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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(落)


うたの日

7月18日歌題「落」

いつか落ちるまで空蝉の一室に小さな風のかわるがわる住む(しま・しましま)

この日のお題は「落」「イヤリング」「欠」
蝉の抜け殻と、現世、二つの「空蝉」をどっちで読んでもいいなって感じに詠んでみました。
俳句で意図的にダブルミーニングを狙うと、
割と鑑賞するときにぼやけちゃいがち(だと思ってる)なので、
わたしのなかでは珍しい詠み方かもって思います。

この日いいなと思った歌。
木原ねこさんの
落ちるのを待てずに子らはどんぐりを求める枝のまま青いまま
たしかに青いどんぐりは魅力的ですよね。
茶色いどんぐりでも、ちっちゃいの、大きいの、細いの、太いの、
ぼうしのないの、まだしっかりぼうしがついてるの
落ちたどんぐりにも色々あるけど、
青いどんぐりは落ちてませんからレア感はあるし、
それにキレイだしね。
こどもとどんぐりという組み合わせに、「落ちるのを待てず」というフレーズで、
可愛くて楽しくて無邪気な感じがします。
下の句の「枝のまま青いまま」は、
そのこどもたちが欲しがった形状をそのまま詠んだようでもあるけど、
リフレインが
どんぐりの木の痛みの言葉のようにも感じられました。
クヌギかなぁミズナラかなぁ。
夏の林の中の風景がこどもと青いどんぐりでぱっと浮かんでくるようでもありました。

小向大也さんの
ほうれん草のピンクの根っこのようだった 好きだよのよを切り落としたい
木原さんのとハートを迷った歌でした。
うたの日にも書きましたが、惹かれるけど、
その魅力を言葉にしづらい歌でもありました。
あえて言うなら
あー、なんか分かるー。
っていう共感。
「好きだよ」と「好きだ」の違い、
「ほうれん草のピンクの根っこ」がついてるのとついてないのの違い。
どっちも、人によっては些細なことのようで、
その辺りに深いこだわりがありそうなことでもありますね。
作者の思いとは違うかもしれないけど、
「好きだよ」の「よ」は、やさしさというか、ちょっとだけ相手におもねるような感じがあって、
そこが微妙にどんくさい感じで、
「ほうれん草のピンクの根っこ」のどんくさい感じと似てる
って感じたのかなぁとか思います。
「切り落としたい」っていうことは、もう既に「好きだよ」をチョイスした後で、
もっとバーンと我を張ればよかったって思ってるのかなぁと思いました。
永昌さんの
手鏡に空を映してのぞきこむ逆さの空へ落ちる誘惑
そういう行為をしたことがないので、
完全に想像ですが、
アレかなぁ、雪や雨が降ってる時に、
空を見上げてるとだんだん上下が分からなくなってくる
あの感じに似てるのかな。
昨夜のうたの日には
手の中に生れた上下逆さの空って魅力的ですね。平面の鏡に、その先が生れたようで、その中へ落ちてみたい気持になるのが分かるような気がします
という感想を書かせてもらいました。
でも、今日になって読み返してて、
手鏡に空を映しても、
覗き込んだら多分自分の顔でいっぱいになっちゃうなぁ……
って思われてきました。
で、だんだんと
もしかしたら、主体は、手鏡の空を覗き込むよりも先に、
「落ちる誘惑」に駆られてたんかなぁ
とも思われてきました。
手鏡の中にあるはずの「逆さの空」へ、
最初から落ちるつもりで覗き込んだのかも。
全部捨てて、どこかへ落ちて行きたい気持になることありますよね。
手鏡の空は、最初からその手段として準備されたものなのかも。
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