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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(かばん)


うたの日
5月17日歌題「かばん」

あの海を入れるかばんを買いましょう片方の手で提げるぐらいの(しま・しましま)

この日のお題は「罠」「かばん」。
思い出が入るかばんっていうのが最初のイメージでした。
探している→買いました→買いましょう
と動詞の部分を変えていったんだけど、
買いましたと買いましょう、どっちがいいんだろうなって
よくわかりません。

この日すきだったのは
「罠」では希和子さんの
露という露に朝陽を閉じ込めて なんて眩い罠なんだろう
ホントにきれいな歌。
うたの日の感想に、「夜露」とか書いちゃったけど、
そうですね、朝露って書くべきでした。
この歌を見た瞬間、
蜘蛛の巣にびっしり露の雫がついてるところが浮かんできて、
それが朝日に輝いてる。
それを上の句のようなすてきな表現がされてて
ホントすてき。
「なんて眩い罠なんだろう」
という作者の気持がすんなり入ってきました。
もう一つ蜘蛛の巣の歌があって、
それもとても好きでした。
ナタカさんの
蜘蛛の巣に残る羽は陽のもとで最期を過ぎて今なお光る
自然界の非情な部分を切り取って、
しかもその中の美を詠んだ歌ですよね。
蝶のような大きな羽でも、
元の虫はわからないけど、透明な小さい羽でも
主はもう食べられちゃってるのに、羽だけ残って光ってる。
いいなぁ。
うたの日の感想に、二句目が字足らずかなっておもったことを
書いたんですが、
他の方はそんな風に思われなかったようなので、
多分そこが字足らずでも気にならないか、
あるいは「羽」が三文字ぐらいの読み方の出来る言葉なのかも
とか思います。
でも、どっちなんだろうな……って気になってます。

「かばん」の歌では
木鼠さんの
氣がつけば鞄は持ち手だけとなりそれでも旅を続けてゆきぬ
がダントツで好きでした。
長い長い旅の間に、
手荷物がなくなったり擦り切れたりしてって
気が付くと鞄の持ち手だけを握ってる。
クラシックな旅行鞄(の、持ち手)を想像しました。
下の句がまたいいんですよね。
「ぬ」に余韻があります。

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