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しま・しましま

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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(百・並)


うたの日

11月6日歌題「百」

玉葱を百回剥かばその中に(真珠/辣韮)いづれか出でむ(しま・しましま)

この日のお題は「百」「毛糸」
玉葱のまんなかにあるのがらっきょう、
だと、子供のときに誰かから教わって、
わりと長い間それを信じていました。
今考えるととなりの県の人に叱られそうです。

いいなと思った歌。
吉川みほさんの
山百合が知らない場所で燃えること燃えうつること燃えつきること
うたの日にもコメントしたんですが、
とにかくまず、「山百合」を「燃える」って表現されていることに
ハッとさせられました。
赤い花、群生するものを「燃える」と表現するのは、
俳句などでもよくある、というか
ありすぎて逆にハイハイってなっちゃうんですが、
山百合のような白い花を「燃える」と表現されたのが意表をつかれました。
でも、言われてみると、
あの白さ、大きさ、あの強い雰囲気は、
たしかに「燃える」という言葉に相応しいかも。
それも「知らない場所で」自生している山百合を想像するときに、
「燃える」とおもうところが素敵だなって思います。
そして、「燃えつきる」ところまでを思うってところが、
なんか、いいなって思いました。
「知らない場所で」咲いているだろうけれど、
それはひっそり咲いているわけではなくて、
きっと、(私は見てはいないけど)荒ぶっているんだろう
って感じがしました。

きいさんの
百均の棚より来たるガジュマルが足を踏ん張り大きく育つ
百均で販売されている小さな植物、
上手く気長に育てると、結構どれもしっかり育つらしいですね。
このお歌では「ガジュマル」ですが、
サボテンとかポトスとかパキラとかじゃなくて
「ガジュマル」っていうのがいいですよね。
あのぼこぼこした幹(?)のユーモラスな感じ、
あれがいかにも
「足を踏ん張り」って感じで、
まるでその足で百均の棚からそのまま歩いてきたみたい。
生命力のかたまりみたいで楽しい歌だなって思いました。
加賀田優子さんの
ともだちを百人つくってあいうえお順に絶交していくんでしょ
SNS時代の、というか、携帯電話時代に生まれ育った人の歌って
そんな感じがしました。
ともだち百人
っていったら、やっぱり富士山の上でおにぎりかって
思っちゃうけど、
あいうえお順のリストにして、上から順に絶交していくという……。
友達の、目に見える形でのリスト化って
携帯のアドレス帳とか、フレンドリストって感じがして、
平成時代の人の歌だなぁってしみじみ思ったわけです。
「ともだち百人」「あいうえお」「絶交」という言葉の無邪気さが
リアリティというか実体のない空虚な感じで、
寒々しいようなユーモラスなような、不思議な雰囲気がしました。



11月7日歌題「並」

遊びつつ帰る子供に追い越され並木もわたしも景色のひとつ(しま・しましま)

この日のお題は「並」「茄子」
この日出した歌は、
実はぺんぎんぱんつ賞に投稿した連作から外したものから
連想的に出てきたもの。
つまり、
ぺんぎんぱんつ賞に投稿しました、
という特に意味の無い報告。

この日いいなと思った歌。
天野うずめさんの
解説の都並敏史の声聞こゆ負けているらし日本代表
サッカーについて、わたしは多分そこらへんのおばあちゃん並に
知らないし、興味も持ってないんですが、
「解説の都並敏史」で、
あ、これは多分サッカーの国際試合なんだなって思いました。
「都並敏史」という人を知っているから、
ではなくて、
「解説のツナミ」という部分に聞き覚えがあったから。
その後ググッて、あー、やっぱりサッカーの人だった、
と、確認しました。
ちなみに「敏史」という名前の部分は、どう読むのかわかりませんでした。
と、長々と自分の事を書きましたが、
それを踏まえて、
この歌の主体も、あまりサッカーに興味の無い人で、
家族が見ている試合の中継を、
何かほかの事をしながら聞くともなしに聞いている
という情景かなと思いました。
この歌に直接出てこない、
「テレビ中継を見ている家族」が感じられるところが
いいなと思います。
沼尻つた子さんの
野菜界でいちばん嘘が上手そうなつやつやの茄子を揚げてやる
「野菜界でいちばん嘘が上手そう」って
なんかいいですね。
多分、茄子全般がそうなんじゃなくて、
つやつやで皮に弾力があるぴちぴちぱんぱんの茄子が、
そうなんじゃないかと思います。
このつやつやの茄子を、よりによって「揚げてやる」なんて
ああ、
なんておいしそうなんだろう。
晩ご飯の後なのに、揚げ茄子食べたくなって困る歌でした。
結句が五音なのが、ちょっと気になるところでしたが、
「茄子」のうたの中で一番おいしそうでした。

吉川みほさんの
点々と並ぶ錠剤飲み終えてまぶたを閉じたあとの粉雪
「点々と並ぶ錠剤」を、
昨夜の時点では、「テーブルに広げた今飲む錠剤」
の描写だと思ったんですが、
今日になって、
あ、もしかして薬シートの描写だったかな、
と思ったりしました。
前者だと複数の錠剤、複数の病状それぞれの薬を
一度に飲まなければいけないことへの
何かしらのひやっとした気持かなって思うけど、
後者なら、たとえば鎮痛剤とか眠剤を服用して、
それが効くまで待っている時間のひんやり感かな
と思ったりして。
下の句の「まぶたを閉じたあとの粉雪」が
ホントに印象的で、
特に体言止めの「粉雪」が、
拡散されていく意識の広がりのような気がしました。
雪間さとこさんの
君の言葉アルパカ並みにあたたかく思い浮かべて枕にしてる
もう、一目見た瞬間から、
あっかわいいな、すてきだな
って思いました。
いつも自分が座ってる傍に置いて肝に銘じる、みたいな言葉のことを
座右の銘
っていいますが、
このお歌の言葉は、もっと近くて、
「枕にしてる」っていうところ、
「アルパカ並み」っていうぐらいだから、
単にあたたかいだけじゃなくて、ふわふわで心地よくて、
あー、なんてうらやましくさせる歌なんだろう。
(と、感想すら放棄させるうらやましい歌でした)
文乃さんの
端の木が今年も最初に色づいて銀杏並木の秋が始まる
銀杏並木っていいですよね。
あのあざやかな黄色は、風景全体で言えば秋の終りの感じだけど、
銀杏並木自身からしたら、たしかに秋の始まりかも。
ぼんやりしてたら、どの木から色づき始めたのか、
気が付かないまま、全体的に黄葉してしまうだろうけど、
作者は、毎年、端っこの木から色づくことを知ってる
ってところがいいなと思います。
毎日見る並木なんでしょうね。
色彩のイメージ力の強さと広がりがすてきでした。
ルオさんの
ばあちゃんの茄子素麺は本州じゃ食えない味と家を出て知る
「茄子素麺」!
しかも「ばあちゃんの」!
どういう食べ物なのかわかりませんが、
ものすごくおいしそうで、
しかもしかも
「本州じゃ食えない味」と先に言われてしまうという
この切なさ。
破壊力抜群でした。
西村湯呑さんの
ときどきはおばけみたいなナスが獲れ、ボーナスと呼んでます。 生きてます。
「ボーナスと呼んでます。」からの
一字空けの「生きてます。」がもうツボでした。
よかった、
駄洒落の寒さに凍え死んだ人も、羞恥の余り舌を噛んだ人もいなかったんだ。
と、思ったんですが、
もっと素直に、
ときどきボーナスが獲れる生活をしながら、
のんびりと生きている人
と読んでも楽しいですよね。
小宮子々さんの
もし君が私を捨てたなら一生茄子を食べられなくなる呪い
なんという恐ろしい呪い……
ん?おそろ…しいのか?
という、
人によっては全然恐ろしくないどころか、
上等とも思えるかもしれない呪いで
脅すところが可愛くて好きでした。
っていうか、その呪いを主体自身がかけたのか、かけるっていうのか、
誰かがすでにかけているのか、
それがはっきりしないところも面白いなって思いました。
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コメント

いつもありがとうございます。しまさんの「並」のお歌、映画のワンシーンみたいに、情景が流れるように見えてきて素敵ですね。「並木もわたしも景色のひとつ」にも共感しました。私の銀杏並木の歌は実景です。私の通った大学に銀杏並木があって、その橋の一本が毎年、他の木よりも一足先に色づくんです。すっかり忘れていたのですが、今回のお題で思い出して歌にしてみました。題をきっかけに意外な記憶が掘り起こされるのも、題詠の面白さですね。

Re: タイトルなし

コメントありがとうございます。
一つのワードからまた一つのワードが出来て、
そこから記憶が蘇ることありますね。
風景が見えてきて、そこから作者の視線が見えるような素敵な歌でした。

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