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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(逃)


うたの日

7月23日歌題「逃」

逃げ切った男と肩がぶつかって「黄泉比良坂まで徒歩三分」(しま・しましま)

この日のお題は「檻」「逃」「鍵」
「黄泉比良坂」ですが、実は島根県にあったりします。
国道から見えるところから「黄泉比良坂→」的な看板が立てられてて、
近くに行けば「徒歩3分」とか具体的な表示もあったりして、
これはなかなか伊邪那岐命にも親切設計。

この日いいなと思った歌は
「檻」ではニキタ・フユさんの
「故郷はここです」という看板のキリンの長く濡れてた睫毛
「この動物園で生まれました」とか、そういう看板のある動物園ありますね。
生命の危機を感じることなくすくすくと育つことが出来る動物園生まれが幸せなのか、
風土にあわせて進化してきたその場所で、
檻に遮られることなく生きた記憶をもつサバンナ生まれが幸せなのか、
そのあたりはキリンに聞けたとしても分からないことだとは思いますが、
キリンの長い睫毛が濡れているように見えたという主体。
「睫毛」という体言止めで、憂いを帯びたキリンの目元をクローズアップして、
主体の心情をきっちり乗せてあるところがいいなと思いました。
中森つんさんの
逃避行したかったよね サンダルが投げ捨てられたままの玄関
どういう状況なのか、全く分からないけど、
分からないままにとても惹かれる歌でした。
一首に、まだ終ってないのに終った感、退廃的なムード、
って感じのものが充満していて切なく感じました。
下の句の「サンダルが投げ捨てられたままの玄関」に
妙なリアリティがあって、
「逃避行したかったよね」のセリフのようなフレーズが生々しく響きました。
まゆまゆさんの
キャンディの空き缶にある一本の合鍵のこと だれもしらない
「キャンディの空き缶」という具体性がいいなって思いました。
多分、そのまま飾ってても違和感の無い可愛らしい空き缶なんでしょうね。
その中に一本の鍵があって、
それが合鍵で、
その合鍵のことは自分しか知らない。
その鍵についてのいくつかの情報が提示されてるのに、
何の合鍵なのかが知らされてないので、めっちゃ謎めいてます。
誰かの持つマスターキーからこっそり作った合鍵でしょうか。
だとしたら、そうとうこわいです。
好きな人の部屋のキーとか。
可愛らしいキャンディの空き缶にしまわれているというのが、
無邪気なような邪気の粋のような感じで
よりこわさを増幅させているようでした。

ハートを入れた歌以外では
佐藤博之さんの
餌入れの蓋もて檻の鳥を追ひ鮮やかなる黄の餌を滿たしつ
加賀田優子さんの
あいているけれど逃げない鳥のため昨夜のパンを粗くちぎった
琥珀さんの
左手に鍵の匂いを染み込ませ開かぬままに大人になった
も、好きな歌でした。
佐藤さんの歌は、
籠の鳥ではなくて「檻の鳥」なので、大型の鳥類を飼育してるのかな。
「餌入れの蓋もて」鳥を追うという動作や、
「鮮やかなる黄の餌」という描写の細かさが
生き生きとしていていいなと思いました。
「満たしつ」の力強さもいいなと思いました。
加賀田さんの歌の、
「昨夜のパンを粗くちぎった」に、
少し硬くなったパンの質感というか手触りまで感じられて、
「あいているけれど逃げない」という悲しい鳥に
その手触りはすごく合うよなぁって思わされました。
琥珀さんの歌は、
「鍵の匂い」がいいなって思います。
鍵って金属だから、やっぱりずっと握ってると金臭い匂いがするんですよね。
鍵の方よりも手に残る感じ。
そういうリアリティがあるんだけども
わたしにはこの「左手」が握ってるのは、
実際の鍵とか鍵の思い出というよりも、何かの秘密のようにも感じました。
「開かぬ」は「明かさない」にも通じるのかな、って。
いつか左手を開いて、しみこんだ鍵の匂いを忘れられるといいなと思いました。
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