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しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(自由・どこ)


うたの日

9月11日歌題「自由」

ここからここまでの自由が君にある なお上限は3メートルまで(しま・しましま)

この日のお題は「正義」「林檎」「自由」
この歌、実は最初は
秋の花の歌だったんですよ!
ここからここまでの自由が君にはあるといわれて揺れる背高泡立草
見たいな感じの。
川べりにぐわっと咲いてる背高泡立草が大好きで、
チャレンジしてみたんですが、さすがに字数が多すぎる……
かな?
と思って、オミナエシにしたらどうかな
背高泡立草をオミナエシたちにしてみようとしたんです。
オミナエシだったら川べりというよりも、山野の雰囲気だなぁって思ったけど、
幸い川べりって詠ってないし、いいかな
って思ったんだけど、
オミナエシって漢字で書くと女郎花だなぁ
意図しない意味が生まれそうだなぁ
って思って、
じゃあ、具体的なものを全部削って、
自由に出来る場所だけ定義してみよう
って変化した歌でした。
「君」が「背高泡立草」でも「オミナエシ」でもなくて
人間ぽくなっちゃったけど、
まあ、大騒ぎしても上限3メートルもあれば、
そこそこ大丈夫だろうから、人間でもいいか、
っていう非常にふんわりしたつくりでした。

この日いいなと思ったのは
萩野聡さんの
引き波に持ち去られていくブイがありあなたがいない自由をおもう
ふつうの場合のブイって引き波にひかれても、
ほんの少ししか動けないものだと思うんだけど、
この歌のブイは持ち去られてしまう。
どこにも繋がらない、ロープが切れてしまったとか
捨てられているブイなんでしょうね。
「自由」の象徴というよりは、寄る辺ないものの象徴のような気がしました。
下の句も「自由」といっているけど、
たしかに自分に結びつく誰かがいなくなるのは、
その分行動の自由が生まれるけれども、
それは幸せなんだろうか……
という「自由」に惹かれる気持はあるけれど、
その心もとなさに怖気づく気持もある、
みたいな歌かなって思いました。

ナタカさんの
好きなのを選びなさいと言いながら母の定めし正解がある
そうそう、好きなのっていっても、
ここからここまでの間で!
みたいなのありますね。
共感する歌でした。
門脇篤史さんの
どこにでも行ける切符を手に入れて職場と家を行き来してゐる
これは切ない。
でも、大人になるとそういう選択肢しかなかったりしますね。
気球さんの
最後までなにも描かぬ自由画の枠を見てきた授業参観
自由画を描くところを参観するような授業参観も
あるところにはあるんでしょうね。
お母さん(あるいはお父さん?)は、
自分の子が、結局それをかけないまま終ったのを
最初から最後までうしろで見てるだけだった。
でも、その描けなかった姿を一部始終見る事ができた、
うーん、うーんって悩んでる姿だったのかも知れないし、
ふらふら遊んでばっかりで紙にじっくり迎えなかったのかも知れないけど、
とにかく「最後までなにも描かぬ」の過程を見て帰った
というのも、親としては一つの収穫でもあるような気がします。
淋しい収穫なのかも知れないけど。


9月12日歌題「どこ」

コンビニの傘立てに傘ひしめいてどこまでもどこまでも雨の匂い(しま・しましま)

この日のお題は「どこ」「商店街」「まで」
実はこの歌、
人生初めての歌会参加中にこっそり投稿したもの。
急いで打ったんで、入力間違いがなかったかなって思ったけど、
大丈夫でした。よかったよかった。

この日いいなと思ったのは
こりけケリ子さんの
ダルマとかムササビとかに愛される変な魅力をどこで拾った
変なものに愛される「変な魅力」
そんな感じの人っているにはいますが、
「ダルマとかムササビとかに愛される」
というのは、尋常じゃなくて面白すぎるって思いました。
まだ「ムササビ」は生き物だから、いいとしても、
「ダルマ」って何だよ「ダルマ」って!
って感じなのに、それがいきなり初句から登場するので、
正直一目見たときからノックダウンでした。
問答無用の面白さで、しかも力強いんで、
抗えなかったですね。

水色水玉さんの
息継ぎのたび見えるゴールは遠くてもどこまでも止めぬつもりのばた足
この歌もすごく好きで、
ハートを二つ入れられたら、二つ目はこれ、
って感じでした。
上の句の
「息継ぎのたび見えるゴールは遠くても」
の、水面から見えるずっと遠くに見えるプールの端が
リアルに想像されていいなぁ。
泳ぎが苦手で嫌いな人って、多分泳ぐときに前は見ない気がするんですが、
この主体はちゃんと前を見て泳いでる。
そこがもう、
がんばって欲しい!って思わせられました。
で、「ばた足」っていうのがまた良かったですね。
あの、単調だけど細かく動かさないといけない動きが、
必死感とかがんばり感を増してる気がしました。
文佳さんの
どこにいても変わらないよと諭されて雨の降る日の桜の並木
卒業前の下校の道とか想像して、
うーん、やさしくてすてきな歌だなぁって思いました。
「どこにいても変わらないよ」って諭してくれたのは
卒業していく先輩、大好きな先輩なのかな。
だんだんと桜の蕾が目立ち始めた並木道を
ゆっくりと歩きながら、そうやって諭されてる
一枚の絵のような情景だなぁって思いました。
衣未さんの
いつだってきみの言葉は青いから住所はきっと空のどこかだ
言う事が青い、じゃなくて「言葉は青い」なので、
透明感のある言葉なのかなぁって思いました。
「青い」を未熟というような意味には取れなかったけど、
そうだとしても、マイナスイメージはない、美しい印象として
主体は受け取っているんだろうなって気がします。
そして、そんな言葉を使うことが出来る君の住所は「空」だろうと
思うという飛躍の仕方が可愛らしくていいなと思いました。
今回のお題が「どこ」なので仕方ないけど、
「空のどこか」ではなくて、もうちょっと具体的なところまで
主体の想像が広がっていった、って感じだと、
もっと良かったかなぁって思いましたが、
この辺は私の好みの問題かも知れません。
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コメント

ありがとうございます。

初めてお邪魔いたします♪

以前よりちょこちょこしまさんのブログを拝見しております。今回も「どこ」で、拙歌について書いて頂きありがとうございます。的確で、深い読みがうれしいです。

また、作歌がんばろうと思います。

Re: ありがとうございます。

コメントありがとうございますー。
ばた足のお歌、ホントすてきで、好きだったので、
的確って言っていただけてうれしいです。

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