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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(船)


うたの日

10月21日歌題「船」

切り離す側に痛みはないのかしら例えば船から手を振るこども(しま・しましま)

この日のお題は「ひげ」「船」
この今月に入ってからずっとというと大袈裟だけど、
割とそういう事を考えてブルーになったりしています。
例えば子供の成長だとか、そういう発展的解消みたいな事であったり、
痛けりゃ放せ的な切り離しだったり、
雑誌についてる応募用の葉書の切り取りの場合もあるかな、
まあ色々な別離があるわけですが。
どちらにしても、その痛みの大小はあるにせよ、
きっと切り離された側も切り離した方も
痛いんですよ。

ところで、今回、いいなと思う歌が多くて、
その分記事も長くなることを先に書いておきます。

この日いいなと思った歌。
太田宣子さんの
週末を髭も剃らずにきみとゐて一重のきみも好きだと思ふ
怠惰にすごす週末の感じがすごく好きです。
髭をそらないままの主体とノーメイクの彼女。
で、
「一重のきみも好きだと思ふ」
の、「思ふ」がまたいいなぁ。
口にも出さないという怠惰さ!
でもこれ、
多分本当にそう思っても口に出さない主体が正解ですよね。
西村湯呑さんの
愛、なんて船ゆうれいがつぶやいて思わず渡してしまったタライ
「船ゆうれい」といえば、海で死んだものの亡霊で、柄杓を欲しがり、
その柄杓で海水を船に注いで船を沈没させてしまうっていう
あの「船ゆうれい」のことですよね。
その「船ゆうれい」に乞われるまま「タライ」を渡してしまうとは
なんてうかつな!
でも、
「愛」なんてつぶやかれたら、びっくりして渡してしまうかも。
「あい」ってかわいく手を出してきたんでしょうか。
「愛」の言葉のような気もして、
恐ろしい容貌の日本の「船ゆうれい」じゃなくて、
美しい容貌のセイレーンみたいなのだったのかもとか
想像されました。

こりけケリ子さんの
あらぶれば三人力の髭太郎きょうも一日雲を見ている
すごく面白くて、ハートを迷った歌でした。
「あらぶれば三人力」
という、条件付の怪力、しかも三人力という微妙さ。
しかも、どうやら荒ぶる気配なしの様子がいいですね。
○人力っていうと、
日本の昔話に登場する某太郎を連想するけど、
ぼやっとしてるところが楽しいし、
「きょうも一日雲を見ている」という下の句の爽快感が好きです。
まな!さんの
目とひげを書けばなんでもパパになるノートもミカンもお家の壁も
微笑ましいお絵かきがどんどん場所を移動していくところが面白くて、
可愛いなって思いました。
幼い子のミニマムな「パパ」、目に浮かぶようです。
点をふたつ書いて目、これでもう「人」で、
そこにひげを付け足したら、これは「パパ」。
「これは?」「パパ!」「これは?」「パパ!」「これは?」「パパ!」
という会話が聞こえるようでした。
404notF0816さんの
スポンジにひげ根をぎちと絡ませて貝割れ大根まだ生きてをり
貝割れ大根のスポンジ、たしかに根っこがぎっちり絡んでますよね。
「ぎちと絡ませ」「まだ生きており」
力強い言葉でその「命」を詠った歌ですが、
その裏に、そうやって販売しなければ無理なぐらい
弱々しい野菜でもあるって思うと
貝割れ大根の悲哀を感じますね。
えんどうけいこさんの
歯みがきをするより前にひげを剃る 知らないことはきっとまだある
初めて一緒に朝を迎えたカップルの、
女性側からの視点の歌かなと思います。
今初めて知ったこと、
これからも少しずつこの人の事を知っていくんだろうなって
そういう未来のほんのりした明るさがいいなって思いました。
照屋沙流堂さんの
なにもかもやる気をなくし部屋に寝てそれでもまあたらしきひげである
本体の方はすっかりやる気をなくしてても、
ひげだけは生えてくる。
無常感のようでもあり、
ひげだけやる気まんまんなユーモアのようでもあって
面白いなって思いました。
「あたらしき」ではなくて「まあたらしき」の「ま」に、
なんとなく明るさを感じます。
朝月さんの
少年は旅立つひとり船を漕ぎ世界史教師の声に揺られて
上手いなーって唸らせられますね。
居眠りのことを「船を漕ぐ」っていいますが、
たしかにたいくつな授業って眠くなっちゃいますよね。
それを「少年は旅立つ」「ひとり船を漕ぎ」
と表現されたところが凛々しくてすてき。
しかもそれが「世界史教師の声に揺られて」なので、
旅立った先が「世界史」の広がりのようにも感じられました。
水色水玉さんの
黒船はあの日すでに知っていた アワダチソウやハロウィンの秋を
この歌に、「アワダチソウ」を登場させたところが、
もうすごくいいなって思いました。
明治に入ってきて、昭和にはもうかなり繁殖してたらしいこのアワダチソウって
もうすでに、同じ秋の黄色い花であるオミナエシを抜いて
秋の野山、川辺の風景として一番勢いがある植物なんじゃないでしょうか。
アワダチソウが駆逐してしまった日本固有の植物のことも
頭に浮かんで、ちょっと切ないですよね。
あと、
「黒」船に、アワダチソウの「黄」、
そこにハロウィンの「黒×オレンジ」の色合いが想像されて
色彩的にもあざやかでした。
静ジャックさんの
ちっぽけな船を浮かべた公園の池が僕らの大洋だった
幼い頃、おもちゃの船を持ち寄って遊んだ公園の池。
「ちっぽけな」という形容詞は、「船」にしかついてないけど、
多分、「公園」も「池」も、もちろん「僕ら」も
小さかったんでしょうね。
大人になって、その小ささに気付くけど、
当時感じたわくわくは小さくならないですよね。
「大洋」という表現もいいなって思いました。
「タイヨウ」という音から、太陽も想像されて、
きっとその池は(実際はそうでなくても)公園のど真ん中にある、
わくわくの源のような存在だったんじゃないかと思います。
南瑠夏さんの
虹色の光と泳ぐ 湯船ではみんな人魚の記憶があるの
「虹色」「光」「船」「人魚」「記憶」
ロマンチックな想像がふくらむ言葉が並んでいて、
ちょっとくすぐったいようなぐらい。
お風呂で人魚になりきって遊んだ子供の頃
という解釈でいいのかな?
って、ちょっと不安になりますが、
わたしはそのロマンチックさと
あるあるのギャップが面白いなって思っていただきました。
だゆうさんの
名称は「日本財団」に変りたる「日本船舶振興会」はも
「日本財団」って言われても、すぐには分からないけど、
競艇とかの元締め的な存在のとこですよね。
以前の名前はそれっぽいんですが。
大昔、この会の笹川会長みずから出演した
「戸締り用心火の用心」「一日一善」
ってCMありましたよね。
そんなことを思い出しました。
さて、作者は「船」というお題で、
この会の名称変更のことを詠もうと思われたわけですが、
そこに至る心境がはっきり描かれているわけではありません。
が、「はも」という一語に、
なにやら万感の思いがあるみたい。
ポジティブな方向なのかネガティブな方向なのかは
わかりませんが、
なんとなく胸に来るものがありました。
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