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しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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昨日の連作、
ツイッターでも
うたの日の「銀のお匙亭」はわたしでした。
連作にしましたーって流したんですが
お二人の方からリプを頂いて、
めちゃうれしかったです。

それから、昨日は、
ネプリの
「とらぬたぬきうどんでおなかをふくらます唯一の方法」Vol.2
の、嬉しい感想まで頂いて、
ホントうれしかったですー。
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チャレンジ、微妙に失敗


本当はこの記事は、6月1日ぐらいに書くつもりだったんですが、
昨夜、大失敗しちゃったので、
二日切り上げてしまいます。

というのは、うたの日のこと(またかい)。
実は今月、
しま・しましま名義ではなくて、
銀のお匙亭という名義で、
十日ほど前からうたの日に投稿してました。

きっかけは、
「恋人」というお題で
「ほんとうに何にもないね、冷蔵庫」「恋人が出て行っちゃったからね」
という短歌が出来て、
この物語を連作に出来ないかなぁと思ったことでした。
で、きっかけのうたがうたの日の題詠から出来たんだから、
残りも全部うたの日の題詠でやってみよう
うたの日のお題で、
毎日一首ずつ詠む連作にチャレンジしよう
と、思ったわけです。
5月末まで12日あるから、
うまくいけば10首+アルファの連作が出来る、と。

名義を変えたのは、なんとなくでしたが、
名義を変えた以上は
出来るだけ中の人がしま・しましまだと
ばれたくない。
でも投稿するからには選もしたいしコメントもしたい。
しかし、感想の散文書くと、くせが出てばれるかも知れない
ということで、
投稿は「銀のお匙亭」
選とコメントは「しま・しましま」で
というのを自分に課すことにしました。
ところが、昨日とうとうやっちゃったんですよね。
選を「銀のお匙亭」で。
投稿と選が「銀のお匙亭」で
コメントが「しま・しましま」
うーん……
誰もそんな事チェックしないし気付かないだろ
とは思ったんですが、
まあ、ほぼ終りに近かったこともあって
潮時と判断しました。
今日の分も一応用意したあとだったんですけどもねぇ。

それにしてもスリリングなチャレンジでした。
一応の連作のテーマだけはあるんだけど、
それをどう毎日のお題と擦り合わせていくか、
最終的に軸をずれずに全う出来るか。
一応、一応は
わたしの中で設定とストーリーがずれずに出来た、
と思ってるんですけども、
端からみたらどうなんでしょうね。
ちなみに、
うたの日の成績は、
うーん、微妙?
って感じだったことをお伝えしておきます。


「卵ポケットは外しておくよいつだってきみが戻ってこられるように」

既視感がありますねってただぼくをみていたひとの白い白い首
ガムシロが混濁させるアイスティ「どこかでお会いしてたでしょうか?」
あれは、そう、あれは、と言って黙り込む人 食い気味に折からの雨
一枚の毛布もきみと分け合えない代りに何度もおやすみを言う
恋人は眠れる森の雪女麦茶出すときちょっとぶつかる
ほうれん草を毎日三束こころまできみは緑に染まりたがって
勾玉のしせいで眠るこいびとを照らすあかるい冷蔵庫のひかり
けんかした夜はいっぽんの木になって窓の向うを眺めていたね
肺胞があおくなるほど冷たくて恋人の息吸い込んでいる
その地図に居場所がないと泣く人の髪を撫でれば冴え冴えと黒
残された靴ひんやりと靴箱に 出すこともなく色褪せもせず
「ほんとうに何にもないね、冷蔵庫」「恋人が出て行っちゃったからね」

初夏の季語


好きな初夏の季語ベスト3を聞かれて
麦秋
浜昼顔
バナナ
って答えたんですが、
よく考えたら
羽蟻も大好きな季語だなぁ。

過去句だと
麦秋や赤子の耳の聡きこと
手に負へぬほどのひかりよ浜昼顔
夏風邪のゆつくりバナナ剥いてゐる
(季節感としては弱いかと思ってダブル季語w)
包丁のどれもなまくら羽蟻の夜
とか、
探せば他にもあるけどそんな感じ。


そして、
この間結社誌に出した初夏の句がこちら

「そら豆剥いて」
初夏や飛び立ちさうに鳩サブレ
クレソンの一束水の重さにて
毛虫みな道の半ばや我もまた
予報にはなかった雨を子燕と
そら豆を剥いて話に加はらず
明易し大人ばかりの住む家も

どれも使ってねえ!

最近また、ポツポツと
うたの日に選とコメントを入れるようになったんですが、
アレですね、コメント少ない。
結果発表後にツイッターの方で
何かしらコメントされる方もいらっしゃいますが、
やっぱり少なくて淋しい気がします。

わたしは選をすることと、
選をしたものについて何か感想を言ったりすることが
割とセット感覚なんです。
自分の選のフォローというか、自分の選に説得力を持たせたい、
そんな感じもありますし、
ただ単純に自分の作品にコメントもらうと嬉しいので
自分自身もそうしてる、的なところもあります。
でも、ホントにうたの日のコメント(評/感想)って少ないんですよね。
必須じゃないから、時間がないからとか色々理由はあると思うんだけど、
もしかしたら基本的にコメントいらない系の人が多いのかも……
と思って、
ちょいちょいコメントを入れるかどうか
悩んだりする時期があったりします。

あのコメント欄を「評欄」って捉えるから
書きにくいのかなぁとふと思ったりしますが
どうなんでしょうね。
「評」っていうとハードル上りますよね。
まず揺るがない普遍的なものさしを自分で持ってないと
「評」にならない気がするので。
ちなみにわたしはそういうものさしを持ってないので、
ずっと「感想コメント」です。
評と感想、どっちが上とか下とかじゃなくて、
全く違うスタンスでするものっていうだけの話だと思うんで
評じゃなくてすいません
的な気持ももってないです。

ここだけの話ですが、
わたしがうたの日の月一回のイベント、
うたの人を避けるようになったのも
実はこのコメント問題が理由だったりします。
向こうは一応「選評必須」なので仕方ないといえば仕方ないんですが、
通常回のうたの日では選のみ、
うたの人では選評あり
ってなんかキモチワルイなって感じちゃって。
あっちは上等みたいな感覚。

へんな事書いたら笑われるかも
へんな事書いたら気を悪くされるかも
みたいな怖さは確かにあるかもですが
(実際そういうの見るしね)
もっとみんな気軽にコメント入れたら楽しいのになぁ
って思ったりします。
自分が選ばなかったうたについて、
なるほど!そういう読みが!
みたいな発見があるのも楽しいですよね。

2年半の2000首


だいたい一ヶ月前に、
あと100首ぐらいで2000首発表したことになるー
みたいなことを書きましたが、
気が付いたら2000首にとどいてました。
短歌を作り始めてちょうど丸二年半です。
まあ、発表した、って言っても、
わたし以外の誰かが読んだ(はず)というものも混じってて、
例えば月詠の選を漏れたものとか、
こういうのどうでしょうねって
メイテイやDMで個人的に見てもらったものとか
そういうものも混じってますが、
基本的には
ツイッターとブログと、
ネプリと未来短歌会に送ったもの、
という感じです。

それにしても
そうかー、2000首かー
という感慨と、
そうかー、二年半かー
という感慨が
一度に押し寄せてきて、
なんだか妙に忙しいですね。

ちなみに、
わたしが、
最初に「短歌」としてブログに出したのが、
2014年12月1日。
「依りかかる」
というのは下の句に有名な詩の一部を貰った、
付け句風のやつ。
それから
12月10日、11日に
「短歌のリズムは難しいわ その1」
「短歌のリズムは難しいわ その2」
として出したのが、
割とわたしの中ではちゃんと短歌として出したもの、
ではないかなぁ。
まあその頃はツイッターもしてなかったから、
ホントに発表するってそのブログぐらいしかなかったからね。

その頃、楽しみに待ってたのが、題詠Blog。
2月からスタートということで、
そのためにこっちのブログも作ったのでした。
題詠blog2015はとても楽しくて、
勝手に二周目までやったので合計200首。

その題詠blogが始まるのが待てなくて、
1月中旬にうたの日に飛び込んだんでした。
ここでのが700首以上。
うたの人とか、短歌一武道会とかその他、関連イベントも
いろいろ参加させてもらいました。

うたの日と前後する感じでツイッターを始めたのかな。
どうだったかなぁ。多分そんな感じと思います。
ツイッターでもけっこうラフに短歌を流してます。
ちょうど今もまた遊んでるんですけど、
題詠ったーのお題はとてもありがたい。

ネプリもいっぱい出しました。
題詠blog2015で詠んだものから30首選んだ「百分の三十」
うたの日OPEN500日記念のネプリ祭りで出した
「ああ、これはフエキどうぶつのりの匂いだ」
きゅん系短歌を目指していた時の、学習発表会的な「よこしま」
うたの日参加一周年で出したのが二つ
動物を詠んだものを集めた
「いきものあつめ、それか犬」
うたの日で票が0~2つしか入らなかったものを集めた
「なんてさみしいバスだろう わたしを入れても三人なのね」
ツイッターとかで流したものをあつめた
「お腹いたいっていいながら胃の辺りを押さえる」
去年の夏に出したうたの日のまとめネプリは
「前にみた夢もよく覚えています」
が次席だったものから選んだもので
「花束のリボンをハサミで切りひらく」
が主席(バラ)だったもののよりぬき。
それと、
わたし自身大好きな連作「ウザイとウッサイ」。

現在は、(ここでも何度か書いてますが)
雀來豆さんと合同で出してる
「とらぬたぬきうどんでおなかをふくらます唯一の方法」
が、来月1日に出ます。

さて、次は3000首?
来年末までに辿り着けるかな。

翻訳小説短歌(連作)その2


「モンマルトル・オルシャン通り七五番地の2」

-・・・・-・---・・・・-・--
人生がふいにどこかで区切られるそれまでの壁それからの壁
・・・・・・-・・・-・・---

誰であれ甲状腺狭窄壁の螺旋状硬化症、それは夢の病名
ささやかな心変わりを変身と呼べばオオカミ男の遠吠え
抜け出して行きたいどこかを得るというそれはたしかに恋うということ
慰みのうたが聞こえてくる 眠れオオカミ男もその恋人も
さみどりのモンマルトルに今もなお男は壁を抜けきれぬという

マルセル・エイメ「壁抜け男」

翻訳小説短歌(連作)その1


「熊」

おとぎ話に熊は不可欠おとぎ話のような人生ならばなおさら
ステイト・オ・メイン サイドカー付きのオートバイ付きの黒い熊
それもまた夢の足しにはなっただろう わずかばかりの哀しい芸も
全て持って行くのは無理でぼくたちはきっと最初に熊を手放す
あるいは撫でていた熊がソロー(悲しみ)にすり替えられると分る
「熊をやったぞ」「熊を一頭やったぞ」かくて熊と共に序章の終り
お別れはいつも後から知らされてキャンディストアのべとべとの床
お嬢さんがらららでうたを歌うとき低く流れる熊のハミング
優しいだけじゃ生きていけないバッターボックス遠く離れて振り抜くバット
あの熊もあれから森を出たろうか、輝く真珠のピアス探しに
人生はおとぎ話というのならおとぎ話に熊は不可欠


ジョン・アーヴィング「ホテル・ニューハンプシャー」

最近こそっとやってることについてぼんやりと

今ひそかに(?)やってる短歌の遊びがあるんですけども、
もしかしたら、
なんとなく分ってる人もいるのかなぁ
と思ってる人もいるのかな。
どうなんでしょうか。
とりあえず、今月いっぱい。
あと4日でこの遊びも終わります。

どういう遊びだったのかは、
31日の夜か、6月に入ってから、
またこのブログに書こうと思ってます。
あ、
失敗したらどうしよう。
まあブログには失敗だとしても
その経緯と結果を書きます。

その詳細を全く言わずに雑感だけ先にいうのも
どうなんだろうと思いつつ書いちゃいますが、
なかなかスリリングではあります。
ただねー
質はっていうと、どうなんだろうなぁって感じ。
まず詠みたい情景みたいなものがあって、
そこから出発しちゃうことで
なんとなく上滑りになっちゃってるような……。
出発点はあるんだけど、
ゴールがいまひとつはっきり見えてないからかなぁ。
それとも、ちょっと自分の短歌的に無理がある設定を
進めてるせいなのかも。

五月中に詠んだ短歌のこと


毎日投稿してたうたの日をお休みしてて、
これは短歌から離れちゃうなー
って感じだったんですが、
意外に詠み続けてるな、って印象。

とりあえずメモ帳の中の作品ではなくて、
何かしら発表したものを数えてみると

結社への月詠が10首(これは投稿しただけの段階ですが)
ツイッターでお題を募集して詠んだのが15首
題詠ったーの題を利用して詠んだのが昨日までで34首

あと、【翻訳小説短歌】として詠んだものが
昨日までで13首で
まだこれは未発表扱いではありますが、
ネプリ用に詠んだものが10首
あと、なんかプラスアルファ

あれ?普段よりも逆に多い?

来月は、出来れば題詠ではないものを多めに
なんとか詠めたらなって思ってます。
そのためにはやっぱり
詠みたいもの
っていうものを溜めていかないとなぁ。

落選10/40/150首


未来短歌会の「未来」誌に投稿して
掲載されなかった、
つまり選で落とされた短歌が40首になりました。
これはなかなかすごい数じゃないかな。
15回、毎月10首送って、150首。
その中で掲載されたものが110首の、
されなかったものが40首。
未だにそのボーダーがどこにあるのか、
わかっていないわたしですが、
とりあえず自省を促す意味を込めて、
そこから10首ほど引いてみたいと思います。



春の地面はふんわりやわらか転んでも痛くはないよ ひざももさくら

やわらかに匂うニベアよ俯いたともだち連れたともだちの母

ヨーグルトにしずかにホエーはたちこめてわかっていれば終りもおだやか

不安定に重ねる食器こんなにも何かに期待していたなんて

そうだ君はしつこく思い出されるけれどなまえを知らないあの曲みたい

鰯手開きすればこんなに親指へ肉より骨のあたたかいこと

レゴブロックあるだけ縦に繋いだらどこで折れても許されそうだ

心からよかったと思う君がまだシャボンの苦さ覚えているの

昼にみる月はいつでも欠けていてみんなで食べたケーキを思う

すすめられるままにチョコレートをかじる 苺、ですねと口には出さず

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