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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(願)

うたの日

7月7日歌題「願」

ファミレスの呼び出しボタン連打する だれか世界をお守りください(しま・しましま)

この日のお題は「願」「星」
アルフレッド・ベスターの「願い星叶い星」をうっかり思い出してしまいましたが、
七夕お題ですね。
わたしの地元では七夕祭が八月の、だいたいお盆の一週間前ぐらいにあるんで、
子供の頃から世間の七夕の時期と一ヶ月ずれていて
へんな感じがしてました。

まあ、
それはそうとしてこの日すきだった歌
小宮子々さんの
おこぼれにあずかれるよう平和など願ってみれば降る雨である
ひさしぶりにうたの日の方に
「おこぼれにあずかれるよう」と少し茶化して「平和」の願いを出す感じ、わかるような気がします。真正面から「願い」を言葉にするのはちょっと照れもあるし。そうは言っても、とりあえず「平和」でも願っておくか、という気持というよりは、もう少し切実なものがあるんだと思いました。
慣れないことをするから雨が降ってきたとでもいいそうな結句も面白いと思いました。
という感想を書きましたが、
一晩たって、改めて読んでみても
そんな感じです。
この歌は、もちろん7月7日の「願」の題詠なので、
うたの日で見ると「降る雨」が単なる雨じゃなくて
七夕の雨なんだなぁって思うんだけど、
それらをとっぱらってこの歌単体で見た場合、
少しだけ趣が変わるのも面白いですよね。
「七夕」「笹」「星」「短冊」といった七夕ワードを使わずに
発表した日付のみで七夕だと分かって、
しかも日付なしで七夕と思わずに読んでも
ちゃんと成立してるっていう。

成瀬山水さんの
笹揺れる今日を逃せば移りゆくねがいごとさえ書き起こせまじ
北大路京介さんの
お互いの幸せ願う短冊が寄り添うように七夕の夜
も、いいなって思いました。
成瀬さんの歌の
「今日を逃せば」からのフレーズ、共感しました。
今の願いは今しか言葉に出来ないですよね。
「今日を逃せば」に切実さが伺われるような気がします。
初句の「笹揺れる」が、
その「今日」が七夕なんだなって思わせて
笹の葉のしゃらしゃらと鳴る音が、
より主体を急かしているような気がしました。
結句の文法がおかしいとうたの日の評で指摘されてて、
そこでわたしも初めて気がつきましたが、
文法って難しいですねー。
北大路さんの「七夕の夜」の歌は
笹飾りを詠んだ歌で、軽いスケッチ風ですが、
二枚の短冊に目を留めた主体の
あたたかい気持とか
寄り添うように揺れている短冊に願いを書いた
二人の人物の心境みたいなものが
言外に感じられてステキだなって思いました。
「七夕の夜」という体言止めもいいなって思います。
ここで視点がぐわっと夜空へ広がるような気がしました。

「星」の題では
萩野聡さんの
公園の公衆トイレが光っててそのまま上のベガの輝き
こりけケリ子さんの
かつて星だったあたしが言うのです。アスパラガスの白ってすてき
でハートを迷いました。
萩野の、「公園の公衆トイレ」(しかも夜)という
出来れば近寄りたくもないようなところの光から、
パンアップして星の輝き、
それも織姫星とも呼ばれるベガを発見するっていうのが
とても面白く思いました。
そんなとこ発見するとか、
主体の孤独感のようなものを感じます。
こりけケリ子さんの歌も
すごく面白いって思いました。
上の句の
説得力があるんだかないんだかわからない太鼓判と
下の句の「アスパラガスの白ってすてき」
の突然の告白。
「アスパラガスの白ってすてき」ですよ、
ホントに、
だって、
「 かつて星だったあたしが言うのです」から。
ってことなんだと思うんだけど、
星の光さえ届かないように管理されて育てられたホワイトアスパラガス
の良さを星だった人が太鼓判を押すという
このねじれた感じがすごく面白いと思いました。
たしかにホワイトアスパラはすてきだけど。

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