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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(はしご)


うたの日

10月29日歌題「はしご」

柿の木に長いはしごを立てかけて蟹の子色の夕日をつかむ(しま・しましま)

この日のお題は「はしご」「銀河」
うちの家の道路を挟んだ斜め向いに大きな柿の木があって、
秋になると朝夕この柿の木を眺めながら暮らしてます。
この柿は多分渋柿なんじゃないかな。
というのは、この柿の木の柿を、人が取っている所を見たことが無いから。
でも、この柿の木にはしごを掛けるなら、
けっこう長いはしごが必要なんじゃないかなぁって思ったり。
ちなみに、蟹の子色についてですが、
赤いのは火を通した蟹だろって心の中でつっこんだりしますが、
さるかに合戦の絵本の蟹って、どれも赤いんですよね。
さるが実写的に描いてある絵本でも、蟹の色は赤っぽいという。
不思議ですよねー。

この日すきだった歌。
気球さんの
屋上に続く梯子を降りてくる男子が告げるもう開かないと
跳ね上げ式の戸につづくはしご。
わたしは、最初「屋上」「男子」という言葉から、
これは学校なのかなって思って、
それから、学校に跳ね上げ式の戸で屋上へ行くって余りないかなぁ
って思ったりしたんですが、
作者の気球さんによると、やっぱり学校でよかったみたいです。
なんとなく、不穏で緊迫した雰囲気も感じられて、
とても惹かれる歌でした。
文佳さんの
きみはまた銀河の星になりたがりつまさきを少しとがらせている
この歌も、強い青春性と不穏な雰囲気があって、
とても惹かれる歌でした。
「きみ」のちょっと生き急いでいるように見える様子を
「つまさきを少しとがらせている」
と表現されているところ、
素敵だなぁ。
「きみ」から目を離したらどうなっちゃうかわからなくて、
ずっと心配してる主体が感じられます。

天野うずめさんの
はしご車も展示しており秋空の下のはたらく車祭りは
「はたらく車」って言うだけで、
何かわくわくするものがありますが、
「はたらく車祭り」!
(あ、わたしの好みの話ですが祭に送り仮名が無いほうが、
イベント感があるような気がします)
農業関係のはたらく車の展示会みたいなのをやっているのを
見たことはありますが、
JAの展示販売会とは違うんだよっていう
楽しさやスケールの大きさがいいですよね。
「秋空の下」っていうのが気持ちよくて、
すてきな歌でした。
くろじたうさんの
久々に別れた女に会いましたおさげは既に縄梯子でした
面白い歌だなぁ。
別れた女に久し振りにあったら、
おさげが縄梯子になっていた。
ってどういう?
「既に」という一語から、
別れる前から、
なんとなく縄梯子化しそうな予感があったおさげだったのかな
って思わせるものがありますね。
縄梯子は登るためのもの。
長い髪の毛を使って登らせる……
となるとラプンツェルが浮かんできますが、
さすがにラプンツェルもそこまでしますかね。
という、なんとなく泥臭い尽くすタイプの女が
浮かんだり消えたりします。
日常の中に、当り前の顔をして変なところが混じるような
こういうミラクルワールド大好きです。
桔梗さんの
終電の窓の向かうにすれ違ふカムパネルラは微笑んでゐた
「銀河」のお題を「銀河鉄道の夜」の登場人物で表現するって
すてきだなぁ。
「カムパネルラ」は、少年(少女)時代、
あるいは「銀河鉄道の夜」を愛読していた頃の自分の象徴でしょうか。
疲れて家路についた「終電」の中で、
窓の向こう、それもすれ違うという一瞬に、
彼の姿を見たというところに強い喪失感があるようにも思えますが、
結句の「微笑んでゐた」がいいなって思います。
三畑幾良さんの
屋上で今お汁粉を飲む人は銀河の中で一人だけだよ
缶入りのお汁粉ですよね
って確認したいけど、
「銀河の中で一人だけ」
って断じられるということは、
もしかしたら缶しるこではないのかも。
「屋上で今お汁粉を飲む人」
という、
おいおい藪から棒にレアケースだな
って思った瞬間
「銀河の中で一人だけだよ」
ってくるので、
セルフ突っ込み来た!みたいな面白さがありました。
そういう面白さもですが、
それを「銀河」というスケールの大きさで
表現してあるところが魅力的でした。
平らな屋上から、ぐりんって夜空がパノラマに展開するようなイメージ。
桜望子さんの
渦を巻くミルクに銀河見出していると知らずに君飲むカフェ・オ・レ
「渦を巻くミルクに銀河を見い出している」
というところも好きですが、
見い出している主体と、
それを知らずにいる君
というところがいいなって思いました。
ただ、
「君飲むカフェ・オ・レ」で急に助詞が消えて、
詰まった感じになってるのが残念な気がします。




ところで、
俳句でも時々見かけて気になってたんですが、
「生れる」という言葉を、
「うまれる」ではなくて「あれる」と読むというもの、
文語だと「生る」(うまる・ある)。
うまれる、の方は確かに産れるというんだけども、
あれる、の方は神とかそういう神聖なものの出現のこと
だと思うんですよね。
俳句でも
「蜻蛉生る」みたいな「○○生る」という季語を
「とんぼある」って読ませる人がいるんだけど、
それって違うんじゃないかなぁと常々思ってます。
五音で使いやすいかも知れないけど、
「とんぼうまる」「とんぼううまる」が正しいんじゃないかなぁ。
とか、思ったりした日でした。
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