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しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(1月28日)


うたの日

1月28日のお題は「髪」「切」でした。

この人を守って生きると決めてよりあざやかすぎるシャケの切り身も(しま・しましま)
わりとさぱっと詠んで、
あんまり悩まなかったうたですが、
「鮭」か「シャケ」かで少し考えました。
で、
上の句が意味的にかっこいい感じだったので
バランスを取るつもりで
「シャケ」。
一から十までかっこいい感じで通してしまうと
なんとなく恥ずかしいような……
あっ、でも
「鮭の切り身」だとしても
「切り身」の時点でそんなにかっこよくなかったか。

この日いいなと思った歌。
笠和ささねさんの
コロコロがうまく剥けない長すぎる髪と不安がこんがらがって
コロコロ、それだけでアレだなってわかるところが
すごい器具だなぁ。
今正式名称はなんなのかググッてみたんですが
どうやら
「粘着カーペットクリーナー」
とか言うらしいです。
ちなみに「コロコロ」はニトムズの商品名だとか。
まあ、
それはどうでもいいんですが。
そのコロコロが「うまく剥けない」
っていうのがめっちゃいいなって思いました。
確かに、
あれを剥くのに、
長い髪が巻きついていると困ります。
あるある系なのに、「不安」と結びつけて
何かセンシティブな気持になってしまった主体が
浮き上がってくるようなうたでした。
シュンイチさんの
見えてきたゴールテープはもしかして白じゃないかもしれない 走れ!
一読して、
うわっこれ好きだ!
絶対ハート!
と決めました。
まず、
「ゴールテープはもしかして白じゃないかもしれない」
っていうのがいいなぁ。
多分そうだろうなと思ってることが
実際そうかどうかは分からない。
自分でゴールテープを切って、
目視するしかないですよね。
それにしても
「白じゃないかもしれない」
というだけで、
何かふつふつと鼓舞されるようなものがあります。
わたしもゴールテープを切りたい
という気持になっちゃいますね。
そして
「白じゃないかもしれない、走れ!」
の、つんのめりそうになるぐらいの勢いのあるフレーズ。
もう、「かもしれない」のあたりで
もう速度が一段も二段も上がってる気がします。

せなかさんの
自分では見えないところをまたひとつ見られてしまう髪を梳かれて
読んでいるわたしも
なんだかドキドキしてしまいますね。
「自分では見えないところ」は体の中でいくつかあるけど、
「髪を梳かれて」見られてしまうところ、
相手の息遣いまで届きそうで
余計にどきどきしてしまいそう。
ゆったりとしたリズムと
ひらがなの多さによって
見られてしまったのが、
どこか自分の中のとてもやわらかな秘密のようでした。
西村湯呑さんの
アボカドをふたつに割って新緑の琵琶湖をおもう東京の冬
いやー、上手いな。
めっちゃ上手いなって思いました。
「アボカドをふたつに割って」「東京の冬」
という実景があって、
その中に
(新緑の琵琶湖をおもう)という
「アボカド」からの連想がするっと入ってるわけですね。
アボカドの断面からの
「新緑の琵琶湖」は、
すとんと理解して共感できるところですよね。
縁のみどり色から中心にむかって淡くなっていく感じ。
琵琶湖周りのあざやかな新緑まで
ふわっと想像されます。
で、
上手いなぁって思うのは、
結句を「東京の冬」でまた現実へ戻してるところ。
状況説明みたいにも思えますが、
ここでイメージ的にグレイっぽい「東京の冬」が
くることで、
より「アボカド」と「琵琶湖」の
明るい色彩が映えるように思えました。
東京に新緑の季節が来るのは
もう少し先、みたいな
主体の思いみたいなものが聞かれるような気がします。
吉川みほさんの
空中で凍りながら散るシャボン玉 薄い切片まみれで君は
極度に低い気温の中で
シャボン玉が凍りつく映像を見たことがあります。
透明なシャボン玉が白く凍りながら散ってしまう、
それだけで儚くも美しい景です。
その向こう側に「君」が居て、
空中で砕けてしまったシャボン玉の「薄い切片」を
かぶってしまう、
その一瞬が素敵に切り取られてると思って、
ほわわわーんとなってしまいました。
「君は」の「は」が
またいいんですよね。
言葉にならない瞬間の美しさが
「は」に込められているようでした。
蛇足ですが、
「シャボン玉」は俳句でいうと春の季語です。
多分、冬のシャボン玉は
そんな感じで儚すぎて、
子供の遊びには向かないんでしょうね。
亀山真実さんの
千切られた四肢を繕う 人形の目からこぼれたこれは埃だ
このうた、とにかくもう
下の句の
「人形の目からこぼれたこれは埃だ」
がステキすぎて……。
「目からこぼれた」といっても
涙じゃない。
人形ですからね、
涙じゃない。
でも、人形の目から何かがこぼれた瞬間、
涙かもって思いますよね。
とっさに拭って見ちゃいますよね。
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コメント

いつも楽しみに見せて頂いています。取り上げて頂き、ありがとうございます。ネプリは初日に出してきました。(ここに書いて良いかどうか迷いましたが)短歌への評が下手なので感想だけ。
ジェルソミーナ。初見のときからすごく好きな歌です。「道」「ひまわり」「汚れなき遊戯」などのイタリアの名作映画に共通する、悲しさの上の明るさ、生きているもののいたいけな姿が「波が犬ころ洗ってゆくよ」の中に全部含まれているような気がして、光景を描いているだけなのに痛切さが伝わりました。上がリフレインだけなのもよけい効いているのだ思いました。(映画を未見の人にもわかると思います。)
しまさんのうたは、動物や人がおなじ生き物「波に抗いつつも洗われるものたち」として描かれているように感じます。現実と幻想の境目あたりを行き来するような感覚がとても好きです。

Re: タイトルなし

わー、ネプリの感想ありがとうございました。
ジェルソミーナを二つ並べただけの上の句で、「道」をご存知の方にしか通じないかなって思ってたんですが、意外に多くの方にわかってもらえて、やっぱり名作映画だけあるなぁって思ってます。

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