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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(全校生徒600名の前で一首)


うたの日

11月21日歌題「全校生徒600名の前で一首」

あがらない呪文「カボチャの頭」ってホントは前からおもってました(しま・しましま)

この日のお題はこれひとつ。
うたの日が開催されてから600回目の記念詠的なねたの日。
友達以外はみんなカボチャ
そう思っていた時期がわたしにもありました。
でもね、
だからって大勢の前で何かを発表するとか
あがらなくなるわけではないんですよ。
ちょっと考えてみてほしい。
600個のカボチャが並んだだだっぴろい場所で
たった一人声を張り上げるところを。
それはそうとう変な状況よ。
しかもそのカボチャには目と口があるんだよ
普通に人前でしゃべった方がましだわ
と、
気付いたときにわたしも真人間になれました。
というのはうそですが。
極度の恥ずかしがり屋をこじらせて
誰も自分を気にしてない
誰も自分に注目なんてしてない
誰も見てない
わたしは透明人間みんなはカボチャ
という境地いや窮地に至ったことは本当でした。

この日いいなと思った歌。
文乃さんの
きみたちが600通りの声をして今歌いだす校歌斉唱
一目見て、いいなぁって思って、
その後もじわじわといいなぁって思える歌でした。
この日のお題である
「全校生徒600名の前で一首」
というのを忘れても、
きちんと成立する端正な歌。
「校歌斉唱」がいいですよね。
何かの式典、
全校生徒が集まっているということで
卒業式とかを想像しました。
高い声、低い声、
男の子の声、女の子の声、
大きい声、小さい声、
いろんな声があって、
そのひとつひとつの声には
それぞれの学生生活をしてきたバックがあって
それがまた味わいがあるという……。

須磨蛍さんの
カボチャだと思えば一面一様なジャックオーランタンほの笑う
お、カボチャ
というところでまず目を引かれました。
あがり防止にたくさん並んだ人の頭を
「カボチャ」に例えるのと「ジャガイモ」に例えるの
どっちが一般的かなぁと思ったんですが、
須磨蛍さんの歌で、
もしかして「カボチャ」優勢なのかな、と思ったりして。
まあ、それはいいんですが。
「みんなカボチャだと思えば……」「思えば……」ちらっ
という状況で、
そのカボチャが、目の部分を暗く繰り抜かれて、
薄ら笑いの形に口があるジャック・オー・ランタンの方だった
って、
怖すぎます。
何にも言わずにニヤニヤ笑いを浮かべてる聴衆……
いや、めっちゃ怖い歌でした。
静ジャックさんの
1000人を超えてたこともあったのに 恋をしようよ楽しく生きよう
「恋をしようよ楽しく生きよう」
この一見Jポップ的な(?)軽いフレーズ。
でもよく考えたら
「命短し恋せよ乙女」とか、大正時代からの定番フレーズですよね。
上の句の
「1000人を超えてたこともあったのに」
という、嘆きにも似た言葉。
少子化ゆえの生徒減少なんだろうと思いますが、
誰視点の言葉なんだろうなって思いました。
校長先生だって、
そんなに長く同じ学校にいるってわけじゃないですよね。
理事長?
って思うと今度は学校経営の生々しさが前に出ちゃって、
下の句が響いてこないな……
ということで、
もしかしたら、学校の校舎とか、シンボルツリーとか
そういう、人間じゃないものの視点かなぁって思いました。
(命短し)「恋をしようよ楽しく生きよう」(人間のこどもたちよ)
みたいな。
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