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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(結婚)


うたの日

11月22日歌題「結婚」

結局はしないに傾く結婚の残り香だけがほのぼのとある(しま・しましま)

この日のお題は「ラブレター」「結婚」
ここ最近(21日はそうじゃなかったけど)
きゅんとする恋歌を目指して詠んでますが、
だんだんと一連の短歌の主体が
自分を離れてなんとなくキャラ付けがされてきそうで
なんとなく怖いなと思ったり。

この日いいなと思った歌。
木原ねこさんの
ラブレターあのとき封をした指は今はきりりと春巻きを巻く
なんの変哲もない縦長の封筒なら、
ぴりっとシートを剥がすとべたっとした糊部分が登場しますが、
ラブレター用の封筒って、
一応糊がついていても、
指を使って、自分でちゃんと糊付けの必要がありますね。
あの感じと、
春巻きの巻き終りの指使いの感じが重ねてあるのが
まずいいなって思いました。
「きりり」がまたいいですね。
少し手が込んでる「春巻き」をささっと作っちゃうところに
新婚さんではない主婦感があるような気がしました。
あの時出したラブレターの結果はどうだったかは置いておいて、
今はこうやって、きりっと夕食の準備をする主婦になってる。
っていう感慨がいいなぁ。
「きりり」だけじゃなく「はるまき」の音の明るさも好きです。

これはわたしの好みの押し付けなのかなとも
うっすら思いますが、
「指は今は」と「○○は」が二つ続くことで、
せっかくの「指」が少しぼんやりしてしまうような気がします。
でも、
どうなんだろうなぁ。
先般行われた「うたの人」の評でも、
わたしだけが重箱の隅をつついたようなことを書いている
ような気がすることが多々あって、
もしかしたら、本当にただの重箱の隅つつき女なだけかもとか
思ったり……
だとしたら非常に申し訳ない気持で、
うたの人のコメントも気にしないでもらえるとありがたい
とか思ったりしています。

文乃さんの
二十年経っても知らぬことがありそれでも同じ海を見ている
結婚して一緒に暮らすようになって、
長い時間が経っても、
それでもまだ知らないことがある
って、本当にそうだなぁと共感しきりでした。
長いからこそ生まれる「知らぬこと」もあるんでしょうね。
5年10年20年、そしてこれから、
少しずつ知って行ったりちょっと忘れちゃったりしながら
一緒に生きる
「結婚」ってそういうものなのかも知れないですね。

augさんの
封筒の中身は、いっしょに行ってみたいお店の名前を並べた便箋。
一目見て、「うわーかわいい」って思っちゃいました。
受け取った相手次第では意味不明な手紙にもなりそうだけど、可愛いなぁ。
永昌さんの
好きですといえない僕のしたためるお元気ですかで始める手紙
不器用な男性像がほわほわっと浮かんできます。
とぼけた感じの穏やかなユーモアがいいなと思いました。
藤 かづえさんの
とりどりの便箋、くさぐさの言葉、渡せぬままの手紙のために
(色)取り取りの便箋と、種々の言葉
ラブレターを書くために集めたものを
575部分を二つに分けてゆったり詠まれているところが
古風な言葉にあっていて素敵だなって思いました。
鳥や草がなんとなく連想されるひらがな表記もいいなぁ。
小向大也さんの
花嫁と呼ばれるきみを明日から何と呼びつつ暮らしてゆこう
花嫁と主体の関係が今一つはっきりしないんですが、
花婿として読むと、かわいくてうらやましい悩みだなって思えます。
沼尻つた子さんの
サムシングブルーとしての憂鬱をすこしたずさえあなたは嫁ぐ
結婚の時に何か青いものを身につけると幸せという「サムシングブルー」
そのブルーとして「憂鬱」のブルー
というのはおしゃれな視点だなって思いました。
きいさんの
理想的な父親である君といて独り占めしている結婚である
「君といて独り占めしている」というのが「結婚」というのは、
かわいい結婚観だなって思います。
しかも「理想的な父親」でもあるのに独り占めとは贅沢ですね。
お子さんが寝てるすきの独り占めでしょうか。
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