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しま・しましま

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こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(1月9日10日)


うたの日

1月9日のお題は「弓」「コタツ」。

おぼえられない変な名前の流星群わたしは炬燵で膝を焼かれる(しま・しましま)

しぶんぎ座流星群って、「四分儀座」だったんですね。
耳慣れない名前だなぁって思ってました。

この日いいなと思ったのは、
うしたべーたさんの
ベルリンの壁 じいちゃんの死 それから炬燵のなかでした地獄ごっこ
過去の、ある年の思い出を並べたのかなって思います。
「ベルリンの壁」
崩壊の年なのか、
あるいはたまたま何かでテレビ画面に映っていて、
強烈に記憶に残っているのかも。
「じいちゃんの死」
祖父が亡くなったことと、
その前後の色々と家庭がざわざわしていたこと、
主体とじいちゃんの個人的な思い出、
全部ひっくるめての「じいちゃんの死」なんでしょうね。
「それから炬燵のなかでした地獄ごっこ」
「ベルリン」「じいちゃん」で、
それは多分過去のことなんだろうなと思わせられますが、
下の句で、それが幼い頃のことなんだと分かります。
こたつの中の赤暗い光や熱が、
「地獄」を連想させて、
そういう遊びあったかも…って思います。
「地獄ごっこ」という直接的なネーミングも、
いかにも子供が名付けたオリジナルな遊びっぽくていいなと思います。
「ベルリンの壁」「死」「地獄」
イメージ的には暗いフレーズが並んで、
ちょっと心がざわっとさせられますが、
なんとなく甘い懐かしさが感じられて
そこも好きだなぁって思いました。

西村湯呑さんの
伝説のみかんデリアを作るとはおぬしもこたつ上級者だな
楽しい歌でいいですね。
「みかんデリア」が、これを選しているときは
全然分からなくて、
みかんで作る何かだろうな
みかんでテリアの形を作るのかな、
みかんの房をシャンデリアみたいにするのかな
って思ったんですが、
あとで調べたら、
後者の方だったみたい。
とにかく「伝説の」という
ちょっと大仰な感じの言葉が面白くて、
「こたつ上級者」認定されるのに
ぴったりな感じがしました。
心伝さんの
脚相撲コタツの下で白熱す只今姉が土俵際です
これもたのしいコタツの歌。
「脚相撲」っていうと、
向かい合って脛を合わせて
腕相撲の脚バージョン
みたいなのを連想したんですが、
もしかしたら
コタツの中の陣地争い的なものなのかも。
姉と弟の戦いで、
「只今姉が土俵際です」
という現在情報が楽しいですね。


1月10日のお題は「活字」「円」

質の悪しき紙に活字の黒々と戦後三年三鬼の俳句(しま・しましま)

たまたま、わたしの手元に
昭和二十三年発行の「現代俳句」という雑誌があるんですが、
ああ、これは本当に「戦後」なんだな
って実感させられるほど、紙の質が悪いんですよね。
もうね、ざっらざらのわらばんし。
この雑誌に西東三鬼の俳句が掲載されてるんですが、
戦争が終わるまでの五年間、俳句を詠まなかった彼の、
ほとばしるような俳句への情熱が感じられるなって気がします。
ちなみにこの雑誌の編集人は「石田哲大」とあります。
石田波郷の本名です。
編集後記に
「日本はすべてを失つた。しかし、美しい國土は残つてゐる。そのすぐれた風景美の全貌をきわめることは不可能にしても、この國土に生をうけた以上、片鱗だけでも窺つて死にたい」
とありますが、波郷の言葉なのかな。
じんときます。

この日いいなと思ったのは
吉川みほさんの
活版の文字の微かなおうとつに触れつつ歌集のページをめくる
ホントいいなと思います。
古い時代の歌集をひもといて、
目でだけじゃなくて、
指でその歌や時代を味わわれているんでしょうか。
「おうとつ」のひらがな表記のやさしさもいいな。
そのでこぼこさの大小は
本によるところもあると思うんですが、
明らかに「おうとつ」があるんですよね。
その歌集そのものへもそうですが、
紙媒体の「本」という存在への思いいれが
ふわっと漂ってくるようですてきな歌でした。
指でなぞり読む
という歌への愛情も聞かれますよね。

たかはしみさおさんの
質感と活字を棄てた 過去はもう色褪せることを思い出せない
吉川さんの歌と
なんとなく対になるような、
絶対対にならないような、
そんな歌。
こちらは、活版印刷どころか、
印刷そのものを捨てたデジタル出版の世界。
紙がやけることも、印刷が薄れることもない
きれいで便利なデジタルの「本」。
それはそれでいいんだけど、
「質感と活字」それと「過去が色褪せること」を捨てた世界って
淋しいですね。
結句の
「思い出せない」がその悲しさを表わしているようです。
村田馨さんの
去年まで見えた活字がかすみたり老いはたしかに目の前にある
おもわずふふっと笑ってしまって、
それから、
自分自身をかえりみて、
なんとなくわびしくなっちゃう歌でした。
「去年まで見えた」が面白いなぁ。
1月10日にわたしはこれを読んでるわけですから、
詠まれたのもそうかなって思って、
「去年」ってつい十日ほど前ですやん
って思うんですけど、
たしかに、
たしかにちょっと前まで見えたものが
今日はもうかすんで見えたりしそう。
「活字」も「老い」も
たしかに「目の前」なのが
面白くて侘しい歌でした。
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