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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(9月27日)


うたの日

9月27日 投稿なし

この日のお題は「料理」「ガラス」

この日いいなと思った歌は
こりけケリ子さんの
間違えてアンコウなんて買ってきていきなり鍋が光りはじめる
スピード感あふれる流れと、
いきなり光りはじめた鍋が神々しくていいですね。
何と間違えたらアンコウ買ってきちゃうんだろう。
なんだかとても魅力的でした。
西村湯呑さんの
廃校のガラスはほわりあたたかく完結せずともよい物語
「廃校」を描いて、こんなにあたたかい雰囲気っていうところが
まずとにかく魅力的でした。
「廃校のガラスはほわりあたたかく」という上の句ですが、
廃校になってある程度時間の経った、
ほこりでうすく曇った窓ガラスなどを連想しました。
侘しいといえばわびしい情景ですが、
たしかになんとなくほわりとしているような気もします。
ガラスの持ち味である硬質でクリアなところが、
経年によってつもった埃で「ほわり」に見える。
廃校をそういう風に見る「目」がすてきだなぁ。
下の句の
「完結せずともよい物語」
そこにあるだけで、それでいいってことやものって
沢山ありますよね。

天野うずめさんの
駅前にフィリピン料理の店がありいつも何かのゴミがでている
少しだけ、この歌を採るのに躊躇しました。
ぱっと見は駅前にある料理店を外から見た軽いスケッチ的なんだけど、
なんとなく、不穏な感じがします。
飲食店脇にゴミ袋が出ているというのは、
営業時間外とかごみ収集時間前であれば、
割と普通の光景なんじゃないかなと思うんですが、
主体、あるいは作者は、「駅前のフィリピン料理の店」に注目してます。
で、「いつも何かのゴミがでている」という。
主体は、駅前のそのフィリピン料理の店に行った事がなくて、
というかフィリピン料理がどういうものかもあまり分からない人なのかなって
そう思いました。
分からないけど、なんとなく気になる店でもある。
どういう料理がどんな風に出ているだろう、
そんな、想像が追いつかない謎の料理店で、
いつも出ているゴミ袋、その中にも、何か分からないゴミが入っているかもと
そう思って見るから気になって「いつも何かのゴミがでている」
って見えちゃうのかなぁって思いました。
大葉れいさんの
息詰めてカバーガラスをかけるとき世界のふちに触れている指
理科の実験とかでさわったっきりの記憶ですが、
スライドガラスの上に被せる、すっごく薄い正方形のガラスのことかな
って思いました。
プレパラートを一つの世界と感じるところがいいなぁと思います。
緊張した指に掛かるガラスの感触もいいなぁ。
「息詰めて」と、自身の肉体的なことから、
四角いガラス二枚に閉じ込められた「世界」へ、
そしてそこからまた「指」という自身の肉体へ戻っていくところが、
上手いなぁって感心しきりでした。
中牧正太さんの
振り上げてしまった槍をおろせないガラスケースのスパゲッティも
なんだろう、なんとなくユーモラスなトホホ感の漂う、
やり場のない怒りの歌かなって思います。
振り上げてしまっておろせないって、普通だと拳とか、刃とかになるのかな。
でもここで登場する振り上げてしまったものが「槍」っていう。
どこかの部族っぽくて面白いなって思います。
この「槍」が、下の句の、
半分パスタが巻き上げられた状態で固まっている、
例の見本のスパゲッティのフォークと響き合うんですが、
それにしても「槍」を振り上げているのが日常生活と乖離しすぎてて
面白いなって思いました。
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