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しま・しましま

Author:しま・しましま
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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(もやもや・動物園)

うたの日

7月26日歌題「もやもや」

カナル型イヤホン耳にねじ込んで突っ切ってゆくもやもやの中(しま・しましま)

7月27日歌題「動物園」

動物園はきらいわたしに広すぎて風に押されて迷子になるよ(しま・しましま)

26日のお題は「ふわふわ」「軸」「もやもや」
「もやもや」で詠もうと決めたはいいけど、全然イメージが浮かばなくて、
あちこち彷徨ったあげくのこの歌でした。
「もやもや」を気持のそれにするか、
蚊柱の「もやもや」にするかで迷ったあげくに、
どっちつかずになってしまったのは失敗だったなぁ。

27日のお題は「動物園」「Google」「水族館」
これはゾウこれはキリンと置くつみき動物園はひだまりの中
といううたと、どっちを出そうか迷って、これを下げました。
句切れが我ながらわかりにくいなぁって思ったので。

26、27日のいいなと思った歌。
千石 龍さんの
Googleに訊きたい名前が出てこない 文明が今役に立たない
「Google」題の歌ではなくて、「もやもや」を詠んだ歌。
上の句のあるあるを下の句の「文明が今役に立たない」で
深みのある詩にした鮮やかな歌だなって思いました。
大袈裟な表現だけど、実感が籠っている嘆きで、
「今」が効いてるなって思います。
加賀田優子さんの
檻のない動物園でくつしたを脱ぐところから終わりまで見る
不思議な雰囲気の歌でとても気になる歌でした。
「檻のない動物園」
この言葉から想像するのって、
学校とか会社とか、一つの場所に
たくさんの種類の動物に見立てられる人々がいるところ
で、
目に見える檻に囲まれているわけじゃないけど、
自由に動き回ることができない
そんな場所かなって思うんだけど、
このうたは、そういう人がたくさんいる場所には思えない。
というか、見ている主体と見られているだれかの二人きりしかいないみたい。
しかも、
「くつしたを脱ぐところから終わりまで」
って何をしているところのどこからどこまでだか全然わからない。
ただ、一つだけ分かるのは、
見ているということ。
なんで?といわれると自分でもわからないけど、
痛々しくて切ないような気持がする歌だなぁって思います。
うたの日の他の方の評に大人の恋愛ってあったけど、
わたしには恋人を見る視線には思えなくて、
セックス直前の景ではあるんだろうけど、恋人感というかそういうものが感じられなくて、
そこが痛々しい視線のように思えたのかな。
うーん、難しいけど惹かれる歌でした。
雀來豆さんの
まだ生きていたのかぼくがiPhoneのアクアリウムに閉じこめた魚
この歌も、痛々しい切なさを感じる歌でした。
「水族館」というお題としては「iPhoneのアクアリウム」は小さすぎるような気もするけど、
自分だけの小さな水族館ではありますよね。
「まだ生きていたのか」という詠みだしのフレーズに、
そう思ってしまうぐらいの時間の視線の不在があって、
そこが切ないんですよね。

そのほか、
「もやもや」では
南瑠夏さんの
筆洗の水面に揺れるターコイズ 君はどうして泣かなかったの
の、主体の気持のもやもやと筆洗の中のもやもやの感じや
大葉れいさんの
シロップのもやもやを目で追いながら君の話を聞いているふり
の、ガムシロップがドリンクにまざっていくもやもやを見てるから、
君の話を聞いたふりで聞いてない、
っていいつつ、もやもやがそこまで気になるわけでもなさそうな虚無感
が、面白いなって思いました。
「動物園」では
大葉れいさんの
ぼくだけがヘビクイワシのうつくしい瞳を知った閉園まぎわ
の「うつくしい瞳を知った」喜びの描写の美しさに惹かれました。
ヘビクイワシって、姿の美しいことで有名な鳥ですよね。
すらっとした姿とかたてがみのような頭の羽とか。
「ぼく」は、多分その姿の美しさに魅了されて、閉園まぎわまでヘビクイワシの檻の前にいて、
ずっと見てたんだと思います。
で、鳥の向きとか西日の加減とかで、ふいに、ヘビクイワシに「うつくしい瞳」があることに気が付いた
そういう感じかなと思います。
「水族館」では
青葉不偏さんの
窮屈な順路に従う人間を横目に鮫は通りすぎたり
文佳さんの
ゆらゆらと青い容器のなかにいる魚たちには星が降らない
がいいなと思いました。
青葉さんの歌、
鮫エリアって、だいたいどこの水族館でもそういう感じだろうなっていう
実景の描写でありながら、
順路が示されてあれば順路に従う「人間」と、
そういう指示を受けることなく悠々とおよぐ「鮫」との対比、
だけど、もうすこし視線を広げると、
どこへでも歩いていける「人間」と、
水族館の水槽の限られた空間でしか生きられない「鮫」の対比がある。
「人間」「鮫」どちらにもペーソスが漂ういい歌だなって思います。
文佳さんの歌は、
水族館の魚たちの人工の棲処の悲しみが詠んであるんだけど、
とても美しい情景で、
「星が降らない」とあるけれど、
逆に、水槽を照らす光で水中の塵がきらきらと星が降るみたいに見えるのが連想されて、
美しさと悲しさがいいなって思いました。

うーん、二日分の感想を書いてたら
なんだか途中で混乱してしまって、
ちゃんと感想がかけたか分からなくなってしまいました。
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