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しま・しましま

Author:しま・しましま
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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日の感想(7月14日「陰」)


7月14日のお題は「陰」でした。

ハートを入れたうた。
きつねさんの
先輩の八面六臂の活躍を陰で支えているドデカミン
「陰」っていう題で、
ネガティブさが全然ない
っていうところが
すごく気持いいうただなぁって思います。
あと面白いなぁって思ったのが
「先輩の八面六臂の活躍を」
っていう、
字面的には重たくて固い熟語の上の句なのに、
読んでみると
意外なほどに軽くて明るい感じがするんですよね。
「せんぱい」「はちめんろっぴ」「かつやく」
どれも語感が明るいからでしょうか。
一般的には漢字は重くて
カタカナ語は軽いような気がしますが、
このうたは、
最後の「ドデカミン」が一番重たく感じます。
「先輩の八面六臂の活躍」も、
このうたの初句から結句につながる一連のフレーズも
「ドデカミン」の存在感が支えてるなぁ
って気がして、
うたの日のコメントにも入れましたが
「ドデカミンすげー」
って思っちゃいました。

♪を入れたうた。
冬桜さんの
日陰さえ暑いなんてと先生はカナダの話を何度でもする
うたの日の方に、
このうたの情景はこんなかなー
っていうのを書きましたが、
このうたの良さって
そういう情景を想像させてくれるところと、
「日陰さえ暑い」って言ってるにも関わらず
どこか涼しげな雰囲気があるところかな
って思います。
「カナダ」という国名のイメージだけかな?
どんな先生なのかとかは
全然分からないんですが、
そんな先生のカナダの話を聞く主体に
あんまり嫌な感じを持ってなさそうに思えるところとか
なんとなーく爽やかな雰囲気があって
そういうところも
なんとなく好ましい感じ。

いのうえあきみさんの
オレンジののうぜんかずらの木陰にはひよどりの来るみずいろのイス
このうたは
とにかくイメージする景が
とてもキレイ
というところがすてきだなって思いました。
ただ、
「オレンジの」という
のうぜんかずらの花の色は
なくてもよかったんじゃないかな
と思わなくもないんですが、
どうなんでしょう。
あとからイスの「みずいろ」が登場するので、
色の指定が二つあるのは
ちょっと多いかな……と。
でも、
その花のオレンジ、(葉っぱの)みどり、
木陰をちらつく光と影、
その中の「みずいろのイス」
という色彩の豊かさが魅力のうただなぁって思いました。
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うたの日の感想(7月13日「午前12時/午後12時」)


7月13日のお題は「午前12時/午後12時」
OPEN1200回記念の特別回で、
一室のみの開催でした。
135人、135首ですよ。
沢山あって、
ちょっとうろたえてしまいました。
というか、むずかしかったですねぇ。
自分も投稿したので、
詠む方の難しさもそうなんですが、
選ぶのが難しかった。
お題に、敢えてなのか、「午前」「午後」とあったので、
それを感じさせるようなうたを選んだような気がします。

ハートを入れたうた。
おたまじゃくし先生さんの
もういまは午後12時でも開いてますぼくらのまちのセブンイレブン
セブンイレブンってその名の通り
7時から11時までの営業時間だったんですよね。
24時間営業じゃなくて。
「もういまは」って言っても、
随分いまさらな「もういまは」な気がしますが、
そこが妙に可笑しくて、
面白いうたって思いました。
ところで、
短歌にたまに登場する「ぼくら」
これ、わりとわたしが引っかかってしまうところなんですが、
「ぼくら」って
「ぼく」(主体)と誰を指してるんだろう……
って思うことがあります。
あきらかに、作中の場面の中にいるだろう人達と主体の「ぼくら」
の場合は全然大丈夫なんですが、
あれ?もしかして、この「ぼくら」に
読者であるわたしも含まれるんだろうか……
って思ったり、
いや、読者の中でも、
主体或いは作者と同世代に限定される場合もあるかな
って思いなおしたり。
で、なんとなくもやもやーっとしたりするんですが、
このうたの「ぼくら」は多分、
コンビニは24時間営業が当り前
という時代を生きるすべての人を含んでるような気がして、
その大らかさもいいなって思いました。
「午後12時」の「12」という数字の表記も
これは漢数字じゃないところが
「セブンイレブン」と合うなぁ。

♪を入れたうた。
七緒さんの
受話器から正午のチャイム御社にもそうか真昼はおんなじに来る
正午、つまり午前12時を詠まれたうたですね。
他社へ電話をしていて、
タイミング悪く正午にさしかかってしまって、
受話器の向うからお昼休みのチャイムが聞こえて来る、
みたいな情景でしょうか。
これはもう、「御社」が面白く効いてるなぁって思って、
とにかくそこが好きでした。
ちょうど、電話で「御社」「御社」って言ってたのが、
そのまま頭の中にも出てきちゃったみたいな
そんな面白さがあるなって思いました。

衣未(みみ)さんの
どこからが夢でどこから愛なのか午後12時きみの腕を噛む
午後12時、深夜の12時ですね。
恋人の腕の中で眠りながら、
その恋人の愛とか存在を
「噛む」っていう行為で確認してるような感じがして、
官能的ですてきだなって思いました。
「どこからが夢でどこから愛なのか」
っていう上の句もすてきですよね。
まるで夢と愛が一続きになってるかのような。
どこから「が」夢で
なので、
それに続くフレーズも
どこから「が」愛
ってなってると余計滑らかに感じるかもとか
ちょっと思ったりもしました。

小川けいとさんの
いさぎよい人になりたい深夜十二時カツ丼をきれいに食べる
うわー、これは潔い!
って思ったうたでした。
めちゃ歯切れいいですよね。
声に出して読みたい歯切れよさ。
iの音の多用の所為なのか、
「カツ丼をきれいに」のカ行の切れ味なのか、
「なりたい」「食べる」という
シンプルな言い切りを重ねてある所為なのか。

さはらやさんの
もうすぐに午後12時のアラームが鳴ってケーキは消ゴムに戻る
状況がいまひとつはっきりしないんですが、
午後12時にアラームをセットしていることと、
「消しゴム」があるということから、
何か試験勉強とかしているところなのかなって思います。
「もうすぐに」ってあるから、
まだアラームは鳴ってはいなくて、
夢の中でケーキを前にしている最中じゃないかと思うんだけど、
なのにもう夢の中でさえ、
夢の終りを予感してる
っていうところがなんかいいな、
好きだなって思いました。

うたの日の感想(7月12日「しまう」)


7月12日のお題は「しまう」でした。

ハートを入れたうた。
きつねさんの
いつの日か忘れてしまう虹だろうそれでも僕はまた空を見る
めちゃ好きなうただなぁって思いました。
「いつの日か忘れてしまう」って、淋しいことですよね。
忘れてしまうからってしないでもいい、なんてことはなくて、
ちゃんと「また空を見」て、「虹」を探してしまうんだ
って、いいな、
短歌の内容にこういうことを言うのも
なんか変かもですが、
こういう姿勢って大事だなぁって思います。
で、
内容もいいんですが、
ゆったりとした詠み方がまたいいんですよね。
「虹」と「僕」と「空」しか出て来ないんだけど、
その全部がちゃんとそこにあって、
ふわーっとイメージが浮かんで来るような感じ。
このゆったりした感じが、
「いつの日か忘れてしまう」という
ネガティブな詠み出しなのにも関わらず、
明るくて前向きな感じが好きです。

♪を入れたうた。
森下裕隆さんの
長引いてしまうんだろう夏風邪も君に手紙を出さない日々も
このうたも、うーん、すてきだな
って思ううたでした。
長引いてしまう予感があるんだけど、
多分、このうたの主体は、
夏風邪を早く治すための何かも、
君への手紙を書こうとも
今はあんまり思ってないような感じがします。
その辺りが低体温な感じ。
なんとなく、
「手紙を出さない」ことに
それはそれで落ち着かないこともないような感じがして、
自分から終らせることもしないけど、
続ける努力もしない
みたいな、
ちょっとふわふわーっとした感じと
「夏風邪」の体調の悪さって合うなぁとか思いました。
ただ、
うーん、
「手紙」なんですよね。
今現在、「手紙」を書くことの重さってどんなもんなんだろうな
っていうような気もします。
「手紙を書く」特別さはあっても、
「手紙を書かない」特別さ……
あるかなぁ。
携帯電話もEメールもない時代ならともかく
というような気もうっすらしました。
でも逆に「手紙」がノスタルジックでロマンチックに響く
ということはあるかもですね。

須磨蛍さんの
気付くのが遅すぎたらしい僕宛ての寄せ書きをそっと机に仕舞う
めっちゃミニマムな描写で、
ただ「寄せ書きを」「机に仕舞う」というシーンを、
ホントにそれだけ描いてある
というすっきりさが魅力のうたって思いました。
なんの寄せ書きなんだろう、
この「机」っていうのはもちろん「僕」の机ではあるんだろうけど、
どこの机なんだろう
とか、色々とこちらが想像するしかないんですが、
それはさておき、
なんか気まずいような申し訳ないような、
ちょっと淋しいような複雑な主体の気持が漂っているようで
こういう感じ好きだなぁって思いました。

一〇〇八さんの
とけてしまうしんでしまうとクリームをひじまでたらすどこかのこども
面白いうたで妙に惹かれちゃいました。
初句二句の「とけてしまうしんでしまう」は、
結句の「どこかのこども」の言った言葉だと思うんですが、
初句6音の字余り加減が、
次の「しんでしまう」に気持ちかぶり気味につながるようで、
アイスクリームか何かが溶けてしまうことへの
このこどもの焦りぐあいが感じられるようで
面白いなって思いました。
多分、主体は知らないこどもが、
そうやって大騒ぎしてるのを、
少し離れたところから
なんとなーく見てるんでしょうね。
だから、
溶けたクリームがひじまで伝ってるのも見えた。
「死んでしまうって大袈裟なw」
ぐらいは思ったかも。
ええと、
この日の当日にうたの日に書いた感想では
「結句で「どこかの」とこのこどもと主体の距離がぐっと引き離されるのが残念だなっていう気もしました。」
とコメント入れたんですが、
今思うと、
その距離感はアリだな、と。
揺れちゃってすいません。
面白い観察のうたで、
臨場感もあって楽しいうたでした。

うたの日の感想(7月11日「炊」「ストロー」)


7月11日のお題は「『炊』または『ストロー』 」
ひとつの部屋にお題が二つというのは
変則的ですがこういうのも楽しいですねー。
ちなみに、
わたしは「ストロー」で出しましたが、
票0のどんまいをいただいてしまいました。

ハートを入れたうた。
桔梗さんの
壊れたら今までよりも小さめの炊飯器を買ふのだらう、きつと
「炊」のうた。
なんかもう書きたい感想は
うたの日に全部コメントしてしまった気がしますが。
読点のあとの「きつと」の置き方がすてきなんですよね。
そこからふわーっと余情が広がるような。
「壊れたら~のだらう」で、
それまでとそれからを感じさせるんですが、
「炊飯器」っていうとても家庭的な電化製品についてなので、
家族構成とか家族の状態のそれまでとそれからを
想像させてくれるんですよね。
すでにもう今の炊飯器では大きすぎるなって
そう思っているのかも知れないし、
今使ってるものが壊れる頃にはってことかもしれないけど、
なんか家族に必要なご飯の量が減るって
それだけでも淋しい感じしますね。

♪を入れたうた。
金子りささんの
屋上は深すぎる海 ストローを咥えてあおむけに寝ころべば
「ストロー」のうた。
仰向けに寝転ぶって、何か青春性あるなぁって思って、
実はもうそれだけでも惹かれるものがあります。
啄木の
不来方の
お城の草に寝ころびて
空に吸はれし十五の心

もそうですし、
RCサクセションの
トランジスタ・ラジオ
もそう。
このうたでは、
「ストローを咥えて」
「屋上は深すぎる海」
っていうところに陰影があるのも魅力的だなって思いました。
ここからは勝手な想像ですが、
どこかの屋上にストロー付きの飲み物を持ち込んで
一人でのんびりしてる人とか想像します。
わたしの想像の中では、
紙パックジュースなんですが、
まあその辺は正直自分の体験と重ねてるだけなんですけども。
飲み終わって、
何気なくストローだけ咥えて寝転んでいると、
なんだか海の中でシュノーケルを使ってるみたいだ、
と。
ストローから吸い込む空気って
呼吸するには心もとない量ですよね。
しかも「深すぎる海」にいればなおさら。
何か息苦しさとそれもちょっと心地良いかな
って思ってるような感じがするなぁって気がするうたでした。

御殿山みなみさんの
怒ってる タピオカ用のストローをヤクルトに刺す うん怒ってる
「ストロー」のうた。
「ヤクルト」に「タピオカ用のストロー」
この組み合わせを見たとき、
ああっ!ってなりましたね。
実はわたしがこの日どんまいをいただいたうたも
「ストロー」と「ヤクルト」だったのでした。
勝ち負けがあるのかわからないけど、
少なくともわたしの中では、負けた……って感じでした。
まあ、票数で言えば参加者全員に負けてるわけですけども。
ってそんなことはどうでもよくて、
「タピオカ用のストローをヤクルトに刺す」
が、
ホント鮮やかでインパクトがあって、
いいなって思いました。
初句と結句に配置された「怒ってる」「うん怒ってる」が、
より二句から四句までのこのフレーズを引き立ててるような。
うん、めちゃ怒ってるって感じします。
誰が怒ってるのか、というポイントですが、
わたしは主体、ストローをヤクルトに刺してる本人が、
自分の怒りを改めて確認してるように思えました。

民生さんの
想い出もクリームソーダに溶け込んでストローのなか素直がとおる
「ストロー」のうた。
「ストローのなか素直がとおる」
っていう表現がすてきなうただなって思いました。
何の「素直」なのかっていうと、
「クリームソーダ」に「想い出」が溶け込んでいるので、
「想い出」の中の「素直」な自分、ではないかなって気がします。
どういうきっかけなのか、
なにか「クリームソーダ」に纏わる想い出だったのか、
とにかく昔のことが思い出されてしまって、
そのときの素直さについて特に思いが行ってしまう
というような感じに受け取りました。
で、
「ストローのなか素直がとおる」
いいですよね。
感覚を視覚的に表現してるって感じで。
もしかしたら色のついたソーダに混じった、
まっしろなアイスクリームの部分
だったりするかもしれないけど、
主体はそれを想い出の中の「素直」の部分だって
そう感じたのかも。

わらびさんの
解けかけた氷からころ鳴らしてる寂しがりやの赤いストロー
「ストロー」のうた。
このうたで好きなのは、
なんと言っても「赤いストロー」ってところ。
赤って強い印象の色なんだけど、
このうたでは、他に色がないような気がします。
何を飲んでいたのかは分からないけど、
「解けかけた氷」しか描かれてないので、
色と色がぶつからないというか、
結句まで無色の世界で
(というか、色彩を意識しないでいたところに)
最後にぱっと「赤いストロー」っていう色が来て、
あー情景に色がついた!
ってなったような。

笠和ささねさんの
クッキーがフラペチーノのストローを通過してゆく ゆるされている
「ストロー」のうた。
太めのストローを、
ぞぞっとフラペチーノが、
しかもクッキー入りのフラペチーノがあがっていく
っていうの、
結構質感というか重量感というか、
そういうものがありますよね。
その感じと
「ゆるされている」
と直感的に思う感じって
なんとなく分かるような気がします。
うん、
このうたは二通りに読めて、
どっちかなって思ったんですよ。
一つは、目の前にいる誰かのストローを見ていて、
その人から自分は許されたんだなって思う
という状況と、
このフラペチーノが自分の飲み物で、
特に理屈はないけど、
「ゆるされている」って感じてしまう
っていうのと。
わたしは実は後者で読んだんですが、
今改めて読むと、前者でもアリだなぁ。
うーん。

うたの日の感想(7月10日「自由詠」)

7月10日のお題は「自由詠」
全室「自由詠」
ということで、
わたしは三つ目の部屋に投稿しました。

ハート(特選)と♪(並選?)をつけたうたに、
うたの日のサイトの方にも
感想を入れてはいるんですが、
短時間なこともありますし
(あ、この日は特別選歌時間が長かったんですけども)
またしばらく時間を置いてから
改めて読み返すと、
新しい発見とか感想も出てくるので
そういうのを書いていきます。
あくまでも「感想」です。
それと、いいな票を入れようと思った理由、というところでしょうか。

ハートを入れたうた。
祐鈴さんの
たぶんまたやるだろうけどキミが言う「もうしません」をまた信じてる
うたの日に、「主体の愛が感じられて」と書きましたが、
ホント、愛情のうたって思います。
「たぶんまた」という初句の詠み出し方から、
ややうんざりした諦めの気持が感じられるんですが、
結句で
「また信じてる」
と、分かってるけど信じずにはいられない。
希望にすがる感じの「信じてる」というよりは、
またうっかり信じてしまうんだよねっていう
明るい雰囲気があるなぁって気がしました。
「キミ」と、君をカタカナ表記にしてあるところとか、
「だろうけど」「信じてる」という
カジュアルな表現も明るい感じ。
読んでいて、
初句の「たぶんまた」
四句目の「もうしません」
と、二者の思いがぱっと印象に残る場所に
ばしっと置かれてるところも
すっきりと分かりやすくていいなぁって思いました。

♪を入れたうた。
苔井茅さんの
再会を待たぬともなくきらきらと白髪ひとすじ隠さずに結う
うたの日にもコメントしましたが、
三句目からが魅力的だなあって思いました。
白髪って、妙にきらきらしますよね。
これはわたしの白髪事情ではありますが。
よく見ると黒い髪の毛と較べて、
ややねじれてたり、太さがよれよれだったりして
それで余計に光を乱反射させてしまうのかな
と思ったりして。
まあその辺りは本当はどうなのかわかりませんが。
わたし、このうたを最初読んだ時、
そんなことはどこにも書いてないのに、
浴衣姿の女性が浮かんできました。
多分、「きらきら」と「結う」から、
夏祭りの身支度とかを連想しちゃったんでしょうね。
実際のところ、このうたが、
何の身支度なのかは分からないんですが、
「結う」のきりっとした感じがすてきですよね。
しかも
「白髪ひとすじ隠さずに」
という潔さ。
で、「きらきらと」が三句目にあるんですが、
上の句にも下の句にも両方作用しているようで、
白髪のきらきらと心情のきらきら、
どっちもが感じられていいなあって思いました。
ただ、
「再会を待たぬともなく」
っていう表現がちょっと気になりました。

桔梗さんの
薬箱を開けばすぐにあらはれる正露丸の亡霊たちが
結果発表後のうたの日を開いて、
あっと思ったうたでした。
というのは、
わたしはこのうたの「正露丸の亡霊たち」を
もうすでにこの薬箱には実体がないもの
と読んでたんですが、
他の方の
「飲まれずに残っている」
というコメントを読んで、
あーたしかにそういう見方もあるなぁ、って。
わたしは、
前時代に失ったものが匂いとして残ってる
みたいな感じに捉えたんですが、
手をつけてもらえずに古くなってしまった正露丸の恨み
みたいに思って読んでも面白いかも。
とはいえ、
「亡霊たち」と複数なんですよね。
一粒一粒、ということも考えられるけど、
そうすると
「開けばすぐにあらはれる」
というスピード感とそぐわないような。
てなると、やっぱり匂いなんじゃないかと思いますが、
それが実体のあるものの匂いなのか、
残り香なのか、
いろいろと後から後から考えさせてくれるうたでした。

小川けいとさんの
こっそりと尖るのくらい許してよなすびの萼のむらさきの棘
あとから考えさせてくれる、といえば、
このうたも。
それは後述するとして、
このうたの面白いところって、
上の句の
「こっそりと尖るのくらい許してよ」
という心情の吐露と
下の句の
「なすびの萼のむらさきの棘」
の「棘」にぐぐっと迫った描写と
そのリズムの面白さ
だなぁって思いました。
特に下の句のリズムが好きだなぁって。
名詞をすべて「の」で繋いであって、
○○○の○○の
○○○○の○○
って抑揚が付いてるところがいいなって。
「の」を多用すると、
単調になったり説明的になったりしがちな
そういうイメージがありましたが、
このうたの「の」の多用、好きだなぁ。
で、
何を後から考えさせられたかというと、
わたし、うたの日に
「茄子の棘の感じから、なんとなく結婚してそこそこの年月の経ってる夫婦の奥さん側の心情かなあとか想像して読みました。」
とコメントしたんですよね。
まあこのコメント自体がつまりどこをどう思った結果なんだよ
って感じもしますけども。
茄子の棘を感じるのって、
収穫のときか、調理のときかな。
職業として収穫してるんだったら、
上の句の心情とそぐわないかなって思って、
家庭菜園の収穫か、調理か、
と思って、
そこから奥さんイメージに勝手に飛んでっちゃったんですよね。
でも、後から考えて、
いや別に奥さんと断定しなくてもよかったんじゃないか
って思ってしまって。
読んでイメージするのは勝手だけど、
ちょっと失敗したなぁと。

中牧正太さんの
地下鉄が揺れると揺れる私たちそうなんですよこれなんですよ
このうたも面白いつくりのうただなって思って、
票を入れました。
なにが「そう」でなにが「これ」なのか、
一切分からないんですが、
とにかく「地下鉄が揺れる」と「揺れる私たち」なわけです。
前の「揺れる」は「地下鉄」に、
後の「揺れる」は「私たち」に付くんですけども、
「揺れると揺れる」の繰り返し、
それから、
「そうなんですよ」「これなんですよ」の
「なんですよ」の繰り返し、
これが
地下鉄で揺さぶられた感じを
視覚的に表現されてるみたいで、
えーめっちゃおもしろーい
ってなったうたでした。
しかも、「そうなんですよこれなんですよ」っていう
押しのつよい感じも好みでした。

仕切り直しのご挨拶

この間、ちょっとこのブログをスリムにしてみようと思い立って、
うたの日関係と題詠blog2015関係以外は消してしまいました。
あ、コメントいただいた記事は残しましたが。
50ぐらいの記事を消したのかな。
で、
気持も新たに再スタートを切ろうかな、と
思ってる次第です。

備忘録的に
(前にも一度そういうのを記事にして、
今回消したんですが)
今までのしま・しましま短歌史みたいなのを
簡単に残しておきます。

2014年秋ぐらいに、短歌面白そうって思い始める
じゃあって実作しようとしてみて、
57577のリズムになかなか馴染めなくて、
ブログのタイトルなんかで馴らしていって、
2014年12月1日から、
ブログでちょこちょこっと「短歌」として出し始める。
(「ひみつの海」を作ってからはそっちで短歌はほとんどしてないですね)

2015年1月にツイッターを始める。
同時期に「うたの日」にも参加。
2月から「題詠blog2015」に参加。
題詠blog用に、本ブログ「ひみつの海」を作る。

この年の夏頃にはすでに短歌にドハマリしてたので、
結社に入ることを視野に入れてました。
ちょっと事情があって、実際は入らなかったんですけども。

この年の秋に、初歌会、吟行歌会に参加。
今のところこれが唯一の歌会体験ですね。

2016年の2月に未来短歌会の入会を決めて、
未来5月号から掲載。
7月に松江であった
「現代歌人集会・春季大会」
にもぐりこんで、大辻隆弘氏と吉川宏志氏の講演を聞いてきました。
初短歌イベント潜入という感じでした。

2017年4月から、
うたの日関連の「R-2ぐらんぷり2017」でコンビを組ませてもらった
雀來豆さんと、
「とらぬたぬきうどんでおなかをふくらます唯一の方法」
というネプリを、
今のところほぼ毎月一度出させてもらってます。

うーん、ざっとしたところではこんな感じかな。

その間の細かい活動としては
2015年に「うたらば」に三回ぐらい投稿したのかな。
あと、枡野浩一さんの「光の短歌」と
「なんたる星大賞」
「第二回ぺんぎんぱんつ賞」
に応募しました。

参加したネプリは
「ぺんぎんぱんつ」のサングラス企画のやつと(一首)
たかはしりおこさんの「句またがりネプリ」(一首)
千原こはぎさんの「獅子座同盟4」(連作)
「おいしい短歌」(連作)
知己凛さんの「いろとりどり」ネプリ(連作)

個人で出したネプリが
「百分の三十」
「ああ、これはフエキどうぶつのりの匂いだ」
「よこしま」
「いきものあつめ、それか犬」
「なんてさみしいバスだろう わたしを入れても三人なのね」
「お腹いたいっていいながら胃の辺りを押さえる」
「前にみた夢もよく覚えています/花束のリボンをハサミで切りひらく」
「ウザイとウッサイ」
の8つかな。

あんまり投稿してなくて、
「未来短歌会」以外はほぼネットかなあ。
たまに遊びで連作を編んだりします。
このブログでも12ほど、
そういう遊びの連作をこの前までアップしてましたが
それ以外にもツイッターで連作を流したりしてました。

まあそんな感じかなと思います。
現在継続してやってるのが
未来短歌会とうたの日、
「とらぬたぬきうどんでおなかをふくらます唯一の方法」
あとツイッターでたまに流すもの、
というところでしょうか。

次回からうたの日の感想を再開して、
あと何かこのブログで出来ることを
考えようと思ってますー。
ということで、またよろしくお願いします。

6月よりぬきうたの日さん


6月中にうたの日に出した投稿したものは
全部で18首

その中から
自分的に好きだったものをいくつか。

6月9日「SEX」
肌なじみよすぎる恋の生ぬるく空のグラスに張り付いている

6月10日「自由詠」
きみがまだ友達だったらよかったなオニポテのポテあげられたのに

6月13日「器」
食べ残すつもりのねぎをどんぶりの縁に寄せつつ愛を語るな

6月15日「方言で詠む」
階段のあかりつけんで上るとき歌っとったねふるさとの歌

6月25日「粋」
ジップロックでしまってあげるこれ以上一語も抜粋されないように

6月26日「死語」
河童らが次々ドロンしていけば静かなカルビーかっぱえびせん工場

6月29日「随分」
ずいぶんとやさしい声で切り出してチーズ・イン・ハンバーグ手付かずのまま

6月30日「水たまり」
この町で生まれ育った この町で今朝ふたつめの水たまり跨ぎ

今月はねー、
全然短歌の頭にならなくて
ホントに、どうなんだって感じでした。
そのうち、ちょっとは短歌詠もう!って
気持が盛り上るかと期待してたんですけども。

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