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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(2月15日)


うたの日

2月15日のお題は「科学」「靴」「三角」。

天辺に乗せる三角まだ誰も住んではいない積み木の城に(しま・しましま)

この日いいなと思った歌。
前田沙耶子さんの
ローファーに潜むこびとが あっちだ とまた学校を素通りさせる
思わずふふっと微笑んじゃいますね。
そうか、わたしのローファーにも、
きっとあの頃こびとが潜んでたんだろうなぁ。
毎朝毎朝学校行ってる場合じゃないって
そういう気持になっちゃうことって
多分多くの学生にあることだと思うんですが、
そういう時、こびとのいたずらが
学校を素通りさせちゃうんだって考えるの
ステキだなぁ。
ゆりぐもさんの
三角の転がるようなスキップを笑ってくれる陽だまりの道
不器用でぎこちないスキップを
「三角の転がるような」っていう表現されてるのが
いいなぁって思います。
かったんかったんって
ぎこちないけども楽しそう。
穏やかで暖かな春の日の嬉しさが感じられて、
明るくて好きな歌でした。

文佳さんの
靴裏に挟まっていた土、青葉 歩いた場所の春があつまる
いろんな「春」の感じ方ってあるけど、
この歌の
「歩いた場所の春があつまる」
って、めっちゃいいなって思いました。
それまでに、
靴の持ち主は、あちこちを歩いて、
春を実感したと思うんですが、
その集大成として
靴底に注目するってステキだなぁ。
西村曜さんの
向き合わねばならぬ痛みと知りつつも逃げるかたちの玄関の靴
向き合わなければいけないのだけれども、
本当は逃げてしまいたい
そういう場面って
人生の中でなんども訪れますよね。
その中でも、
靴を脱いで上がらなければいけない
というのは、
なかなかヘビーな状況の場合じゃないかって思います。
「逃げるかたちの玄関の靴」
いくつかのかたちが想像されるんですが、
逃げる足取りのように乱雑に脱ぎ捨てられた靴
というよりも、
玄関の外側に向けて置かれた靴を
想像しました。
自分はこれから中へ入っていくんだけど、
靴だけはもう外を向いている、
そっちの方が自分の気持なんだけど
みたいな感じかなって。
三原雨菜さんの
シーソーに一人で乗った おにぎりがかばんの中でぐにゃりと歪む
おにぎり持ってて、
シーソーに乗る
という状況って、
もしかしてもしかして
小学生の遠足なのかな……
って思ったら、
もう辛すぎます。
なんで一人でシーソーなんだろう。
なんでおにぎりが歪んじゃうんだろう。
と、考えてて、
やっぱり遠足ならリュックだから、
シーソーでもおにぎり歪まないよね、
ということは、
誰かにすっぽかされて一人の公園で、
なんとなくシーソーにまたがってみた
って情景かなって思い直しました。
二人で食べるつもりの三角おにぎりの入ったかばんを
シーソーの上でぎゅっと抱いたら、
中のおにぎりまで歪んでしまった、
そういうことなのかも。
おんやっこさんの
春が来て三角座りのあたしにも立って踊れと迫ってくるよう
「三角座り」って、
学校の外ではあまりしない姿勢かなって思います。
するとしたら、なんとなく気落ちしてる時とか。
そんな自分に、
「春」がやってきて、
(踊ってみせてから)
ほらほらって自分にも「立って踊れ」っていう。
たしかに春って、
急き立てるような押しの強さが
あるって気がする人もあるかも。
物理的に明るく暖かくなりますしね。
「三角座りのあたし」という自意識の出し方も
好きな感じで、
いいなぁって思いました。
ただ、私の好みだと、
ここは「迫ってくるよう」というよりも
迫ってきていてほしいんですが、
その辺りは個人差かなと思います。
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