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しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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4月のうたの日に出した文語短歌 前半

乾涸びし犬のうんこに立ち止るさくらさくらの影を被りつ
「うんこ」

眠る手にまだ握られしゼリーの匙ロマンティックよ永遠にあれ
「ロマンティック」
♪を4ついただいたうた。
お題の「ロマンティック」の出し方がやや唐突だった?

腿の傷そこだけ白く光りゐてなぞればひやり月の傾き
「傾」

三分で三回まはるメリーゴーラウンド春は飛び飛びに来ぬ
「自由詠」
ハート3つの薔薇。なんかたまたまもらえた薔薇みたい。

相槌と取られぬやうに腐心しつつそら豆みんな剥いてしまひぬ
「皆」
「ぬ」ってなんか好きなんですよね。

ここで一端セーブのために踏みませう公園前のあをいマンホール
「マン」
口語旧仮名遣いのうたになりました。

作文を読み上げられてゐし午後の中庭を横切る真つ青なホース
「作」

無意識にまた猫の毛を払ふしぐさ星屑くぐり来たかのやうに
「三句六音」
普段から字余り多めなので、
特にこの時は注意深く「三句六音」だけにしました。

晴れ晴れとさくらの散りてゆく春を障子ぴしやんと閉ぢてしまひぬ
「晴」

両腕のほくろ二人で見せあひて矢車菊のかさついてゆく
「ほくろ」

ゆふぐれを鼻のぼたんに沁み込ませくたびれゆきぬ縫ひぐるみらは
「ぬいぐるみ」
なんとなくだらっと
それこそくたびれた感じのリズムになってしまって
ちょっと反省。

立ち読みの少女に侍るユニコーンの鼻息頁を捲りたがりぬ
「想像上の生物」
「侍る(はべる)」が使いたかった。
「頁(ページ)」も敢えて漢字にしてみました。
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あと100首ぐらいで2000首突破するらしいということ

ツイッターでもちらっとつぶやきましたが、
既発表作(ツイッター含)だけで、
あと100首ぐらいで2000首に到達するんだなって
なんとなくそれは感慨深いものがあるなぁって思いました。

わたしは俳句を結構長くやってて、
正直、俳句はたぶんこのまま頭打ち状態のまま終るんだろうな
って予感を持ってて、
なんか新しいことしたいなって思って、
そこから短歌の世界に飛び込んだわけです。
あ、もちろん俳句を捨てて、ではないですが。
最初は自分の軸は俳句にあって、
短歌は本気の遊び、って思ってたんですが、
うたの日っていう毎日開催のネット歌会に出会って、
それこそ毎日短歌を最低一首は詠むわけで、
そうなると、一ヶ月に十五句ぐらいしか詠まない俳句と比べても、
ほぼ倍なわけです。
うたの日は題詠なので、
題詠じゃないのも詠みたくなると、
それでまた俳句の三倍ぐらいにまでなっちゃう、と。
そうすると、主従逆転といいますか、
どっちがメインなんだろうなって思ったりするんですよね。
去年から短歌結社にも入って、
俳句結社と二足の草鞋状態ですし、
余計にね。

短歌の面白さって、
人それぞれ、短歌の捉え方の違いなんかもあるし、
ほんとに人それぞれなんだと思うけど、
わたしは自由に遊べるところが気に入ってます。
57577の定型って枠組みはありますが、
まあそのぐらいですよね。
文語で詠んでもいい、口語で詠んでもいい、
作中主体が自分自身でなくてもいい、
(これについては、わたし自身はわたしを詠むことが多いですが)
表記も、新かなでも旧かなでも、
アルファベットやその他の言語、記号を使ってもいい、
一首で成立させてもいいし、
複数首で完成させてもいいって
これはもうなんでもありやなぁって思うと、
嬉しくなっちゃいますね。
うたの日で今わたしは、
とりあえず4月いっぱいは文語旧仮名遣いでやってみよう
ってチャレンジをしてます。
口語短歌を見て、短歌を始めたので、
わたしがふつうに詠むときは完全に口語なんですが、
文語が出来ないから口語、
っていうのが嫌なんですよ。
文語と口語、どちらも詠んでみて、
今はやっぱりこっちがいいなって選んだ、
と自分で思える程度には文語もやっておきたい、
そんな感じです。
旧仮名なのは、これは文語は旧仮名でという
わたしのこだわりみたいなものですね。
今、わたしたちが普段使うのは新仮名なんだから、
新仮名の方がナチュラルじゃない?
っていう考え方もあるんだろうと思うんですが、
数はほんとに少ないはずではありますが、
「出る」の文語「いず」を「出ず」と表記していいのか?
みたいな気持もあって、
文語には旧仮名、というのはわたしのこだわり。
っていうか、
今更、言文一致とか?
みたいな気持もあります。
前述したみたいに、今短歌では何でも使えるのに、
あえて普段使いの新仮名しか使わないとか
別にそこまで自分で狭める必要あるのかなぁ
とか考えたりします。
ただね、一首、あるいは一連の短歌の中で、
旧仮名遣いと新仮名遣いが混じるのは、
これは基本なしって思います。
これはね、校正する人が困るからです。

と、だらだらと書いてきましたが、
わたしが書きたかったことは、
もうすぐ2000首!やっぱり短歌面白いなってことでした。

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