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しま・しましま

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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(柄)


うたの日

12月8日歌題「柄」

失くしたもの思い出すとき吐く息が湿らすモップの柄、その他(しま・しましま)

この日のお題は「定規」「柄」
87584
というクソ字足らずな歌でした。
なんていうか、
リビングをモップで掃いてて、
たった一匹猫が減っただけで
こんなに違うもんだなぁとか、
折に触れては思い出してウェッティな人と化してます。

この日いいなと思った歌。
太田宣子さんの
母の手は体温計にも定規にもなつてわたしの世界を測る
うたの日の他の方のコメントを読んで、
あ、なんとなくわたしの感じ方とは
違う方向だな……
と思ったんですが、
気にせず突き進みます。
このうた、こわい歌じゃない?
最初読んだときに、あっこれは女性の作品だなって
そう思いました。
「母の手」が「体温計」になる、
それは幼少時のほんのり甘やかな思い出の中の手ですが、
その「手」が、
子供が成長するにつれて、
大きさを測る、体調を測るから、
子の世界を測る「定規」になるわけです。
それは「母」の定めた道徳観や世界観で測られるって
そういうことかなぁと思って、
どこ行くの?誰と会うの?
って、腕とか鞄を掴まれた感覚が
うわーっとよみがえってしまいました。
今年の夏、
病葉や女に重き女親
という俳句を詠んで、
しかもわたしの母も参加している句会に出すという
暴挙に出たわたしなので、
より穿った読み方になってしまったかも知れません。
桜望子さんの
手の中に握った柄の冷たさに刺されていたのは私のほうだ
うたの日のコメントの繰り返しになるけど、
どきっとする歌でした。
これは刃物の「柄(つか)」なんでしょうか。
「冷たさ」ということは、
とっさの殺意に思わず握ったものと思いました。
この刃物を実際に(歌の上でだけど)この後使ったのか、
結局は使わなかったのかは分かりませんが、
刺すより前から
「刺されていたのは私のほうだ」
という主体。
わたしは、この歌、
「柄の冷たさに」で一旦軽く切れて、
「刺されていたのは」と下の句になる
と読んだんですが、
どうなんでしょうね。
「柄の冷たさに(触れて一瞬びくっとする)刺されていたのは」
という感じに、普通に読んでました。
「冷たさに刺される」
という読み方もあったなぁって
今になってちらっと思ったりもしていますが。

えんどうけいこさんの
数十年前に背中に入れられた定規が今も折れないままだ
「定規」の歌では、
ぎゃー、読みが人と全然違うベクトルやったー
ってことが多くて冷や汗。
この歌も、
他の方のコメントを読んで、
あ、「定規」は比喩だったんだ
と気が付きました。
わたしは、
子供の頃に、姿勢を正すために背中に突っ込まれた竹の定規が
今でも実家であの頃のまま現役で使われてて、
そうそう、そういう変な思い出のあるシロモノって
無駄に(無駄じゃないけど)丈夫だったりするよね
って思ってました。てへ。
雀來豆さんの
横暴な文具屋店主、分度器の代わりに落ちた半月を売る
タブロイド誌の見出しっぽくて面白いなって思いました。
いいですね。「横暴な文具屋店主」
オマエごときはこんなもんで測ってろ
みたいな感じなんでしょうか。
にしては逆に贅沢なような。
ああ、酷い話なのにファンタジック!
葵の助さんの
線を引く覚束ない手を思い出す娘の定規で背を掻きながら
こういうずらし方好きだなぁ。
幼い頃の娘の「手」を思い出す、
おぼつかないけど一生懸命に真直ぐな線を引こうとしてる、
そんな手を。
っていう
「うちの子あんなに可愛かったなぁ」系の追憶から、
現在の主体自身にぐっとひきつけられていく感じ。
しかも、
「定規で背を掻」くという、
ややトホホで怠惰な感じの主体っていうのがいいですね。
わたし、
他人の日常系トホホが大好物なんです。
須磨蛍さんの
一張羅の背広で父は結納の柄樽(えだる)を抱えゆっさり歩く
なんとも言えないいい情景だなぁって思います。
わたしがつい最近、結婚式に出席してきたから
余計そう思うのかも。
まあ、新婦側として、ですが。
主体は、若い男性かなと思います。
結納品の柄樽(角樽のことかなと思いました)を抱えた父親が
主体の前を歩いていて、
よたよたするほど重いものでもないけれど、
重そうにゆっくり歩いているように見えた。
自分以上に父が緊張してるんだなって
後から見てるのかなぁって思いました。
なんとなく、まじまじと父の後姿を見て、
ああ、この背広は例の一張羅のやつだな
とか、そんな事も発見したりして、
そういう視線の動きが面白いなと思いました。
だゆうさんの
歯ブラシの柄がべたべたの変え時に樹脂とかブラックとか言わないでほしい
なんでしょうか、
脱力するような不安感をあおる、
なんとも言えない魅力のある歌でした。
だいたい、
「歯ブラシの柄がべたべた」
という「変え時」ってどういう状態だよって
突っ込みたくなりますが、
次の
「樹脂とかブラックとか」
という「言わないでほしい」フレーズは
何なんだと、
そっちの方が余計謎なので、
あえて、そういう「変え時」の場合もあるのか
と、乗っておきます。
しかし「樹脂」は、
なんとなく「歯ブラシ」に関係ありそうな気がするけど
「ブラック」って何なんだろう。
あんまりよさげな言葉ではなさそうですよね。
結句の「言わないでほしい」の、
どことなく弱気な感じも面白かったです。
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コメント

引いて下さりありがとうございます。

しまさん、引いて下さりありがとうございます。(遅くなってすいません)
拙歌を丁寧に読んでもらってとても嬉しいです。歌意は読まれた通りです。
この歌は実景なのですが、柄樽は当時の父のセリフから取りましたが、確かにお祝いだと角樽の言い方が主流かもですね。
自営業でスーツなどほとんどを持ってない父がまさに一張羅の背広でかなりがちがちでなんかギクシャク歩いてて、結婚するのは僕なんだけどなぁと思ってました。
他の方への評もそうなんですが、しまさんの言葉は的確で同時にとても優しいですね。また、しまさんに取り上げてもらえるような良い歌を頑張って詠みますね!

Re: 引いて下さりありがとうございます。

柄樽って、お父様の言葉からだったんですね。
こういうのも地方によって違うのかな。そういう呼び方で地方色が出るというのが、またいいですねー。うまく表現できませんが、真実からくるリアリティの力強さというか、そんな感じがします。

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