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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(片)


うたの日
5月18日歌題「片」

左手と言えぬ子の言うひらりてのひらりひらりと漂っている(しま・しましま)

この日のお題は「片」「先生」。
この歌、最初は旧かなで考えてたんですが
左手と言へぬ子の言ふひらりてのひらりひらりと漂つてゐる
「ひらりて」「ひらりひらり」の印象が薄くなっちゃうかなと
思って新かなにしてみました。

この歌にも、
ありがたいことに評がいくつか頂けました。
片手、片言を言外に思わせるように
というのは意識してたんですが
「ひらりてのひらりひらり」
の中に「てのひら」がある、
というのは、自分では全然気が付きませんでしたが
指摘されて、ああっ!と思いました。
初句と二句目が散文的
という指摘については、
なんとなく、うーんそうなのかなぁ
という感じ。
「左手と言えぬ子の言う」
ってとこですよね。
「ひだりてといえぬこのいうひらりての」
という上の句のリズムと語感が気に入っていただけに、
色々と考えさせられます。

さて、この日わたしがいいなと思った歌は
ハートをつけたのが
天野うずめさんの
靴下の片方ばかり運び来る飼い猫たちの憂鬱な夜
ものすごく感覚的な歌で、
昨夜もどう感想を書こうか悩んで、結局書かなかったんですが、
とりあえず、出来るだけ言葉にしてみます。
飼ってる猫が靴下を咥えていくって情景そのものは、
よくあるシーンで、
多分猫を飼っていなくてもそういうこともあるだろうなって感じじゃないかと
思うんですが、
「運び来る」ということは、飼い主のところへ持ってきてくれるんですよね。
せっせと猫たちが靴下を運んできてくれるけど、
それがどれも片方ばかりでセットにならないな
と、気付いた飼い主のこころのかげり。
対になるのが当たり前のものが対にならない淋しさみたいなものを
猫たちに突きつけられているような気がした、
んじゃないかなぁと。
「片」の歌で音符をつけたのは
たえなかすずさんの
さようなら、さよなら僕の片えくぼ 嗚呼泣くときもあざやかなのか
藤 かづえさんの
真夜中の片づけ終えたキッチンは白くて浅い呼吸をしている
でした。
たえなかさんの歌は、
「僕の片えくぼ」は、僕自身のえくぼじゃなくて、
僕の(好きだった君の)片えくぼ
と、思いました。
なんらかの事情があって、彼女と別れることになって、
その別れのシーン。
受け入れがたい事実を受け止めるとき、
不思議に頭のどこかがすっと冷めてて、
妙に冷静に観察してる一部分がある、
それが彼女の泣き顔にも出来る片えくぼなのかな
って思いました。
藤さんの歌は、
これがまたものすごく感覚的な歌で
なかなか言葉にしにくいんですが、
「白くて浅い呼吸」が
なんとなく、そうだなって気がしました。

「先生」の歌ですきなのは
西村湯呑さんの
One For All,All For One ぼくたちをさがす先生をさがした遠足
「三銃士」の名台詞ですよね。
上の句に英語
下の句が5・8・8
という形式ですが、下の句の字余りがあまり気にならない
大きい切れがとても印象的でした。
内容自体も面白いですよね。
遠足で、クラスの児童を探す先生と
その先生を探す児童たち。
三銃士の言葉が面白くマッチしてると思いました。
先生像も想像されますねー。
普段からこどもたちに「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」
って口癖のように言ってる熱血先生なんだろうなあ
とか。
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