ・フユさんの
分からないひとと暮らしてわかること(とても静かに洋梨を食む)
きっと、その人は
口数の極端に少ない人で、
その所為で何を考えてるのかわからない、
そんな人なんだろうなって思います。
「分らないひと」って
何種類か分らなさがあって、
伝えてくれないから思ってることが分らない、ってのと
その人のだいたい何もかも分らない謎の人ってのと
何でそういう考えや行動になるのか理解しがたい
ってのとかあると思うんですが、
このうたの場合は、
少なくとも一緒に暮らす人なんだから
それを考えると、
口に出してくれないタイプかなって思います。
それにしても「洋梨」がいいな。
ここには食べるものであれば
だいたい何を入れても、
そこそこ形になると思うんだけど、
「洋梨」の強い芳香と繊細さ、
そういうものと、
それを「とても静かに」食べる姿とかに、
この「分からない人」の持つ雰囲気が滲んでいるようでした。
朝倉洋一さんの
母さんになりたいような青がある海洋博の閉門しずか
「母さんになりたいような」という
印象的な詠み出しで、
ぐっと引き込まれるうたでした。
「海洋博」が、過去沖縄で行われたそれなのか、
それとも、
また違うものなのか、
それは分りませんが、
「海洋博覧会」の略語だと思います。
で、だいたい「海洋」博覧会ならば、
海のそばで行われるんでしょうね。
このうたで詠まれている「青」が
海の色だとははっきり書かれていませんが、
それでも、やっぱり海の「青」だと思います。
閉門後の、夜にかかってきた海の色でしょうか。
実際はもう青というよりは黒に近い暗い色なのかも知れませんが、
そこに主体は、母なる海の懐の深さのようなものを
感じられたのかな。
そうして、
自分も何かを育めるものになりたい
ような気持がした、
といううたと思いました。
穏やかな心境と広がりがあってすてきだなと思いました。

うたの日(4月27日)

うたの日

4月27日のお題は「メイク」「吹」「強」でした。

占いのページは十二に区切られてどこにもわたしへ吹く風はない(しま・しましま)
ごくたまにでもいいから
おっ、わたしに風吹いてるな
って思えるといいんだけど。

この日いいなと思ったうた。
つんさんの
掃除屋が口笛吹けばするすると夜空を星がすりぬけていく
もうね、
このうたを一目みて、
頭の中にメアリー・ポピンズと煙突掃除のバートたちが浮かんできました。
実際のところは、
どういう「掃除屋」なのかは分りませんが、
口笛吹いて星を動かすなんて
ステキな掃除屋さんですよね。
一目で大好き!
ってなったうたでした。

富井丈生さんの
かすみたつ春の厨に吹きこぼす灰汁はしぢぢとにほひたつこと
お鍋の吹きこぼれですよね。
それがこんなに雅に表現されてしまうとは……
春……おそろしい子…
「かすみたつ」は春の枕詞でもあり、
台所の立つ吹きこぼれの情景でもあるんでしょうね。
「しぢぢとにほひたつ」と、
もう五感の内の目、耳、鼻をフルに活用して、
そんなちょっとしたトラブルにも春の雅さを見い出してる
ってこれは凄いことだなって思います。
結句の「にほひたつこと」、
ここがわたしは特に好きです。
「事」として物事を一まとめにしてしまっているのではなくて、
「にほひたちてゐることよ」っていう詠嘆に思えます。
おばあちゃんが赤ちゃんをみて
「あらあらかわいらしいこと」とかいう、
あの「こと」。
よし、わたしも今度灰汁を吹きこぼしてしまったら
これでいこう
とか思ったりしました。
西村曜さんの
駅の隅さくら花びら吹きだまり電車もきみも行ってしまった
なんとなく、ほんわりとわびしいなって思います。
「電車も君も行ってしまった」
っていうのは、
かなり辛い情況のような気がしますが、
そこで主体は
「駅の隅さくら花びら吹きだまり」
なんてところを見てる。
凝視ではなくて、なんとなく所在無く目を向けた
って感じかとは思いますが、
なんとなく、
そうだろうなって自分で分ってたみたいな気がして、
ほんのりわびしい、という感じがしました。
ため息ついて、くるっと回れ右して歩き出しちゃうような
そんな雰囲気だなぁって思います。

うたの日(4月26日)

うたの日

4月26日のお題は「掃除」「可」「世界」でした。

ある日眼を開けたら世界の片隅でそれからずっとそんな毎日(しま・しましま)
ものごころがつく
みたいなところでしょうか。

この日いいなと思ったうた。
星野ぐりこさんの
ミニチュアの世界を創る2歳児に集う機関車トーマスの群れ
うたをぱっと見た瞬間、
2歳児にかしずくように円になって集まるプラレールが浮かんできました。
しかもそれが全部「機関車トーマス」のトーマスだけ。
微笑ましくもあり、
なにか荘厳な雰囲気もして、
妖しいパワーを持ったうたって思いました。
それはそうと、
「ミニチュアの世界を創る2歳児」が、
またいいなって思います。
オモチャって、だいたいがミニチュアですよね。
小さい手で遊ぶものだから、
ぬいぐるみも車もままごとも。
だから、子供が一生懸命遊んでる周囲は
だいたいが「ミニチュアの世界」。
しかも、
その子その子で違うし、遊ぶ度に変化する、
そんな「ミニチュアの世界」を創ってるんだなって思うと
うーん、いいなって思いました。

外川菊絵さんの
最初からかかとを踏んでいい靴が売られて世界がずれていきます
子供の頃から、けっこう厳しく
「靴のかかとを踏んではいけません」
としつけられてきたせいか、
靴のかかとをぐにゃっと踏んだままで歩くとか
ちょっとへんな感じしますね。
とはいえ、すでに
「かかとを踏んでいい靴」は売られていて、
世界はそうやって少しずつ「ずれて」いくんでしょうね。
正しい世界からずれた世界へ
というのではなく、
自分の価値観と、世界がずれていく
ってことかなと思いました。
吉川みほさんの
倒された砂糖壷まで果てしなく続く遠征 蟻の世界史
「倒された砂糖壺まで」っていう
目的地がきちんと設定されているようなのに、
「果てしなく続く」っていうところが不思議で、
面白いなって思いました。
この「砂糖壺」は、
すでに最初の一匹が発見したものではなくて、
これから、そういう存在を探しに行く
ということなのかも。
「遠征」「世界史」というと、
人間の歴史の中にもさまざまな形で登場してて、
それを踏まえて考えてみると、
なかなかえぐい旅になるんではないかと思ったりして。
社会性昆虫である蟻だからこそ「世界史」が生きるうた、
と、思いました。

うたの日(4月24日25日)


うたの日

4月24日のお題は「パフェ」「そんな」「戻」でした。

めそめそと道路を渡る毛虫たちそんなんだから遠くへ行けない(しま・しましま)
「そんな」で投稿したわけですが、
うっかり投票の方を忘れちゃいました。
なので、
票を入れたわけではないですが、
この日いいなと思ったうたは
きつねさんの
そんなはずないだろうけどもう一度シュークリームを買って帰った
「シュークリーム」のチョイスがめっちゃいいなって思いました。
このうたではっきりそうとは書かれてないけど、
このシュークリームは誰かのためのものですよね。
少なくとも前に一度はその人のためにシュークリームを買って帰って、
それをとてもよろこんでくれた、
というのが前提にある行動なんだろうと思います。
「そんな」が、
その人の機嫌が直る、なのか
帰る家にそれを喜ぶその人がいる
ということなのか、
その辺りは分りませんが、
「シュークリームを買って帰った」という行動だけを提示して、
物語を想像させてくれるうたと思いました。
「シュークリーム」がいいですよね。
日持ちのしないお菓子で、
ショートケーキほど繊細なムードがない。
日常感があっていいなって思いました。


4月25日のお題は「アジア」「券」「カラオケ」でした。

砂丘にもすこしアジアの風がしてチョコのアーモンドを右頬に移す(しま・しましま)
鳥取砂丘の風は、
実際のところアジアの風というよりは
らくだの匂いの風でした。
ところで、
アーモンドチョコのアーモンドって
口の中で無意識に弄んでしまいませんか?

祐鈴さんの
キラキラの仏壇にごはん置くたびに、タイの寺院を思い出しおり
面白いうただなって思いました。
仏壇に毎日仏飯を供える
という行為じたいは、
故人への思いが聞かれるものだと思うんですが、
そこで主体の意識は毎回、遠くタイの寺院へと飛んでしまう。
たしかにどちらも「キラキラ」ですし。
分るんだけども、
わかるんだけども、そこ行く?
みたいな飛び方がホント面白いなって思います。
「キラキラ」「ごはん置く」という
カジュアルでやや幼い感じがする言葉が並ぶ上の句と
下の句の
「タイの寺院を思い出しおり」の文語が
妙な味になってる、といえばなってるのかな。
「キラキラの仏壇」と「タイの寺院」を、
日常的な行為でつなげてあるところが
すごく好きでした。

雀來豆さんの
ほんとうに十八歳は無敵かと青春きっぷで出かけるアジア
JRの青春18きっぷがまず頭の中に浮かんで来ます。
JR線の普通と快速列車の自由席やその他のJRの乗り物に
乗り放題になれるもので、
18とはあるけど、別に18歳じゃなくても使えるという。
これを余すところ無く使うと、
鹿児島から北海道まで行けるとか。
まあ、実際このうたの「青春きっぷ」が、
青春18きっぷかどうかは分りません。
「ほんとうに十八歳は無敵か」って試すために
握られた切符はそれが何だとしても
「青春きっぷ」ですよね。
もちろん青春18きっぷで移動できる日本もアジアの一部。
でも、「出かけるアジア」と、結句で結ばれると、
やっぱり広大なアジア全域を想像しちゃいます。
十八歳無敵説を試すための最初の足がかりは
やっぱり日本国内からになるんだろうけど、
そこから広いアジアへ広がっていきそうで
気持がいいうたって思いました。
小川けいとさんの
ドット絵のような緑の葉をつけてアジアンタムはオフィスでそよぐ
ぱっと映像が浮かんできて
わー爽やかで気持がよさそう
って思いました。
アジアンタムは小さな葉っぱがいっぱいついた観葉植物で、
それがやや無機質なオフィスでそよいでる
って、いいなって思います。
来客の目を和ませる用じゃなくて、
そこで働く社員の目を和ませる用の観葉植物みたい。
PCに向かって働いていて、
ふと目を上げると、
アジアンタムの小さな葉がわさっと広がった感じが
「ドット絵」のように見えた。
和むんだけど、どこか仕事を引きずってるような比喩が
面白かったです。

うたの日(4月23日)


うたの日

4月23日のお題は「パンダ」「必然」「謎」でした。

夢の中で君に出されたなぞなぞを宿題みたいに抱えて歩く(しま・しましま)
「夢」がいかにもゆるいなって
今日になって感じますね。
やっぱりどこか具象が欲しいな。
このうたと直接関係はないんですが、
不思議の国のアリスに出てくる
「なんでワタリガラスは机に似てるのか」
とか、今でも時々思い出したりします。

この日いいなとおもったうた。
桔梗さんの
クリスティーの赤い背表紙並びゐる本棚をまだ夢に見てゐる
ハヤカワ文庫のアガサ・クリスティの背表紙が、
ぱっと頭に浮かびました。
通常(?)の赤背表紙はクリスティだけに用意されたものではないけど、
たしかクリスティ文庫のシリーズも
背表紙が赤かった記憶が……。
わたしがこのうたで、いいなって思ったのは
「まだ夢に見てゐる」。
うたの日に、ほんのり甘い感じってコメントしましたが、
郷愁を誘う甘さ、って感じがします。
かつて目にした、あるいは憧れて思い描いた理想の本棚が
「クリスティーの赤い背表紙並びゐる」ものだったのかな。
それとも、
クリスティーが大好きでこつこつ買い集めた昔の自分に
時々ふっと戻りたくなる、
みたいなことなのかも。
具体的な本棚の像がパッと頭の中に浮かんできて、
その後、それが「夢」の本棚なんだってわかって
だんだん輪郭がぼやけてくるような感覚がありました。

はだしさんの
これからも謎でありますように駅裏のうしろを向いた自販機
57577という定型の中で、
上の句と下の句に分けたときに、
たとえばこのうたのようだと三句目で
3と2に別れてそれぞれ上の句の終わりと下の句の始まりがある
みたいな形式を
句割れっていうようですね。
こういうの句またがりって言っていいのかなって
調べてみたら「句割れ」って言葉があるのを知りました。
これからも謎でありますように//駅裏のうしろを向いた自販機
っていう分かれ方。
これを57577に無理矢理分けたら
これからも/謎であります/ように駅/裏のうしろを/むいた自販機
でしょうか。
でも意味的なことを考えてもう少し刻むと
これからも/謎でありますように//駅裏の/うしろをむいた/自販機
で、めっちゃ破調な雰囲気。
句割れと句またがりのうたって感じでしょうか。
わたしは気になったうたは口に出して読んでみる方なんで、
ちょっと読みにくくて難しい雰囲気だなって思いました。
でも、すっと共感できて、
読後にふわっと何か余韻が残る、すきなうたでした。
謎が謎であってほしい
っていう気持は、
今まで謎の真実がそんなに面白いものじゃなかったという
そんな経験の積み重ねからくるのかも知れないなぁとか
そんなことを考えました。
藤原蛍さんの
ミステリー ヒステリックな君の眼が宇宙の謎とおんなじ色で
詠み出しの「ミステリー」一字空けて「ヒステリックな」
と続くところに攻撃的なポップさがあって、
楽しいなって思いました。
どこで地雷を踏んじゃうかわからない、
そんな「君」なんでしょうか。
うたの日のコメントに「猫みたい」って書いたんですが、
ヒステリー状態になった猫って、
まんまる真っ黒でギラギラの目になるんですよね。
このうたの「君」はさすがに
そこまでの興奮状態でいる訳じゃないんだろうけども
宇宙の闇みたいな黒にキラキラな眼で怒ってるところが
めっちゃ魅力的なんでしょうね。

ところで昨日の最後に書いたことですが、
投票しなかったお題の部屋の感想については
また書く事もあると思いますが、
後者の方はまだ時期尚早かなと
考え直しました。
ここでそういうの書くと、
まだ一方的なものになって終わりそう。

うたの日(4月22日)


うたの日

4月22日のお題は「客」「人生」「思い出」でした。

人生で貰える三つの袋のうちの二つ目までを開けてしまった(しま・しましま)
結婚式のスピーチで、
人生、三つの袋ってキーワードの話がありますよね。
あれはなんだっけなぁ。
福袋?袋とじ?
まあ、多分なんだかんだでもうわたしには
残り一つぐらいしかないんだろうな
っていう、
非常にぼんやりした印象だけで詠んだうたでした。


この日いいなと思ったうた。
中牧正太さんの
飛べないね飛べないなあと笑いましょうせっかく人に生まれましたし
自分の人生観、というとこと
お題の「人生」を「人」と「生」に分けて使われたうたと思いました。
前向きなネガティブが好きですね。
人は飛べない、
ということを笑えることだとして、
「せっかく人に生まれ」たんだから、
人として「飛べない」ことも「笑」えることも楽しめばいい
みたいな感じかなと思うんですが、
このうたで一番好きなのは、
「飛べないね飛べないなあ」という、
一緒に笑おうよって誘ってるところ。
誰かと気持を共有できるのも、
やっぱり「人に生まれ」たから出来ることですよね。

森下裕隆さんの
5年後のきみは短歌を詠んでると言ったらボクはへんな顔した
面白い状況下にあるうただなって思って
楽しくなっちゃいました。
アレですかね、タイムスリップ。
未来から自分自身がやってきて、
「5年後のきみは短歌を詠んでる」
なんて突然言われたら、やっぱり誰でもへんな顔になっちゃうね。
それが、短歌をやってる自分が想像できなくて、なのか
まだ突然現れたもう自分って存在にとまどったままなのか
どっちもなのか、
そのあたりは分りませんが。
前田沙耶子さんの
死ねるほど薬を出してもらえずに人生ゲームの棒らしき日々
「薬を出してもらえず」ってことは、
多分薬局の市販薬の購入じゃなくて、病院の処方箋かな。
主体が、もっと欲しいと思ってるのか、
ふと、
これ全部飲んでも死ねないんだな
って気がついたということなのかは
分りませんが、
「死ねるほど」は出してもらえないという事実。
そういえば、人生ゲームもデスエンド無いですね。
一度ボードに乗せたら、
ゴールまで行くしかない。
で、このゲームの車に乗せたピン人間みたいなコマが
これまたびっくりするほど無機質で味気ない。
処方薬の分量と人生ゲームの対比が
ふむ、なるほど……という感じがしました。

選はしなかったんですが、<おまけ>で
ツイッターで見かけて面白いなと思ったうた。
「客」の
萩野聡さんの
ふといまを客観視する眼が生まれ執拗に汝の頬をつまみぬ
思わずふふっと笑っちゃう面白さがあって目を引きました。
ありますよね。
ふと「いま」を客観視、
っていうか、妙に懐疑的な気持になること。
これは夢?みたいな状態になって、
自分の頬をつねってみるとかよく漫画表現で登場しますが、
それを「汝の頬」つまり相手のほっぺでやってるところでしょうか。
ちょっと何?やめてよ
とか言われつつも、
うーん?うーん……って
「執拗に」ほっぺをつまんでる主体を想像すると
可笑しかったです。
「執拗に汝(な)の頬をつまみぬ」という、
硬いんだか柔かいんだかっていう下の句が
めっちゃ好きだなぁ。
「思い出」の
月丘ナイルさんの
じいちゃんが釣ったスズキは少しずつ話の中ででかくなってる
この日のバラ、つまり主席になったうたですね。
これも面白かったです。
祖父がかつて大きなスズキを釣り上げたことがあって、
その時の話を何度もしてくれるんだけど、
その度に釣り上げたスズキのサイズが大きくなっている
っていうユーモラスでかわいいうたなんですが、
なんとなく、
じいちゃんの口から語られる「話の中」だけじゃなくて、
その後、じいちゃんの思い出話として、
主体の中で繰り返してしまう「話の中」のスズキが
勝手にどんどん大きく育ってるような
そんな気がしてしまいました。
「思い出」というお題があるから、
かも知れません。
静ジャックさんの
花の名を答えられずに笑われた 写真の中に君とスズラン
このうたも、お題「思い出」というワードとの相乗効果があるなぁ。
恋人とどこかへ出かけた折にとった写真と、
その時のエピソードでしょうか。
植物オンチの彼をからかって、
この花の名前は?って聞く彼女と、
その花はなんか知ってるけど、名前までは出てこなくて
わかんないっていう彼。
えースズラン知らないの?
いや知ってるけど知らなかった
みたいな情景を想像して、
うーん、ほのぼのといい思い出だなぁって思います。
写真を見るとその日のエピソードがふわっと戻ってくるんですね。
こんなほのぼのしたうたなのに、
どことなく淋しい余韻がするなぁって思って、
その淋しさの出所を考えたんですが、
写真と、それによって引き起こされる思い出、
っていうどちらも過去のものってところでしょうか
「写真の中に君とスズラン」という下の句の
S音の透明感やリリカルさもそういう感じをさせるのかも。

これから毎回、という訳にはいかないと思いますが、
時々<おまけ>付けようかな。
今回みたいな投票しなかったお題の中の
好きなうたの感想を書くか、
投票したお題で、
選ばなかったわたしなりの理由を書くか、
どっちがいいんでしょうね。
うーん、後者はまず、
それを書いてもいいよって人がいないと無理でしょうね。

うたの日(4月21日)


うたの日

4月21日のお題は「仮」「%」「追加」でした。

新しいルールの追加:どちらかが眠った後は背を向けていい(しま・しましま)
待つというやさしさね。
ってそんなことよりも
昨日の深夜、
リツイートで回ってきた
「Prince is dead at 57.」
という一文にはああ?!ってなりました。
もう一瞬で目が覚めてしまって、
わーっと日本語の記事を探したんですが、
ホントのことだったみたい。
ついこの間このブログでも触れたばっかりで、
そのアルバムから一年ぐらいたつなとか
思ってたところだったので、
びっくりしました。
大ファンだったというわけではないですが、
かっこよくて好きだったので、
まだショックを引きずってます。

この日いいなと思ったうた。
大橋春人さんの
初恋の話は終わる見込みなくひやの日本酒あと二合だけ
いいなって思いました。
「初恋の話」がいいですね。ぐっと来ます。
色々と妄想の捗るうたって言ったら
語弊があるでしょうか。
言い換えると、想像がわーっと膨らむうたでした。
居酒屋とか、そういう気楽な飲み屋で、
男二人で飲んでるところとか想像します。
いろんな話をしてて、
そのうちに「初恋の話」になって、
その話がやたらと長い、と。
まあ初恋なんて誰もがすることで、
多分この話も、それ自体はそんな変わった体験とか
そういうんじゃないんだと思いますが、
思い出すにつれて熱くなる語り手に、
まあ、その話に付き合ってもいいかと
思ってる主体って感じかなぁ。
ほんのり甘いんだか、しょっぱいんだか
あと日本酒二合ぐらいは付き合うかっていう
主体のスタンスがいいなぁって思います。
冷酒とか燗酒よりも、微妙に雑な感じがします。
「ひや」っていうのもいいですよね。
身を入れてじっくり聞くかって感じではないけど、
その話終るまでは聞いてるよって
そんな感じが漂います。
「ヒヤ」だから?
いや、そんな駄洒落的な意味はないと思いますが。

もりのさとさんの
寄せ書きに知らないうちに大量に追加されてる未解読文字
寄せ書きを書いてもらって、
それが目を放した隙に、あちこちに回されて、
めっちゃいっぱい書き込んである!
みたいなことってありますね。
なんとなく、送別会とか激励会とか、
人がいっぱい集まってるお酒の席とか想像しました。
で、いいなって思ったのは
「未解読文字」。
誰かがわーっと長文で書き込んだのか、
みんなでよってたかって書き込んだのか、
そもそも判読できる文字なのか
その辺りはまだ分らない「未解読」
でも、
とにかく
「大量に追加されてる」ことだけが分った、
みたいな状態なんでしょうね。
愛されてるなぁって思えるし、
本人も、おいおいって言いつつ、
帰ったらじっくり解読するんだろうなって気がします。
天野うずめさんの
話したいことはなかなか尽きなくて追加でサラダの注文をする
大橋さんのうたと似てるんですが、
こちらは「話したいこと」がいっぱいある方で、
追加注文は「サラダ」。
お昼なのか夜なのかは分りませんが、
久しぶりにあった人とご飯を食べてるんでしょうね。
全体的に明るい雰囲気で、
すごく楽しい時間だったんだろうなって想像します。

うたの日(4月20日)


うたの日

4月20日のお題は「@」「駄菓子」「若」でした。

まちじゅうの犬の名前を調べてはちびちび掬うモロッコヨーグル(しま・しましま)
お題「駄菓子」で、
なんとモロッコヨーグルのうたが三つもあって、
なんとなく、流石ヨーグルという気がしました。
アイスについてくる木のスプーンの
ちっちゃいバージョンみたいな
モロッコヨーグル用のスプーンがすごく好きでした。

この日いいなと思ったうた。
ももさんの
校門に面した駄菓子屋のベンチ誰もが願うジンクスがある
「誰もが願うジンクスがある」
ってなんか好きなフレーズだなって思いました。
「ジンクス」っていうものについて考えたら、
「誰もが願う(結果をもたらすための)ジンクス」
ってことになるかと思うんですけど、
そこをばっさり切って繋げてしまったところ
好きだなって思います。
なにか、強い存在感とか説得力が
あるような気になるんですよね。
小学校か中学校かわかりませんが、
校門前にどーんと駄菓子屋があるっていうのも
なさそうでありそう。
恋のジンクスかなって最初思ったんですが、
校門前の駄菓子屋のベンチって、
これは二人で座ったら注目の的ですよね。
いや、それだからいいのか、
二人の度胸が試される場所でもあるのか
とか色々考えて楽しかったです。

遠井海さんの
床じゅうにブラックサンダー敷きつめて怖いものなどもう何もない
なんだろな、
すごく分かるような気がします。
ブラックサンダー強いですし。
あのパッケージ自体が強そうだし、
沢山あったら安心感ありそうで、
敷き詰めることで守られたエリアにいる
みたいな感覚になりそうな気がします。
「怖いものなどもう何もない」と、
あえて言うからには、
きっと主体には
この世界に怖いものがいっぱいあるんだと思います。
部屋の中でブラックサンダーに守られてる女の子を想像すると
何か胸が締め付けられるような気持にもなりますね。
小川けいとさんの
触ったらいいことあると信じてた駄菓子屋さんの黒招き猫
うーん、これもいいなぁ。
ハートを迷ったうたでした。
何か「黒招き猫」に圧倒的なリアリティがある
そんな感じがありますね。
目がぎょろぎょろしてて
てっかてかに黒光りしてて
正直触るのが怖いぐらいだけど、
それだけに「触ったらいいことある」って
思われてる。
「たら」だから、
別に実際に触ったかどうかは分からないんですが、
「触る」っていう肉体的な感覚に直結するフレーズが
冒頭にあるのも、
「黒招き猫」の存在感と合ってていいなって思いました。
2600さんの
今はもうつぶれてしまった駄菓子屋の前にかがんで十円ひろう
「十円」が効いてるなぁって思います。
駄菓子屋で流通するコインのメインですよね。
今はもう、駄菓子屋は営業してないんだけど、
その十円が、
駄菓子屋でやりとりされていた十円の
落し物みたいに思えます。
「かがんで」
というワンアクションも
「拾う」にリアリティを持たせてるって気がします。

うたの日(4月19日)


うたの日

4月19日のお題は「鏡」「駆」「眠」でした。

鏡越しに見える世界のはしっこで知らない柄の靴下の君(しま・しましま)
鏡を介して見るものって、
単に左右反転してるとか、色合いが微妙に違うとか
そういうことだけじゃなくて、
なんとなくよそよそしく感じます。
ドレッサーとかに向かってて、
間違い探しみたいにどこかが微妙に違うとか、
実はこっそり隠れてそうで、
たまにちょっと怖いような気がします。

この日いいなと思ったうた。
淡海わこさんの
鏡越しの夫は見知らぬ人のよう そぉっと正す襟と居ずまい
おおっって思いました。
割とわたしと似たところを詠まれたうたのようだったので。
でも、下の句がもう全く違ってて、
そこがステキだなって思います。
「そぉっと正す襟と居ずまい」です。
一緒に暮らしてて、見慣れた「夫」が
「知らぬ人」に見えたときに、
思わず襟を正して、居ずまいをなおして、
初めましてのご挨拶するみたいに対応しようとする。
そうか、そういう対応の仕方もあるんだ
ってびっくりして、
それからうれしくなりました。
主体のご主人は幸せな人だなぁ。
ただ、ですね。
「そぉっと」というフレーズがちょっと気になります。
「そっと」では音数が足りないのと、
「そっと」以上に「そっと」正した感が欲しかったんだろうと
思われますが、
「そおっと」あるいは「そーっと」「そうっと」
の方がいいかなぁって思ったり。
「ぉ」の幼さが、上の句のテイストと違うような……。
意図的なものだったらごめんなさい。

ネネネさんの
踊り場で消えたあの子の行き先を知っているけど信じてくれる?
学校の七不思議的なやつで
階段の踊り場の鏡に……
みたいなやつ、ありますね。
お題の「鏡」に触れずに、
鏡を詠まれてて、面白いなって思いました。
共通認識を上手く使われてるなぁって。
すごくいいなって思ったのが、
結句の「信じてくれる?」でした。
そうだとハッキリわかる部分はないんですが、
これは話し手と聞き手の二人がいますね。
この空間に二人きり、ではなくても、
少なくとも会話してるのは二人、
という気がします。
耳元で囁かれたような、
そんな息遣いが感じられるような気がして
ぞくっとしました。
ともしどさんの
お風呂では目を瞑っちゃいけないと鏡に写る湯気が囁く
顔を洗ったり髪を洗ったり、
目をつむらないというわけにはいかないのが
お風呂ではありますが、
同時に、
目をつむると怖いのもお風呂ですよね。
分かるー
みたいなところを持ってこられたうたですが、
わたしがいいなって思ったのが、
「鏡に写る湯気が囁く」という下の句。
シャワーをもう出し始めてて、
鏡に写る自分の後ろは、
浴室に立ち込めた湯気でいっぱい。
これから髪を洗うのに、
なんか背後に居そう……
って思った瞬間に
「鏡に写る湯気が囁く」
ような、そんな想像をしました。
うん、好きな感じだなぁって思ったんですが、
音符を入れるかどうか、やや迷ったうたでもありました。
二句目「目を瞑っちゃ」というところが、
「めをつむっちゃ」だとしたら6音で、
とてもリズムが悪いんですよね。
リズムが悪いと、それが気になってしまって、
一首全体が入ってきにくいような。

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