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しま・しましま

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こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(2月16日17日)


うたの日

2月16日のお題は「杏」「藍」「飴」でした。

夜はもう藍より出でて君の覚むる朝へ寄りたる Happy Birthday(しま・しましま)
これは、わたしより若い知人の誕生日が
ちょうど17日だったと思い出して詠んだもの。
結句を色々考えたんだけど、
シンプルにおめでとうの言葉にしてしまいました。

この日いいなと思った歌は
西村曜さんの
藍色の遮光カーテン思いきり開ける この日の息継ぎとして
重たい遮光カーテンを「思いきり開ける」
という、アクションを
「この日の息継ぎ」とするってステキだなって思います。
その力加減とか、体の開き方とか、
深呼吸のためのアクションにも似てますよね。
遮光カーテンを閉じている間の、
重たい、暗い感じから、
ぱっと明るくひらけるところも
「息継ぎ」な感じがします。

照屋沙流堂さんの
その色に染まりし服に身を包みきみはしづかな植物になる
下の句の「きみはしづかな植物になる」が
めっちゃいいですね。
藍色に染めた服を着た「きみ」が
「しづかな植物」になるってホントいい表現。
おとなしいようだけれども
芯の強い女性とか想像されました。
「その色」の「その」は、
お題の「藍」の色。
多分、色としてのいわゆる「藍色」ではなくて、
植物としての「藍」を表現したくて
「その」という指示語を使われたんじゃないかな
って思ったりしました。
ふたりさんの
脱ぎ捨てたジーンズが昨夜の雨をとどめていて哀しくなる朝
破調のうた。
55768の構成ですね。
もっと言うと、
55/76//8
って感じでしょうか。
結句で「哀しくなる朝」と、
感情をストレートな言葉で表現されてるところも
意欲的な歌だなぁって思いました。
「脱ぎ捨てたジーンズ」が
「昨夜の雨をとどめている」というのは、
単純に、湿っているということでしょうか。
「哀しくなる」のは、
ジーンズが湿ったままだったからでしょうか。
昨夜の哀しさが
一晩寝ただけでは処理しきれずに
残ってしまったような
そんな「哀しさ」があるなぁ
って思わせられる歌でした。



2月17日のお題は「兄」「怪獣」「弟」でした。

この人はこんな声だったかと思う法事を伝える兄の留守電(しま・しましま)
わたしには三歳違いの兄がいるんですが、
ホント子供の頃から没交渉で、
兄、といって浮かんで来るのが
だいたいこんな感じ。
あと、
結句の体言止めは失敗だったかなぁ
と思ったりしてます。
字余りでも「に」とつけた方が良かったかな。
上の句と下の句ひっくり返したほうが良かったかな
と思ったりしてますが、
どうなんでしょうね。

この日いいなと思った歌。
秋山生糸さんの
寝返りを打った拍子に思い出すわたしのために叱られた兄
わー!この歌好きだ!
って読んだ瞬間思いました。
めっちゃ「兄」感あるなって思います。
ほんとなんでもないときに、
何かふっと大昔のことが思い出されることって
ありますよねー。
あります。
何気なく打った寝返りの拍子に、
「わたしのために叱られた兄」
を思い出す。
そういう夜もあるんだろうな。
ほんとに何気なくて、
その何気なさゆえに
次に寝返り打ったらまた忘れちゃいそうなのに
ちゃんとこんなステキに歌に出来るって
いいなぁ。

宮田ふゆこさんの
春の夕やわらかく来て新しい歌のおにいさんにもなじみゆく
「歌のおにいさん」といえば
Eテレの「おかあさんといっしょ」。
もしかしたら、
それとは違う「歌のおにいさん」なのかも知れませんが、
やっぱり「おかあさんといっしょ」を
連想してしまいます。
歌のおにいさんもおねえさんも
あまり頻繁に交代するイメージはないけど、
その分、
新しいおにいさんおねえさんになると
見慣れるのにもすこし時間がかかるのかも。
「春の夕やわらかく来て」
の、このやわらかさ!
「春」で「夕」で「やわらかく来て」!
どこをとってもやわらかい、
ふんわりほんわりした上の句がもう魅力的ですね。
そこに
「新しい歌のおにいさん」という
意外性のあるものがあって、
結句の「なじみゆく」の
これまたやわらかい感じで、
上の句のふんわりさに戻っていく
みたいな感じが好きでした。
ちなみに、今年の「おかあさんといっしょ」は、
「歌のおにいさん」は9年目続投のようですね。
楽水童子さんの
兄はいまだ兄であらうか、妹よ。ケニアはけふも晴れてゐるかい? 
「兄はいまだ兄であらうか」
「ケニアはけふも晴れているか」
という、二つの疑問で構成された歌。
遠く離れて住んでいる、
ある程度の年齢の兄妹なんだろうなって
想像します。
子供の頃は「兄」って
そこに居るだけでも「兄」だったけども、
年齢があがってくると、
何か「兄らしいこと」がないと
「兄」ではないような、
そんな気持がしてくるのかも知れないなって
そんなことを思いました。
わたしは
兄と妹に挟まれた三人きょうだいの真ん中なんですが、
少なくとも妹とはほぼ同列な感じで、
呼び名だけが姉としての名残をとどめてる
という気がします。
ちなみに、前述した通り、
兄とは没交渉なんですけれど。
って自分のことはどうでもいいんですけどもね。
「兄はまだ兄であろうか」
ふとそんな疑問が頭をよぎっても
なかなかそれを妹に
実際口に出しては聞けないですよね。
「ケニアはけふも晴れているかい?」
代りに出たのがこの言葉だけども、
元気でやってるか、
聞きたいのは、こういうことなんじゃないかな
って思いました。
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コメント

感想ありがとうございます

こんばんは、お邪魔します。
うたの日の評がこんなに…!そして昨日の拙歌にコメントいただきありがとうございます。三割増しで良い歌に見えてうれしいです!!
今後ともうたの日でよろしくお願いします!

Re: 感想ありがとうございます

うたの日で自分が票を入れた歌とかの感想を書かせていただいてます。
票を入れてなかった方が、あっこの歌いいな、票を入れとけばよかったなって思える感想を目指してます。こちらこそよろしくお願いします。

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