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しま・しましま

Author:しま・しましま
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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(9月26日)


うたの日

9月26日 投稿なし

この日のお題は「葡萄」「鬱」
画数多いお題ですね。
「葡萄」の選だけさせてもらいました。

この日いいなと思ったのは
千花さんの
結論に届かないままデラウェアちびちび両端からむしり合う
「デラウェア」って葡萄の品種の感じがすごくする歌でした。
粒が小さくて「ちびちび」って感じでむしるのもそうだし、
すごく甘いから一房を二人で分けあうのも、そうそう!って思います。
で、これは作者が意図して置かれたのか分からないけど、
真ん中に「デラウェア」という言葉が置かれているのが、
まんまデラウェアの現在の状況みたいで面白かったですね。

恋人同士かなぁって思って読みました。夫婦でもいいんだろうけど。
テーブルに向かい合ってデラウェアを食べながら、
話をしてるんだけどなかなか結論にいかない、と。
話があっちいったりこっちいったりしてっていう感じじゃなくて、
ちょっとずつしか進まない、
葡萄一粒ごとに一言ぐらいの速度なのかなぁって思ったりしました。
「むしり合う」ってフレーズがちょっときつくて、
どういう話だったんだろう、
ほのぼのした話ではなさそうな……って思いました。

門脇篤史さんの
なにひとつ希望を持てぬゆふぐれに食べる種なしぶだうぞ甘き
まず上の句が重いです。
この上の句の重さを、下の句のぶどうの甘さが救って……
…救ってない…?!
というところが、実は好きです。
このぶどうが「種なしぶだう」ってところですよね。
希望って、未来へ持つものだと思うんですが、
それを「なにひとつ」持てない、しかも一日の終り近くで、
種子を内包しない果物を食べる。
なんて重たいんだって思いますね。
種なしぶどうって、そういう種類があるんじゃなくて、
受粉させずに実をつくらせるらしいですね。
それを考えると、
「種なしぶだうぞ甘き」の「ぞ」という強調が沁みるような気がします。
えんどうけいこさんの
オザケンの95年武道館ライヴの余韻で今も生きてる
ぱっと見で、
おいおい長い余韻だなぁって思ったんですが、
その後で、じわじわと、
でも、そうだよねぇ、そういうことってあるよねぇ……
ってなってきました。
「オザケンの95年武道館ライヴ」の具体性が、
あとからあとからじわじわきますね。
くろじたうさんの
会議後にすぐほしぶどうばらまいてようやくサンタに転職できた
楽しい歌でいいなぁって思いました。
初句の「会議後」でスーツ着たサラリーマンが、
「サンタに転職」で、もうあの赤い上下のサンタ服を着込んでるところが
想像されてたのしいなぁ。
ばらまいてサンタに転職できるものって、
「ほしぶどう」以外にあるだろうかって考えたとき、
うーん、やっぱり「ほしぶどう」動かないなぁって思います。
ドライフルーツってクリスマスイメージありますし、
中でも「ほしぶどう」のフレンドリーさは別格な気がします。

妖精化師さんの
寝返りの打てないままの病室で食べるぶどうに季節感じる
この歌、選ではとらなかったんですが、
作者がわかってから、ああーってなったもの。
作者さんは現在入院中っていうのは知ってたので、
そうか、めっちゃ実感の歌だったんだなぁって思いました。
こういう鑑賞の仕方は、いいかどうかわかりませんが、
作者がわかって、より深まるというのは、
実際のところ短歌でも俳句でもあると思います。
「病室で食べるぶどうに季節感じる」というフレーズが、
いささかストレートすぎるような気がして採らなかったんですが、
あれこれ捻らずに、素直に今の気持を表現されているのが、
実際現在入院中の作者の心情と思うと、
このストレートさがいいんだなぁって思います。
現金かもしれませんが。
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