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しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(3月30日)


うたの日

3月30日のお題は「いくら」「回文」「ゆとり」でした。

まあなんてすてきなもようの木の実なのおたかいんでしょうおいくらかしら(しま・しましま)
「いくら」を「おいくら?」って考えた瞬間に、
「でも、お高いんでしょう?」という
テレビショッピングの定番のアレが浮かんできて、
もう、頭から離れなくなってしまいました。


この日いいなと思ったうた。
shumaさんの
軍艦は無惨なるかな口中に無数のイクラ潰しゐたれば
お寿司のいくら軍艦から、
「無惨なる」を引き出してこられたところが
うーん、凄いなと思いました。
そういわれれば、
たしかに口中はとんでもなく無惨な状況にあるんでしょうね。
わたしはあまり、
卵=命と繋いだうたは好みではないんですが、
卵=命と考えなくても、
いくらと酢飯が口の中で大変な事になってる、
とくに、真赤ないくらのことを考えると、
これはたしかに「無惨」だなぁ、と感じます。
「かな」の使い方も、「無惨なる」を
きっちり引き立ててて、上手いなって思います。
上の句を「軍艦は無惨なるかな」と二句で切って、
まず、おおっと目を留めさせて、
そこから、現在の自分の情況を持ってくるところ、
うーん、上手いなぁ
って思いました。
「軍艦」「無惨」という強いフレーズの上の句に、
下の句で、
軍艦は軍艦でもいくら軍艦の寿司なんだとわからせつつも、
「口中」「無数」「潰し」という
肌感覚でぞわっとする言葉を使うところとか
「ゐたれば」の、それがしばらくの時間経過も思わせてて、
ぞわぞわっとするうたでした。

月丘ナイルさんの
何度目の航海だろう軍艦のいくらはきゅうりの帆を張りてゆく
こちらもいくら軍艦のうたですが、
回転寿司のレーンの上を回るものを詠まれているのかな。
とにかく美しいですよね。
何度もレーンをぐるぐるしちゃうお寿司を、
なんて素敵に詠まれるんだろうって
嬉しくなりました。
マイナスイメージになりがちな、
というか、トホホなものを
美しく掬い上げる眼差しの優しさに惚れますね。
「何度目の航海だろう」
ホントすてきでした。
知己凛さんの
「ひのくるま!」わけもわからずいくらでも出てくる魔法と叫ぶ五歳児
これはもう初句の「ひのくるま!」と、
結句の「叫ぶ五歳児」だけで音符を入れたうた。
「いくらでも出てくる魔法」が、
なんとなくわかるようでわからないんですが、
とにかく、
「ひのくるま」という言葉の意味も知らずに、
何か必殺技の名前を叫ぶように口にする幼児
ってのがツボでした。
「五歳児」という年齢の指定もいいなぁ。
いかにも、ヒーローものに憧れて、
何か大声でいつも叫んでいそう。
わたしも子供が小さいときは
なんだかよくわからないままに
何度も退治されたこととか思い出しました。
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