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しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(長・異)


うたの日

9月13日歌題「長」

この夜の長さをそっと分かち合う抱(いだ)けば肋ばかりの猫と(しま・しましま)

この日のお題は「長」「秋」「中学3年」
うちの中でわたしと今ツイッターのアイコンに使ってる猫だけが宵っ張り。
この猫はわたしのベッドで一緒に寝る仲なんで丁度よかったりします。
この間までアイコンに使ってた猫(もうひとつのブログの
プロフィールの写真の猫)は、もう結構なおじいさんなので、
昼も夜も気が付くとどこかで寝ています。
そしてふとっちょで「肋」感は薄いです。

この日すきだった歌
せんさんの
そんな事ありましたかと母が言い 長いもんなと父がつぶやく
何気ない家族の会話の中の、
さりげない夫婦の言葉を切り取った歌で、
家族が重ねてきた時間の長さがすてきに表現されてて
すごく好きだなぁって思いました。
「母が言い」「長いもんなと」の間、上の句と下の句の間に、
さりげなく半角の一字空けがあります。
(あえて全角半角を使い分けたのかどうかは、
何を使って入力したかによるのかもしれないんですが)
この一字空けが、母の言葉を受けて、父がつぶやくまでの時間を感じさせて、
しかも、ハッキリものをいうんじゃなくて「つぶやく」
ってところが、いいなぁって思いました。
この家庭での父と母との力関係ではなくて、
この「父」のロマン尊重派っぽい感じと、「母」の現実重視派な感じがいいなぁ。

こりけケリ子さんの
ドングリが全ポケットに入ってて長い夢ではなかったみたい
この歌を見たとたん
「夢だけど!夢じゃなかったー!」
って口走りたくなりました。
「ドングリ」「夢ではなかった」って
それだけでもうとなりのトトロの世界だなぁ。
○○があるから、あれは長い夢なんかじゃないんだってところは
千と千尋の神隠しのラストシーンっぽくもありますね。
で、
このドングリが「全ポケット」に入ってるところが、
とてもすてきだなって思います。
あ、ここにも!こっちにも!
みたいに、一個ずつどんぐりが隠れてるのも楽しいし、
全てのポケットにパンパンのぎゅうぎゅうにドングリがたくさん詰ってる人を想像するのも、
もう、その想像だけで楽しい感じ。
薄荷。さんの
雨の日は夜がちょっぴり長いから縫い針滑るように進んで
「雨の日は夜がちょっぴり長いから」
っていう上の句が好きでした。
うたの日にも同じようなコメントを入れたんですが、
「雨の日は夜がちょっぴり長い」というのを、
そう感じるとか、そんな気がするとか言わずに、
「長いから」ってそういうものだからって言い切ってるところが好き。
主体はきっと夜の時間が好きなんでしょうね。
雨の日、昼間は洗濯物が乾きにくいとか、
外出するにしてもそれなりの準備が必要ですこしうっとおしいんだけど、
家の中で落ち着く夜は、雨がしっとり落ち着いてて好き
とか、そんな感じなのかな。


9月14日歌題「異」

握る手をするりと抜けたふうせんはもう青空の異物のひとつ(しま・しましま)

この日のお題は「異」「縁」「味」
この日は、めずらしく、全ての題で選に参加してみました。
11日の句会、12日の歌会、14日の句会と、リアル句(歌)会続きの、
それが終ったところでハイだった可能性あります。

この日、ハートを入れた歌。
鹿沢和元さんの
異常異常異常なまでに良くなった明日に飛び込む姿勢で眠る
この歌も、「異常異常異常」と畳み掛けた詠み出し方から、
異常なまでのハイな感じを受けました。
心身共に疲れきりながらの句会ハイの私の波長に
このハイな歌がぴたっとハマったという感じでしょうか。
この歌の主体も、今現在(この歌のね)心身共にギリギリの疲労の淵に
いるんではないかと想像します。
そして、何か特に根拠もなさそうだけど、
「異常なまでに良くなった明日」があると信じて、
そこへ「飛び込む姿勢で眠る」
という。
ああ、この人のこの「明日」がそこまで良くなかったらどうしようと、
読んでいるこちらがハラハラしそうな、
勢いがある歌でした。
一晩たって、私自身は落ち着いたわけですが、
やっぱり好きですね、この歌。
なんなら、「異常」はもう一つ入れてしまって、
もう少し異常にかたむいた勢いがあってもいいぐらい。
みどりさんの
祖母の家は広くて静か縁側で蜻蛉とわたしは雨をみていた
もう、すごくすてきで、一目でコレ!ってなりました。
「祖母の家は広くて静か縁側で」
もう、これが過不足のない田舎のおばあちゃんちの表現だなぁって
感心しました。
雨だし、友達もいないし、多分テレビもゲームもない。
大人はきっと、大人の話をしてて、
「わたし」はすることもなくって、庭を見てるんでしょうね。
気が付くと、少し離れたところで、蜻蛉も雨宿りしてて、
まるで一緒に庭の雨がふっているところを見てるみたいだった。
この歌を読んでいると、自分まで幼い子供にぐわーってもどっていくみたいで
ホントすてきな歌だと思いました。
ニキタ・フユさんの
目玉焼きに味の素かけるひとにしか見えないさとうきび畑の風
「さとうきび畑の風」いいですね。
海が遠くに見切れる感じのロケーションで、
両側に背の高いサトウキビがわしわし風に揺れていて、
その中を、一本のほこりっぽい舗装されてない道が通ってる
みたいな情景が、
「ざわわざわわざわわー♪」な感じで浮かんできます。
凄い!面白い!って思ったのは、
それを、
「目玉焼きに味の素」から引き出しているところ。
そういえば、「サトウキビから味の素」ですね。

その他、いいなと思った歌。
萩野聡さんの
窓辺からベッドに光が差し込んであなたと僕は異なるうつわ
うたの日に書いたコメントそのままの、
美しい情景がいいなって思います。
形としての違いから、中に入っているものの違いを感じさせるところも
すてきだなって思います。
ちなみに、
「あなた」に対して「僕」(「わたし」ではなくて)
という事について、違和感は感じませんでした。
「僕」という言葉は、「わたし」という言葉よりも、
「私」性が薄くてイノセントな感じがするんで、
この歌に合ってるんじゃないかなぁって思いました。
「君」でなくて「あなた」というのも、すこし距離感があって、
やっぱりこの歌に合ってる気がします。
「人」でなくて「うつわ」と見た心理的な距離感が、
「僕」「あなた」にあるかなぁって思います。
塾カレーさんの
身体の異常は「風邪」と見立てられ「よくあること」に変わってしまう
自分の、普段に対しての「異常」が、
「風邪」のくくりに入れられちゃって、
「風邪」の中ではその症状は「異常」じゃなくて「よくあること」
これって、言われたことで、なんだ、そうかーって
納得して、気持が軽くなったりしますが、
その反面、自分としては重大な「異常」なんだけどなぁって
なんとなく微妙な気持がしたりするのかもしれないなぁって思いました。
鍵カッコの部分が、それは自分の意見ではないんだってとこが
強く出てて、やっぱりもやもやしたんだろうなぁって気がします。
雀來豆さんの
縁などと言わないでくれ結ばれず終わる恋にも解析は要る
「縁がなかった」なんて一言で片付けられたくない、
そうだよねぇと思いつつ、
これは男性的な視点の歌っぽいなぁと思ったりしました。
何でと言われると困るけども。
雨さんの
あとどれだけ君と縁があるだろうずっとパスタを巻き続けている
「パスタ巻いてる?」って誰のギャグだったっけ……
と、まずそれが出てきて困りましたが、
少なくともこの主体は巻いてます。巻き続けてるようです。
上の句の感じから、
これはデートではなくて、何かの折に偶々同席した食事風景なのかなと思います。
あとどれだけ会う機会があって、それまでの間に、
二人の距離を縮めることが出来るんだろうか
とか考えてるんでしょうか。
そろそろ口に運ばないと、不自然さがばれるような気もします。
永昌さんの
お金にも腕っぷしにも縁のないおとこの七難かくす白肌
面白かったです。
こういうずれた感じ大好き。
七難隠せるんでしょうか、男の白肌は。
小宮子々さんの
ふと濡れた布の風味がよみがえり二度目の生かもしれぬと思う
うたの日につけたコメントが、
だいたいこの歌でわたしが受け取った感じなんですが、
実はこの歌で、わたしも、わたしの記憶の中の
「濡れた布の風味」がよみがえりました。
お風呂の中で、タオルでつくったくらげの味ですが。
幼児体験的な、肉体的な感覚とか、
水と生死との密接な関係とかも
じわっと想起させるところも怖すてきですね。
羽島かよ子さんの
ママの味かどうかはもうわからない骨の色したミルキーを噛む
この歌、もしかしたら作者は羽島さんかなぁと思ってました。
ミルキーお好きだったような……って思ったので。
そうすると、
上の句の「ママの味かどうかはもうわからない」が
より深い思いが聞かれる歌だなぁって思ってました。
「もう」に、
もう、確かめるすべがない、
という気持が籠められてるみたい。
「ママの味」はこんなに甘かったかな。

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