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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(2月25日26日)


うたの日

2月25日のお題は「LINE」「豚」「今更」でした。

豚肉に塩擦りこんで指先の小さな傷と痛みを分かつ(しま・しましま)
わたしも痛いし傷も痛い、
そして(多分)豚肉も痛いのかも。

この日いいなと思った歌。
工藤吉生さんの
「豚」と呼んじゃいけなくなったサトさんにそれきりなんのあだ名もつかず
「サトさん」という人のあだ名について、
それだけを読まれてて、
他が一切言及されてないところが
めっちゃ非情なうただなぁって思いました。
「サトさん」と「豚」というあだ名について
作者の思いは全然出てきませんが、
それが作者の「サトさん」像なのかな。
本当は「サトさん」は、佐藤って苗字なのかも知れないけども、
みんなが「サトさん」って言ってるから
「サトさん」って人なんだな
っていう程度の認識の間柄なのかも。
「豚」と呼んじゃいけなくなった
という所にだけドラマがあった的な感じが
なんだかぞわぞわっとして
気になる歌でした。

中牧正太さんの
養豚と百回言うと養豚のことを忘れてうまく踊れる
「踊る」が実際に踊るという意味なのか、
何か別の意味をもった言葉なのかが
分からないんですが、
インパクトのある歌だなって思います。
「養豚」って、なんで「養豚」なんだろうな。
普段、気にしたことが無い職業っていろいろあるけど、
養豚も忘れないと何かが出来ないようなものというよりも
普段はそういう職業があることすら意識してない
そんなものだと思うけど、
このうたの主体は、
「養豚」をゲシュタルト崩壊させないと、
何か心の安定が図れない
ってことなのかな。
食肉になるまでの過程のことを考えると
落ち着かないから忘れちゃおう
みたいなことなのかなぁとか
考えましたが、どうなんでしょうね。
葵の助さんの
湿っぽい話もいいね親友とつつく角煮はほろほろ甘い
「湿っぽい話もいいね」が
うん、いいよね、たまには
って共感を誘います。
「親友」だから、たまにこうして
しんみりするのもいい、
そういう感じなんでしょうね。
居酒屋とかちょっとしたお酒の席かなあ。
人と角煮をつつくというのが、
イメージしにくいなって思ったんですが、
「親友」と、居酒屋とかでなら、
そういうのもあるのかも。


2月26日のお題は「音楽室」「それぞれ」「保健室」でした。

この日、本当は「それぞれ」の方に出そうと思ってたんですが、
うっかり締め切り時間を過ぎてしまったので、
「保健室」に変更。
「音楽室」「保健室」共に、
あまりわたしにとっては親しみの湧かない場所なんですが、
「音楽室」って、
ちょっと眩しすぎるかなぁって……。

音楽室は空に保健室は地に近くおいてあるのはどうして?せんせい(しま・しましま)
「音楽室」「保健室」どちらも入ってますが、
「保険室」の方に出しました。
こういう疑問って
多分「保健室」の子からしか出ない
ような気がするんですがどうでしょうか。
ちなみに
出せなかった「それぞれ」のうたですが、
それぞれが忙しい朝ソレが歯を磨けばゾレが靴下を履く
でした。

この日いいなと思ったのは
前田沙耶子さんの
先生は仮病を見逃してくれた それを友情だと思ってた
ああっ、なんか分かる、分かるよー
という歌でした。
大人の冷静な判断を、自分への共感と思って、
それは友情から来たものだって
「思ってた」。
過去形ということは、
そういうことではなかったんだ
って事を分かっちゃったところが
うわー、切ないな
って思います。
上の句の句またがりが
ただの事実の部分を表現する感じがあって、
一字明けも効いてるなぁって気がします。

きいさんの
カーテンに薄く映った先生の影に揺られて午後の保健室
小学生の頃、
途中で発熱したりして
保健室で休ませてもらってたときのことを
思い出しました。
ベッドの置いてあるスペースが、
白いカーテンで句切ってあって、
保健室の先生が何か立ち働いてる影だけ
ゆらゆらっと見えるんですよね。
カーテンで句切られてることも、
その向うに黙っている先生がいることも
なんとなく安心するんですよね。
まどろんじゃいますよね。
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