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しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日( (仮)・信)


うたの日

9月1日歌題「(仮)」

新しい髪形にした(仮)みたいな顔ですごす一日(しま・しましま)

この日のお題は「(仮)」「シチュー」「未定」
「(仮)」と「未定」似てるけど違うお題っていう出し方が面白いなって思いました。

この日いいなと思ったのは
小宮子々さんの
くたびれた七分の袖のあたりから秋(仮)はじめましょうか
「秋(仮)」っていつごろの感じなんでしょうね。
俳句の季語に、夏から秋に入る間ぐらいのとこで
「夜の秋」って言葉があるんです。
夏の季語なんですけどね。
夜になると、ちょっと過しやすくなって、
なんとなーく「秋」を感じる、とかそんな感じの言葉です。
この「夜の秋」の感じが「秋(仮)」っぽいなって思いました。
「くたびれた七分」「の袖のあたりから」始めるっていいなぁ。
ふわっとした(仮)の感じがあるなって思います。
わたしは、この七分丈を、
ちょっとだけ肌寒くなってきて、とりあえず去年の七分を羽織って過す
みたいな感じかなって思ったんですが、
夏中冷房対策で活躍したカーディガンと見てもいいですね。

沼尻つた子さん
いつからが母親なのか 産み月を仮免中のように過ごした
下の句がすごく好きでした。
産み月、臨月のお腹って、もうすごく大きくなって、皮膚もうすーくなるから、
否応なしに、お腹の中に赤ん坊がいることを四六時中意識させられます。
赤ちゃんも活発に動くし。
あとは無事に出てきてくれるだけ。
そういう状態を(多分自動車免許の仮免だと思うけど)仮免中って表現するのは
確かに!確かに!
って感じがします。
木村比呂さんの
ベランダの手すりに座りゆらゆらとじんせいかっこかり 雨を聴く
最初見たとき、
「ゆらゆらとじんせいかっこかり」が目に入って、そこから読んで
口にして気持のいい感じだなぁ、このフレーズって思ったんですが、
ちゃんと読むと、相当に危うい状態でゆらゆらしてたんですね。
「かっこかり」お題の「(仮)」をひらがなにひらいてあるの、
「ゆらゆらとじんせいかっこかり」までを一息に読ませるためかなって
一連のリズムをつくるためかなとも思うけど、
もしかして、もしかして、
「(仮)」を正しく読んだばあいの「かっこかりかっことじ」
に取られると、
「じんせい」「かっことじ」ってなるかもしれないのを防いだのかなぁ
とかも思ったりして。
でも、座ってるの「ベランダの手すり」ですからね。
なんとなく言外に置いたけど「かっことじ」が漂うようにしたとも思えますね。


9月2日歌題「信」

信金の横の小道の行き止まり君んちの犬ずっと吠えてた(しま・しましま)

この日のお題は「配」「済」「信」
「配」が牛乳配達しか浮かばなくて、
じゃあ、もうちょっと幅が広がりそうな「信」にしてみるか
って思ったんですけど、
結局「信金」っていう変化球っぽい使い方になっちゃいました。
すっごく距離あるのに感知してめっちゃ吠える犬っていますよね。
ちなみに犬小屋のある犬です。

この日いいなと思ったのは
静ジャックさんの
スイレンの白が水面に咲きこぼる 信頼という言葉は重い
この日は、すきな歌がたくさんあったんですが、
一番好きだったのがこの歌でした。
上の句で広がる情景がまず好きです。
スイレンって結構葉っぱが多くて、
その所為か水面の暗いとこと花の白さが際立つ気がします。
下の句で
「信頼という言葉は重い」
と考える主体は、そのスイレンの白を見ながら、
同時に暗い水面も見てるんだろうかって思います。
真っ白なスイレンの花は「信頼」というフレーズと響き合う
ように思うけど、
その言葉は重いんですよね、主体にとって。
信頼の象徴のような白い花が、水に浮かんでいるのを見ながら、
ずしんと重たいところを感じ取っているところが
ホントいいなって思いましたが、
今読み返しても、そのいいなって思ったところを
この文章で表現しきれてないような気がして、
自分にがっかりしますね。うーん。

中牧正太さんの
この人が僕であること僕よりもATMは信じてくれる
こういうすっとぼけた歌嫌いじゃないです。
自分よりも機械の方が自分が自分であることを分かってる
みたいな感じにも取れるけど、
相手はATM。
暗証番号とカードさえあれば、お前が誰だって俺は気にしないぜ
ってお方だと思うんだけど、
そんなATMにさえ救われてしまう主体がかわいいなって思いました。
「この人」っていうのは、機械にうつった自分かなぁって思ってます。
堂那灼風さんの
これまでも明日を信じた者がいて船は静かに帆を保たれる
下の句「船は静かに帆を保たれる」
の「帆を保たれる」って、風をはらんで膨らんでるところかなって想像しました。
強い風じゃなくて、程よい感じの。
で、上の句が「て」でつないであるので、
上の句が帆を保ってくれる風の出所なのかなと思います。
「これまでも明日を信じた者がいて」
その人たちの信じた明日が風になって船の帆を張らせている
ってことなんだなって思いました。
明日を信じることで風が起こるって思うといいですね。
えがぷりさんの
自信など無くてもどうにかなってたがあればいいなと三度思った
思わずふふっと笑ってしまいました。
自信がなくてもどうにかはなる感じ、
そうだよね、どうにかはなるよねって。
でも、ふふっと笑った後で、ちょっと切なく余韻が残るんですよね。
やっぱりどうにかなるだけじゃ足りないとこって確かにある。
「あればいいなと三度思った」という過去形に、
その三度もないまんまでやるしかなかった主体がいて
その三度が全部どうにかなったのかどうかは分からないけど、
振り返って「あればいいな」って思っちゃう辛さ。
なんか身につまされるようでした。
藤田美香さんの
かみさま、と小さく声に出してみる信じたくらいじゃ救われないが
「信じたくらいじゃ救われないが」
って言ってますが、
心から信じれば救われるんじゃないか、自分も救われたいな
って気持があるんじゃないかなって思います。
「かみさま」のひらがな表記が、いかにも心細そうで、
なんだか私が神様なら救ってあげたい気がする歌でした。
ちなみにわたしが神に祈るのは、
お腹が痛くてトイレに籠っているときに限定されるんですが、
こんなときだけ神様にたよっても、
やっぱり救われませんな。
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