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しま・しましま

Author:しま・しましま
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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(1月27日)


うたの日

1月27日のお題「並」「偽」

フォークからめて立ってるパスタ 本物と思って傷つくなんてバカ(しま・しましま)
77が前で575が後という形になってしまいました。
これを逆さにすることも
考えないではなかったんですが、
そうするとサンプル食品がメインになっちゃうかなぁと。

この日いいなと思った歌。
静ジャックさんの
偽物を「コレニセモノ」と売りに来るシンガポールは誠実な街
いいな、すてきな眼差しのうただな
って思ってハートでした。
偽物を本物といつわるのではなく、
偽物をニセモノとして売る
うーん、たしかに「誠実」といえば「誠実」
……なの?
でも、それを「誠実」と言い切るところがいいな。
そして
「シンガポールは誠実な街」
の「街」がすごくいいなって思いました。
「国」だとひろがりすぎてぼやけてしまうところを
「街」でびしっと
シンガポールの街のイメージが際立ったと思いました。

村田馨さんの
偽薬(プラセボ)でなおる病もあるという心やさしき治験者ならば
うーん、
皮肉たっぷりの作品だなぁって思いました。
「治験」ってあれですよね。医薬品などの臨床実験。
「治験者」ということは、
それを受ける人のことだと思われます。
よくハイリスクハイリターンの単発アルバイトに
都市伝説のように登場する「治験」ですが、
このうたの場合は、その後の段階の
実際にその病気の人に対してのものなんでしょうね。
ところが
それが「偽薬(プラセボ)でなおる病もあるという」
っていうジレンマ?
実際に明らかな病気の人に
実験、ひいては医療の進歩のためだとしても
「偽薬」を投与したりする
っていうのもヒドイ話だなとかも思いますが、
どちらにしても
それで治っちゃったら実験としては失敗ですよね。
その失敗が「心やさしき治験者」によってもたらされる。
多分、
一心に医者、医療を信じて治りたいと思ってる
そんな「心やさしき」患者なんでしょうね。
矢波多恵さんの
にせもののようにきれいだ あふれでたブーゲンビリアをひとひらちぎる
「にせもののようにきれいだ」
実感のあることばな気がします。
そういうきれいさって確かにありますよね。
下の句の
「あふれでたブーゲンビリア」
の色彩の「あふれでた」感も、
それを「ひとひらちぎる」
というふとした自分の仕種に気が付くのも、
この上の句の
「にせもののようにきれいだ」
をしっかりと受けとめるだけの
パワーがあるように思えました。
泳二さんの
にせものの月が昇るとお城から螺鈿細工の弟子が出てきた
からくり時計とか、そういう装置を連想しました。
夜の一定の時間になると、
ぜんまい仕掛けの月があがって、
お城の扉が開いて、キャラクターが登場する、
みたいな。
ところが、
その扉から出てきたのは、
王子でも姫でもなく、
もちろん城の兵士でもなく
「弟子」という意外性が面白いなって思いました。
メインでスポットライトを浴びる人物でなく、
最前線に出てしかるべき人物でもなく
「弟子」
いや弟子って何の弟子だよ
って気もしなくはないですが、
まあ、なんの弟子でもいいような気もします。
スポットライトではなく、
「にせものの月」の下。
偽物だから月の明りもなくて、
その代わりなのか、
「螺鈿細工」できらめく「弟子」。
そんなことを考えてとても楽しく読ませていただきました。
もしかしたら
「魔法使いの弟子」なのかも知れないですが。
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