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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(ジャニーズ・住所)


うたの日

12月9日歌題「ジャニーズ」

主なき部屋で時々風に揺れニシキド君の黄色い団扇(しま・しましま)

この日のお題は「DNA」「ジャニーズ」
ほぼ実景みたいな歌です。
まあニシキド君が錦戸君だということは知ってるし、
実際は「亮ちゃん」と娘は呼んでましたが。

この日いいなと思った歌。
萩野聡さんの
キムタクはいくつになってもかっこええドラマを見つつラーメンすする
「キムタク」って、
ホントいつまでたってもいくつになっても
不動のイケメンアイコンのままでいる
不思議な存在ですよね。
もう、やっかみすらも感じない。
この歌の景は、
テレビの置いてあるラーメン屋か、
あるいは自宅でインスタントラーメン
というところでしょうか。
どちらにしても、
なんとも言えないほんのり侘しい感じがします。
「ジャニーズ」というお題で、
ぐっと自分自身へ引き寄せて詠まれているところが
すごくいいなと思いました。
「かっこええ」の語感のほわっとしたところも好きです。

亜梨さんの
キスマイもセクゾも知らぬ父母よ入口出口は知っていたのか
ジャニーズファンの娘に、
「カツーンの田口くん、やめるんだってね」
とか親が話を振ったところかな
と思いました。
もしかして、テレビを一緒に見ながら、
「この子、入口出口田口とか言う子だよね」
とか、もうひとつ踏み込んできた(?)ところでしょうか。
「キスマイ」も「セクゾ」も知らない、
あるいは知らなかった両親が、
「カツーンの田口くん」「田口くん=入口出口の子」
という認識があるというのに、
驚きと、
(ここからは想像ですが)少しの苛立ちと、少しの嬉しさを
主体は感じているのかな、と思います。
「キスマイ」「セクゾ」「入口出口」という、
知らない人は全然分からない言葉を
畳み掛けるように入れてるところが面白いなって思いました。
わかんない奴はついてくるな的な挑戦的な態度が
めっちゃツボにハマった感じで。
ちなみに、
田口くん>キスマイ>セクゾ
というのが一般的な親世代の認知度だと思います。
もちろん異論は認めます。
真夜中さんの
ジャではなくニーズに発音持ってくる酒屋のおばちゃんから飴もらう
なんとなく、こんな「酒屋のおばちゃん」いそうで
微笑ましい歌と思いました。
なぜそこにアクセントを?
みたいな謎発音で、
でも知り合いみたいに親しげに話の中にタレントを出してくる
そんなおばちゃんいますよね。
主体自身も、そんなにアイドルに興味のあるタイプではないけど、
あー、その発音はちがうんじゃないかなぁ
と思いつつ、話を聞いているのかも。
「飴もらう」の、
おばちゃんの怒涛の話ぶりから、
滑らかに飴をくれる動作へ移る様子が想像されてしまいました。
太田青磁さんの
誰も彼も校門裏の駐車場でローラースケート履いていた頃
ガタッ(大沢くんファンだったやつが立つ音)
「誰も彼も」「ローラースケート」
という言葉で、光GENJIがふわっと浮き出てくる歌ですね。
昭和から平成へ移り変わる頃の、
ほんの数年だけではありましたが、
彼らのヒット曲は、チビッコからお年寄りまで、
誰もが聞いていたような気がします。
「ジャニーズ」という言葉から、
その「頃」のことを想起する主体。
実際に光GENJIに影響されてローラースケートを
みんなで遊んだということは、
当時小学生ぐらいだったんでしょうか。
単にそういう時代だった、そんな人気だった
という事実の報告に終らない「頃」という一語が、
当時を知っている読者を一緒にその頃へ
つれてってくれるようでした。



12月10日歌題「住所」

縦書きで書いた住所をはみ出した番地が風邪をひきそうにある(しま・しましま)

この日のお題は「住所」「デート」
縦書きの住所の番地の書き方って
ちょっと難しくないですか?
たとえば302‐5みたいな数字、
数字自体は漢数字を使って縦にする事が出来るけど、
‐(ハイフン)をどう書くか。
ひらがなで「の」って入れる場合もありますが、
まあそのまま、これだけ横書きで入れちゃえ
ってしたときに、
短い番地ならおさまるけど、
長い番地になると、完全にはみ出てしまうんですよね。

この日いいなと思った歌。
吉川みほさんの
わたくしの家の住所は検索によると海抜6.2m
本当に検索かけて出た数字をそのまま歌にしている
ような気もしますが、
じわじわと味わいぶかい歌だなって思いました。
うたの日のコメントにも書きましたが、
「海抜」という視点から、現住所を見るって
不思議な感じがしますね。
「海」基点でモノゴトを測るということに、
ロマンがあります。
あと、
コメントでは書かなかったんですが、
「海抜0メートル」とか、
なんとなく「海抜」という言葉には社会性が感じられて、
見る方向によれば
何かきびしいものもあるような気がしました。
あとで作者の吉川さんが
「震災以降」ということを書いてらして、
ああ!と思いました。

照屋沙流堂さんの
電柱を気にして散歩する彼ににおいの濃淡である住所は
「彼」は犬なんでしょうね。
面白い視点で詠まれた「住所」だなって思います。
犬である「彼」にとっての「住所」。
「電柱を気にして散歩する彼に」
という上の句の「に」が
地味に効いてるなぁって気がします。
ここで、一旦軽く切れる「に」なんですよね。
で、下の句が
「においの濃淡である」「住所は」
と、倒置になっているところがいいな。
犬である「彼」にとっての「住所」(あれっデジャヴ?)
というものに、
主体が改めて思いをはせているように思われます。
荻森美帆さんの
住所まで書くと投函したくなるこの世にポストがなければいいのに
1手紙を書こうという気持
2便箋に本文を書く
3封筒にそれを収める
4封筒に宛名を書く
5切手を貼る
6ポストへ投函する
というのが一般的なお手紙手順じゃなかと思います。
6までしてしまうと完了なんですが、
5でももう引き返せないところへきているように思えます。
4、はどうでしょう。
出さずに置くこともできるけど、
やっぱりここまで書いたら出したくなる
ここが手紙の分岐点なのかも。
という上の句に対して、
「この世にポストがなければいい」
と思ってしまうところがキュートだなって思います。
愛すべき自己中というか。
自分のものすごく個人的な感覚から、
世界のシステムを自分へぐっと引き寄せてしまう
そういう感覚好きです。
北大路京介さんの
住所問い大阪城と言う子らの遺伝子に住む上沼恵美子
「上沼恵美子」さんについて、
そんなに強いイメージを持ってないので、
アレなんですが、
多分、大阪の方からするとthe 大阪な方なんだろうな
と、想像して読みました。
住所を問われて「大阪城」という子供の返しも、
the 大阪のこてこて感なのかな、と。
「住所問い大阪城と言う」と、
一繋がりになっているので、
一瞬、どちらも同じ子供なのかなと思いましたが、
多分、
住所を問う子と大阪城と返す子は別の子なんでしょうね。
主体は、知らない子供たちが、
そんなことを言っているのを耳にして、
そういう感慨を持ったという感じなのかな。
そういう知らない子への温かい眼差しと
郷土愛が感じられていいなって思いました。
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