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しま・しましま

Author:しま・しましま
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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(広告・後)


うたの日

12月14日歌題「広告」

アドバルーンだらりと文字をぶらさげて小春の空を汚しておりぬ(しま・しましま)

この日のお題は「ダンス」「広告」
子供の頃は時々目にしていた気がするんですが、
アドバルーンで広告を打つって、
最近あんまり見ないなぁと思ってたんですが、
今年の春ごろかな、
目にする機会がありました。
昔は楽しげな存在に思ってたのに、
なんだかそうも思えなくて、
うーん、これはどういうことなんだろうな
と思ってます。

この日いいなと思った歌。
桔梗さんの
むかしからみかんの皮は高級車のチラシの箱に捨てるならはし
「むかしから」「ならはし」
と、初句と結句が直接繋がってて、
その内容を間に入れてある形なんですが、
それが、
「みかんの皮は高級車のチラシの箱に捨てる」
という意表をつく身近さなのが面白いなと思いました。
実は我が家は20年以上新聞を定期購読していない家なので
チラシ事情にはちょっと疎いんです。
でも、
みかんの皮ならコレっていう特定のチラシがある
って面白いなって思いました。
あとで他の方のコメントを見て、
高級車のチラシは厚みがあると知り、
なるほどーなるほどーという感じでした。
「ならはし」という、
やや大袈裟な言葉が、体言止めですぱっと言い切ってあって、
気持がいいなと思いました。

宮木水葉さんの
片道の火星探索隊員を募る中吊り探して家路
うたの日のコメントに
主体はもう、なにもかもいやになってしまったんでしょうか。
あるはずのない募集広告を探しながら家路につく重たい雰囲気ですが、それが「片道」とはいえ「火星探索隊員」というロマンのあるものであるのがいいなと思いました。
と書きましたが、
ホントそんな感じ。
あと、
「片道の火星探索隊員を募る中吊り」
までが一続きで、
それを「探して」「家路」
と、「家路」でブツンと切ってあるところに、
仕事帰りの主体の足の重さが覗えるように思いました。
亜梨さんの
焼きついた閉店感謝の文字を背に紙飛行機は師走の空を
「紙飛行機」が「空」を飛ぶというのは、
爽快感があって、青春性のある情景のように思えますが、
この歌の「紙飛行機」は、
「閉店感謝の文字を背に」という、
なんだか重たいものを背負って、「師走」を飛んでるという。
年の瀬に閉店、と考えるだけで、
なんだか気持が重くなってしまいます。
初句の「焼きついた」が印象的ですね。
多分「閉店感謝」の文言の入った広告チラシで
紙飛行機を折ってあるんでしょうね。
広告チラシの印刷は、
実際に焼き付けてあるわけじゃないと思うんですけど、
それを主体は「焼きついた」と見た
ってことでしょうか。
閉めることに決まった店が「焼きついた」ようでもあり、
紙飛行機の背に「閉店感謝」という文字があるのが、
主体の目に焼き付けられたようでもあり
というイメージが残りました。



12月15日歌題「後」

おざなりな出会いになってごめんなさい後ろで雨が降っていたから(しま・しましま)

この日のお題は「後」「THE」
QBKならぬUAH。
「後ろで雨が降っていたから」というフレーズが
先に出来た歌でした。

この日いいなと思った歌。
塾カレーさんの
どうしよう十年前の私から手紙が来ますあと三日後に
小学生とか中学生のときに、
クラス全員がそういうのを書くという企画があったんでしょうね。
あの時自分が何を書いたのか
「どうしよう」「あと三日後」
というあせりの感じから、
多分主体は具体的な内容は覚えてなさそう。
でも、
あの頃の自分がどんなことを考えてたのか
どんなことが好きだったのかは覚えているから、
大人になった自分に
今(子供の頃)の夢をストレートにぶつけてるんじゃないか
と思って焦ってるのかも。
「どうしよう」という
ストレートな焦りの詠み出しが
ユーモラスな中に痛みもあって、
好きだなぁって思います。

文屋亮さんの
見せよとふ後ろ姿に幾許の価値あるや真直ぐに子を抱く
「見せよ」というのは、
一般論がそう言っているってことでしょうか。
自分の後ろ姿にも少しは見せる価値があるんだろうか
と、思いながら
正面から子供を抱く
という歌かなと思います。
「真直ぐに子を抱く」
がいいなと思います。
子育てって悩みながらやっていくしかないけど、
悩んだまんま止まってても仕方ないんですよね。
ところで、
「とふ」っていう表現、
実は短歌を色々読むようになるまで、
ホントなじみの薄い言葉でした。
「と言う」の古語表現ですよね。
俳句では、
稀に「てふ」という古語表現が使われることがありますが、
(ちょう、と読みます)
「とふ」は、ホント見かけなかった。
「てふ」よりも、もうちょっと古い時代の古語なんですね。
短歌が万葉集の時代から
連綿と続くものなんだなって
思わされます。
太田宣子さんの
海ぶだうぷつんと噛めばあの夏の奄美の朝の海の後味
奇を衒わない共感性の高い歌と思いました。
「海ぶだうぷつんと噛めば」
というフレーズが
奄美大島の海のイメージを広げるための
引き金になっているところが上手いなーって思います。
「あの夏の」「朝の」と、
主体の思い出を想像させるような言葉が入ってて
思い出に残るステキな旅だったんだろうなって思われます。
で、最後にまた
「後味」で海ぶどうに意識が戻っていくのも
いいなぁ。
有華さんの
ゆびきりをしたあと小指じんとしていつもより濃い月にかざした
ゆびきりの後の小指が「じんと」したっていうのが
いいなぁって思いました。
約束してもらえてうれしいゆびきりだったのか
ぜったいに守らないとと思える約束をしたのか、
とにかく大切な約束をしたんだなって思います。
「ゆびきり」だから、
些細な約束ではあるんだろうけど
主体にとって大切な大切な約束だった
って気がします。
一人になってからも、
その事を考えてて、
この指で約束したんだなぁって
しみじみ思う感じがすてきですね。
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