プロフィール

しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

うたの日(2月19日20日)


うたの日

2月19日のお題は「蜜柑」「薬」「穴」でした。

零したら春が始まる色とりどりの穴あけパンチに溜まった詩篇(しま・しましま)
子供の頃、
うーん、実は今もそうかもですが、
穴あけパンチの底に溜まった
小さな丸い紙を見るのが好きでした。
クーピーの削りカスとか、
色鉛筆を削ったときにきれいにくるんと丸まった削りカスとかも。
さすがにゴミなんで、それを大事に取っておく、
ということはしなかったけど、
見るのが好きでした。
ところで、
三句目の「色とりどりの」が四句目の「穴あけパンチ」に掛かるように読める
という指摘を頂いたので、
ちょっと手を入れてみました。
こぼしたら色とりどりの春になる穴あけパンチに溜まった詩篇

この日いいなと思った歌。
飴町ゆゆきさんの
なにとなく指に差したる頃思ひちくわれんこん箸を運べり
わー、いいなって思いました。
食べ物を指に差して遊ぶという子供っぽさを、
大人でないと詠めない形で詠まれた歌
っていう気がします。
まず、「なにとなく」という詠み出しがいいなぁ。
クラシックな言葉で、さりげなく郷愁へ誘う感じ。
下の句の
「ちくわれんこん箸を運べり」
のリズムの良さと、「ちくわ」「れんこん」というチョイス。
ほんのりとしたユーモアでほんのりと郷愁を包んであって、
歌の姿は端正って
もうステキすぎませんか。

塾カレーさんの
生きるとはその身の内に洞穴(ほらあな)を抱へることか倒れし楡よ
目の前に朽ちて倒れた楡の木があって、
その木に対して
「倒れし楡よ」と
問いかけている歌
ではないかと思います。
その倒れた楡に
きっと大きな「洞穴」があったんでしょうね。
そこからの
「生きるとは」という疑問になって、
それを直接、楡にぶつけてみた。
この歌で面白いなと思うのは、
主体(あるいは作者)の考えが
示されてないところ。
わたしは19日の夜に読んだ時、
その「洞穴」をどちらかというとプラスの意味で受け取って
そういうコメントを書いたんですが、
あらためて、この作品を読んでみて、
「身の内に洞穴を抱へること」が
「生きる」ことだとしても、
それが木にとってのプラスなのかマイナスなのか、
その辺どう作者が考えてるかは書かれてないんですよね。
ただ、浮かんだ疑問を、楡に直接ぶつけてる。
うたの中では楡にぶつけられてるんだけども、
読んだ時、こんどはこの疑問は
読者に投げられてるようにも思えて、
うーん、これは迂闊にどうこう言えないぞ
と、思ってしまうヤバい歌だと気付きました。
前田沙耶子さんの
アナグマは自分がイタチだと知らず生きる クマとして今日も生きる
えっ、どういうこと?
って思わず二度見三度見しました。
えーと、つまりこの主体は、
自分の事をアナグマだと思いながら、
何らかの事情からクマとして生きているんだけども、
実は自分がアナグマだということ自体がまちがってて、
本当はイタチ……。
頭がこんがらがっちゃいますね。
イタチがアナグマとして生きること自体、
他のアナグマが黙ってないだろうって
気がしますが、
実際にはそれどころか
イタチがクマとして生きてるわけですから、
他のクマからツッコミは無いんでしょうか。
そう考えたところで、
うわー、もしかして、
ずっと一匹で生きて来たんじゃないかな
このイタチ(アナグマ)の生き方って
めっちゃハードだな
って愕然としました。
動物の名前が三つも出てきて、
一見ほのぼの系かと思わせて、
めっちゃねじれきってるところが面白かったです。


2月20日のお題は「マニキュア」「エプロン」「ラブホテル」でした。

光りたいものから光れマニキュアのまだ乾かない指を掲げて(しま・しましま)

この日いいなと思った歌。
冨樫由美子さんの
ていねいにマニキュア塗ればうつくしいことをしてきた手のやうになる
申し分なくきれいにマニキュアが塗れると
嬉しくなって、手を惚れ惚れと眺めちゃいますよね。
さっきまでの自分の手とは
全然ちがう人の手のような。
自分自身は「うつくしいことをしてきた」訳じゃないけど、
まるで「うつくしいことをしてきた」人の手のよう
っていう感覚が、
自己愛と卑下の微妙な思いに揺れてて
ステキだなって思います。
下の句の
「うつくしいことをしてきた手のやうになる」
のリズムのうねり加減も、
あー好きだなぁって思います。

多田なのさんの
涙拭う指にはよれたマニキュアが こんなんだから泣く羽目になる
なにかの理由で
マニキュアがまだ乾かないうちに泣いちゃって
涙を指でぬぐったら、
指先に、その所為でよれてしまったマニキュアが見えた、
みたいな情景かなって思いました。
こんな考えなしに動いちゃう自分だから、
こうやって「泣く羽目になる」
って感じかと。
下の句の
「こんなんだから泣く羽目になる」
でまた、うわーって泣いちゃうような
そんな勢いがあって、
めっちゃ共感しました。
流川透明さんの
眠ってる爪に私の色を塗るこれを頼りにまた見つけてね
かわいいいたずらだけど、
どう見てもこれは
一晩だけの遊びのつきあい
に見えるんですが、どうなのかな。
「また見つけてね」の結句が
切ないなぁって思いました。
マニキュア一色だけの手がかりって
また会いたいわけじゃないけど、
「見つけて」くれたら嬉しい、
そういう気持かな。
伊織さんの
切れかけた風呂場の照明に紛れてピンクのマニキュアを剥がしている
分厚く重ね付けしたマニキュアを
お風呂で、
ぺりぺり剥いてるところかな。
痛々しくて辛い歌でした。
「切れかけた風呂場の照明」や
全体的に破調なところから、
自傷行為の一つみたいにも思えます。
明るすぎる照明の下で輝いていた「ピンクのマニキュア」と
剥がすときの荒涼とした雰囲気の落差を想像して、
ホント痛々しい。
スポンサーサイト

<< うたの日(2月21日22日) | ホーム | うたの日(2月18日) >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 ホーム