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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(ページ)


うたの日

12月6日歌題「ページ」

またあのページに辿り着いてしまう夜の冷えではない指の冷え(しま・しましま)

この日のお題は「予定」「ページ」

わたしは好きな本は何度も繰り返し読む派ですが、
人の死とか、何かが決定的に崩壊してしまう
そんなシーンが近づくと、
毎回そこで手を止めてしまうような本がいくつかあります。

この日いいなと思った歌。
吉川みほさんの
スケジュール空白続けば続くほど みっしり詰まる多肉植物
「スケジュール」の「空白」、つまり何も予定がない状態と、
「多肉植物」の「みっしり詰まる」ことは、
多分何も因果関係はないとは思うんですが、
響く感じがいいなと思いました。
空白が多すぎるのも、
なにかしら圧迫感がありますよね。
心理的に。
「多肉植物」の、なんとも言えない充足感も、
「みっしり」「詰まる」と重ねられると、
圧迫感が半端ない気がします。
ナタカさんの
やわらかになったページを捲りつつこれが父の好きな「津軽」か
文庫本の太宰治の「津軽」
を、想像しました。
お父さん愛読されていたんでしょうね。
「ページ」が「やわらかに」なるという、
愛読を超えた愛読ぶりを彷彿とさせる表現が
すてきだなと思いました。
そして、
主体の、「父」と父の愛読書だった「津軽」への
眼差しの温かさもすてきです。
で、ね、
この歌、下の句が一字足りないんですよね。
「これが父の好きな「津軽」か」
の後、「 」という一拍が入るような気がして、
そこに、何か主体の、
最後言葉にならなかった思いが籠められているような
そんな気がしました。

水沼朔太郎さんの
まひるまの長さに耐えれぬ私たち少しずつずつ予定早まり
この歌も、
実はハートにしたいぐらい好きな歌でした。
「私たち」ふたりの気持が、
夜へ夜へとどんどん前のめりになっていく感じが
すごく好きでした。
「まひるま」っていう言葉、
これはわたしの勝手な印象ですが、
なんとなく、詩的なポーズの感じられる、
割と危険なワードだと思ってるんですが、
この歌の「まひるま」は、
すごく「まひるま」が効果的な感じがしました。
二人の切迫した感じと対比して
ただの「昼」「昼間」では出せない味わいが
あるように思えました。
ただ
「耐えれぬ」のら抜き言葉を使いつつの文語に
ちょっと違和感があって、
そこが強く印象に残っちゃうのが残念な気がしました。
ここでひっかかってしまって、
下の句の「少しずつずつ」の面白さが
薄れちゃうようでした。
有華さんの
猫たちの集会予定欠員で 二段とばしにずれていく夜
下の句の
「二段とばしにずれていく夜」
が、もうなんとも好きです。
猫の集会に欠員があって、
集会の進行にずれが出来る、
というようにも思えるし、
どこかの階段に集まった猫たちが、
数が少なくて、
文字通り「二段とばし」ぐらいの感覚で
溜まっているようにも思えました。
このうたは、「予定」という題だから
仕方ないのかも知れないけど、
上の句の
「集会予定欠員で」
が、ちょっと言葉が詰まり気味なのが、
すこしだけ気になりました。
木原ねこさんの
子の熱はきょうの予定を狂わせて私にやさしい声を出させる
子供の急な発熱って、
親としてはホント心配しますよね。
病院にも連れて行かないといけないし、
あれこれと世話もしないといけないし、
食事のメニューも変ってしまう。
ちょっとイラつくぐらい
その日の予定が狂ってしまうんですが、
それでいて、
「やさしい声」を出させるものだっていう。
うんうんって共感しました。
熱の子への声って、
自分自身で思った以上に、
「やさしい声」になってたりします。
沼尻つた子さんの
花を待つ花瓶の水のように揺れ週末の予定はあけてある
いやー、上手いなぁって思います。
まだ「花」も「週末の予定」も
実は無い段階なのに、
それらの心華やぐ予感がひしひしとあります。
ただそれだけではない、
ひんやりとした「水」の「揺れ」が
おとなっぽいなぁ。
小川けいとさんの
真っ白のページを並べハムたまごきゅうりで綴るやわらかい朝
わたし、この歌を見たときに、
「真っ白のページ」は、
二つ(あるいはそれ以上)並んだ白いお皿だと思ったんですよ。
真っ白な。
そこに並べられる、
「ハムたまごきゅうり」
ももいろ、きいろ、みどり
が鮮やかで、
明るい朝のよろこびみたいな。
そしたら、作者の小川さんから、
「真っ白のページ」は
サンドイッチ製作途中のパンだったと伺って、
あー、なるほど!
って感じでした。
だからこその
「やわらかい朝」なんですねー。
お皿ではなくてパンでしたが、
やっぱり明るい朝のよろこびの歌だなぁ。うん。
豆打だんすさんの
ぼくの背にぼくについての本がある風でページがたまにめくれる
自分の背中に、
自分自身では読めない、自分について書かれた本がある
っていうの、
なんだかいいなぁって思います。
それはきっと、他者が読むための本なんだろうなって
そう思うので。
それが「風でページがたまにめくれる」こともある。
きっと、うすーく、その感覚が伝わるんでしょうね。
もしかしてもしかして、
風がめくったような気がしたけども
こっそり主体のことを知りたい誰かがめくっているのかも。
柊さんの
ふわふわと心はどこにあるのだろう同じページを何度も読んで
自分でも、なぜか分からないけれど、
本を読んでいてもちっとも
それが頭に入ってこない、
落ち着かないなっていう時がありますね。
そんなとき、
心がふわふわどこかへ飛んでいってるように思う、
あー、分かるなぁ。
「ふわふわと」のやさしい表現から、
その落ち着かない理由が、
あまり深刻だったり暗かったりするものでは
ないのかもって思わされます。
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