プロフィール

しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

うたの日(12月23日)


うたの日

12月23日のお題は「吊」「静」
12月23日、天皇誕生日ですね。
クリスマスイブの前日でもあるんですが、
家に未成年者がいなくなると、
何日になってもクリスマス近い!みたいな気分にならないですね。
数年前は、今頃大忙しだったことを思うと
別の世界で暮らしてるみたい。
(と、別段書く事がないからって日記的なことを書いてみたりして)

この日いいなと思った歌。
クララ・ゼーゼマンさんの
反省を促すやうに渋柿のひとつひとつを吊るしてをりぬ
祖母が生きてた頃、
秋になると二階の物干し場の一部を使って、
干し柿を作っていたことを思い出しました。
皮を剥いたり消毒したり、
干すまでにも結構手がかかるんですよね。
さて、クララさんの歌ですが、
「渋柿」が渋いことについて「反省を促す」、
というのが面白いなと思いました。
廊下に立っていなさい!
的な、「吊るし」みたい。
でも、この歌の良さって、
「反省を促すやうに」という表現の面白さの上の句に、
「渋柿のひとつひとつを吊るしてをりぬ」の
実景としての描写があることだと思います。
「ひとつひとつを」がいいなぁ。
丁寧に渋柿に手をかけている、
その「手」が見えるような気がします。
ののさんの
二十四時、サティの裏で踏切はとても静かに鳴り響いてた
「サティ」はショッピングセンターのSATYだなって、
なんの疑いもなく思いました。
あそこのイオンも、あっちのイオンも、
ついこの間までSATYだったし、
という記憶が、
比較的新しい部類にはいっているからかも。
ショッピングセンターの営業時間が終わると、
人通りもぱったりと途絶えて、車の通行もぐっと減って、
めっちゃさみしい場所になりますね。
まして「サティの裏」ならば、余計にさみしいかも。
深夜0時、多分誰も遮断機が上がるのを待ってない状態で、
踏切の警報機が鳴っている。
それを
「とても静かに鳴り響いてた」
という、主観を強く押し出したところがすごく好きです。
「鳴り響いてた」の口語の言い切った感じの
やや幼さのあるところとあいまって、
なんともいえない孤独感が漂う気がします。

葵の助さんの
潮風に負けないような歓声が上がるアンコウ吊るし切りショー
アンコウはかなり大型の魚で、
身が柔らかくて、ぬるぬるしてるので、
高いところに吊るして解体するというのが
伝統的な切り分け方だそうですね。
わたしは実際にそれを見たことはないんですが、
きっと迫力のあるものなんだろうと思います。
「潮風に負けないような」とあるので、
屋外でのことですね。漁港で行われているのかな。
沢山の観客が、
吊るされたアンコウが見事に解体されていくのを、
要所要所で歓声を上げながら見守っている。
いいな、わたしも一度見てみたいなと思ったり。
ただ、実際にそれが「ショー」として行われていて、
「アンコウ吊るし切りショー」という名称だったとしても、
「ショー」とまで詠んでしまうと、
やや詩情をそぐような気がするのと、
視点が「アンコウ」ではなくて「ショー」の方にあるのかな、
とも思えたりしました。
月花さんの
粛々と授乳している真夜中の過不足のない真夜中の音
「静」の方の歌です。
真夜中の授乳があるってことは、
まだ月齢の低い赤ちゃんのいるお母さんなのかな
って思います。
「粛々と」が「授乳」につくの、
意表をつくけど、いいなぁって思いました。
単純な「静けさ」だけではなく、
おごそかな静けさ、敬虔な思いが聞かれるようです。
「過不足のない真夜中の音」がまたいいですよね。
満たされたものを感じます。
ただ、
上の句にも「真夜中」というフレーズがあって、
あえて二つ重ねてしまうのはちょっともったいないような
そんな気がしたりしました。
瓜久リエさんの
静けさが入店音にかき消され何度も何度も聞こえなくなる
「入店音」というフレーズから、
まっさきに浮かんできたのがファミマの入店音だったんですが、
多分、コンビニではないんだろうな、
と思います。はい。
どういう店に主体がいるのかは分からないんですが、
ある程度長くそこに居て、
店内の「静けさ」を聞いている。
それが、時折、「入店音」によって、
「聞こえなくなる」
という感じかな。
「静けさ」が「聞こえなくなる」
と、
あたかも静けさに音があるように表現されているところが
すてきだなって思いました。
中牧正太さんの
大空をあらわすためにひらかれた君の腕(かいな)の静脈の青
情景がぱっと分かる、
きれいな歌と思いました。
「大空をあらわすためにひらかれた」で、
いっぱいに広げられた両手をイメージするのと同時に、
その手の主が表現したかった「大空」が
重なって想像されました。
で、
主体の視点的には、
腕の内側の真っ白さと、
あざやかに浮き出た「静脈の青」が
印象にのこった
って感じでしょうか。
大きな身振りで何かを表現するって、
ちょっと幼い感じがして、
もしかして「君」っていうのは
子供なのかも……
とも思ったんですが、
「腕の静脈の青」
の、ほんのりとした肉体感は、
大人かなぁと思います。
スポンサーサイト

<< うたの日(12月24日) | ホーム | うたの日(12月22日) >>


コメント

わあ、しまさんありがとうございます!
サティがジェネレーションギャップになるなんてー、でした。ほんとニチイにしなくて良かった!
やっぱりひみつの海で取り上げてもらえるの気持ちいいです。これからも(無理ない範囲で)楽しませてください。
練習通りに言えて良かった! https://twitter.com/renga57577/status/679690712590331905

Re: タイトルなし

わー、ありがとうございます。
楽しみにしてもらって嬉しいです!

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 ホーム