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しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(人)


うたの日

9月22日歌題「人」

さて、みなさん。解答用紙を裏返しにしたまま大人になってください。(しま・しましま)

この日のお題は「鳥」「人」
大人になるまでに出てきた問題を大人になるまでに解答しないといけない
ってことはないんじゃないかなって思います。
なんか、
めずらしくメッセージ性が強くなったような歌になってしまって
投稿した自分自身のおしりがむずむずしますね。

この日いいなと思った歌。
千花さんの
俯いて歩く私の足裏をすり抜けて追い越す鳥の影
「足裏」というフレーズがすごくいいなと思った歌でした。
この、「鳥の影」の肉薄感。
うつむいて歩いてて、何かが足元をすり抜けたような気がして、
うわってたたらを踏む感じになって、
その後すぐ空を見上げたら、その何かが鳥の影だったんだなって分かる
みたいな歌と思ったんですが、
「俯いて」「歩く」「すり抜け」「追い」「越す」
一首にここまで動詞が詰め込まれていて、
冗漫になりがちなところを、
それが全部一瞬の出来事だったように思わせるところがすごいなって思います。
ナイス害さんの
ギンヤンマ追いかけていた人はみな羽根の持ち方知っているんだ
上の句のぐわーっとイメージの広がる感じから、
下の句で、追いかけたその後が、
指とトンボの羽根へのズームアップに切り替わるとこがいいなと思います。
下手に持つと、必死に逃げようとするので羽根が切れそうになったり、
噛まれたりしちゃいますからね。
「羽根の持ち方」は確かにあるなぁ。
「ギンヤンマ」という初句のトンボの名称の持ってきかたも好きです。
「ギンヤンマ」そのもののかっこよさもですが、
切れのある音が気持いいなぁ。

冨樫由美子さんの
なつかしい香りのハンドクリームを使ひだすころ冬鳥がくる
北の方から、越冬するための鳥が渡ってくる頃の、
だんだんと気温は下がって、空気は乾いてくるけど、
心情的にはほかほか暖かい秋の感じがあって、
やさしくてすてきな歌だなぁって思いました。
やっぱりニベアの香りですよね。
きっと、主体のおかあさんも、それを愛用してたんだろうなぁとか
もう、この感じは毎年のことなんだろうなって思われます。
こりけケリ子さんの
二つ目のお願いとしてフクロウをアフロヘアーに飼わせてもらう
すっごく面白い歌でした。
まず、「二つ目のお願い」が好き。
唐突に、もう二つ目に突入してるところもいいし、
これだけで読者に、お願いは三つ叶えられる、
みたいに思わせるところがあるのも面白いです。
飼いたいものが「フクロウ」っていうのも、
普通なら、たしかに許されないかもしれないもので、
飼ってみたいものでもあって、これも絶妙なチョイスだなぁ。
で、なんといっても
「アフロヘアー」の存在感!
「二つ目のお願い」も「フクロウ」も霞むぐらいの
圧倒的な存在感がありますね。すてきでした。
ルオさんの
鳥でさえいつか落ちると言いながらその目は今も空を見ている
主体にとって、とても大切な人なんだろうなって思います。
「鳥でさえいつか落ちる」なんて厭世的なことを言っちゃう人は。
でも、そう言いながら、落ちる鳥よりも飛ぶ鳥を見ていたい、
そういう人なんでしょうね。
すてきな二人だなぁって思いました。
新井蜜さんの
夕焼けと説得、赤い瓦屋根、空をゆく鴉、終末まぢか
こういう歌は、言葉による鑑賞が必要ないんじゃないか
とか思います。
モンタージュの様に切り取られた「夕焼けと説得」の風景が印象的でした。
太田宣子さんの
鳥を喰ひ獣を喰うて秋うらら 舌の肥ゆれば沈黙も肥ゆ
「鳥を喰ひ獣を喰う」と「舌の肥ゆれば沈黙も肥ゆ」
という二つの、どちらも強い印象を残すフレーズのリフレインを、
「秋うらら」というのんびりした言葉でつないであるのが、
すごく面白いなぁって思いました。
「沈黙も肥ゆ」という表現が意表をついてるのに、
なんか納得するところが凄いですね。
虫武一俊さんの
他人から遅れるおれが空き缶を爪弾いている 信号は青
捨てそびれたコーヒーの空き缶の、縁とかタブの部分を指で弾いてる、
なんとなく所在無い感じがいいなって思います。
もともと、他人からちょっと遅れてて、
今信号が青に切り替わったけど、
多分そこでも横断歩道に踏み出すタイミングは遅れそう。
でも、ケ・セラ・セラな感じがして、好きでした。
はだしさんの
宗教をやってる人が笑ってる時間をとりあえず横にいる
うたの日の方にも書いたけど、
正直、この歌意は多分ほとんどつかめてないと思います。
でも、
「宗教をやってる人」という、ある特定の人物に対する把握の仕方が
まず面白いのと、なんとなく分かるなぁって感じ。
それと、
「笑ってる時間」を「とりあえず横にいる」という
なんとなく、なんとなくな距離感がいいなって思います。
「宗教」については分からないし、分かりたい気持も予定もないけど、
すくなくとも、この人のことは嫌いじゃないんだろうなって気がします。
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