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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(そう)


うたの日

9月8日歌題「そう」

ああという口から遅れてああと声そういうことってわかってたのに(しま・しましま)

この日のお題は「そこ」「もっと」「そう」
なんかいろいろハズした感がありましたね。
上の句の感じをもうちょっと別のところで使えばよかったーって思ったりして。

この日いいなと思ったのは
沼尻つた子さんの
「そうだねえ」丸いひとみでうなずいて会津土産の小さき赤べこ
そうだねぇ、時々、もうまるっと自分の言葉を全肯定してほしい時って
あるよねぇって思った歌でした。
昨夜この歌を選んで、評を書いたときは、
そういう気分の日があって、
赤べこの頭を自分でゆらしながら、赤べこに話しかけて、
赤べこのかわりに「そうだねえ」って言ってる姿を想像しただけですが、
この赤べこ、特定の誰かのおみやげなのかもなぁって
今ほんわりと思ってます。
そう思うと、またもう少し味わいが深まるなぁ。
「そうだねえ」という言葉のやわらかさ、まるみもいいなって思います。
「丸いひとみ」「小さき赤べこ」
って表記が違うのがなんとなく気になるなぁって思ってたんだけど、
何か理由があるんでしょうね。
借みねさんの
すれちがう小学生の声を聞く あそこはいまもコアラ公園
この歌について、

本当の公園の名前はもっと固いか面白みのない地名をつけたものなのかな。
コアラの遊具か、看板にコアラの絵が描いてあるかで、
子ども達が勝手につけた名前が「コアラ公園」なのかなって思いました。
もしかしたら主体が子供の頃に出来た愛称なのかも。
それが、今の小学生たちにもずっと同じ愛称で呼ばれていることを知って、
なんだか安心するような、そんな感じかなと思います。
一字空けの「あそこは」で、「コアラ公園」というフレーズを聞いて主体がそこを、
子供の頃遊んだ思い出込みで頭の中に思い浮かべているような気がしました。

と、かなり長いコメントを
うたの日の方に入れちゃったんで、
それに補足するものもあまりないぐらい。
しかし、
「コアラ公園」ってネーミングがまたいいね。
全国各地に「パンダ公園」って呼ばれる公園は無数にありそうなんだけど、
「コアラ」って、ありそうでなさそうでいいなぁ。
70年代前半の初来日からのパンダブーム以降、
なんどもなんどもブームが寄せては返すパンダに対して、
80年代後半ぐらいにやっぱり初来日がきっかけで
コアラブームが起こって、
コアラのマーチの安定した人気もある割に、
それ以降ブームと呼べるほどの突出した人気がないコアラ。
どっちも同じぐらい子供受けしそうな可愛らしさがあるんだけども。
ということで、
この歌の「コアラ公園」って、
少なくとも80年代後半にコアラ要素が導入されたんだろうか
とか、なんかそんなことをだらだらと考えたりしてます。

桔梗さんの
玄関のたぬきを三度撫でてやるいつもあなたがさうしたやうに
「玄関のたぬき」を撫でる、それだけの行為の中に、
やさしげな女性の手、やさしげな男性の手、
それから、そのどちらかの手の不在のさびしさがあって、
なんかいいなぁって思いました。
小宮子々さんの
そうやって君は泣くのだ百円の傘とわたしを置き去りにして
「置き去り」っていうのは心理的なものなんだろうなぁって思いました。
目の前で、
思わず「そうやって君は泣くのだ」
と、主体に思わせてしまうぐらいの残念な感じで泣いている人。
傘を相手に押し付けて、泣きながら走って行ってしまうというのも
面白いかなぁってちらっと思ったけど、
それじゃあんまりだし。
「百円の傘」が面白いなって思いました。
「君」と「わたし」の間にある、安っぽいビニール傘。
出来ればそれは泣いている「君」の持ち物であってほしいですね。
千花さんの
ガス室の跡を静かにガイドされそこから生きて出てゆく私
「ガス室」って、他にももちろんあるけど、
多分「ガイドされ」て訪れるということは
ポーランドにあるナチスによる強制収容所にあった
「ガス室」のことなんだろうなって思います。
「ガス室」「出てゆく私」
というフレーズに強い印象を受けました。
実際にそこへ行かれたことがあるとしたら、
そこを出るときに「生きて出てゆく私」っていう
感慨を受けるんだろうか、
行ったことがないので、わからないけれど、
そういうこともあるんだろうなって思います。
でも、なんとなく特選には出来なかったんですよね。
今ひとつ、アウシュヴィッツに実際に足を運んで受けた衝撃
的なものが感じられなかったからかな。
行った事がないから、ここを「こうだ」って
ハッキリいえないんだけども。
なんだろうなぁ。
この「ガス室」が、保健所の犬猫用のものだったら、
「そこから生きて出てゆく私」がリアルに響くかも。(わたしにとって、ね)
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