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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(4月15日)


うたの日

4月15日のお題は「右」「説」「言えないままのこと」でした。

右ひだり、また右をみてそうやっていつまでも渡れずにいる青空(しま・しましま)
実はこのうた、
詠んでるときに、下の句の句またがりの韻律が
なんだか自分でもわからなくなってしまって、
そのまま出しちゃったんですが、
今数えたら
そうやって//いつまでも/わたれずにいる//あおぞら
で、5・12・4ってとこでしょうか。
わたし自身は読む時に、
いつまでもわたれずに/いるあおぞら
と適当なところで軽く切って読んでましたが、
まあそれはともかく全体では2音字余りですね。
定型律を意図的に外すのはまた違う話ですが、
こうやって無自覚というか
ああーわかんなくなっちゃったな、まあいいか
は駄目だろうなと反省しきりです。

この日いいなと思ったうた。
ネネネさんの
まだ右も左も分からなかったころ まっすぐ信じてつなげた手と手
恋愛のうた、と断定することもない
かとは思いますが、
やっぱり恋愛観がベースになったうたかなって思いました。
このうたに直接出てくる「手と手」は、
自分の手と、特定しない誰かの手ってことと思います。
「まだ右も左も分からなかったころ」
物事をあまり知らなかったころで、
物事をあまり深く考えなかったころなんでしょうね。
その頃は、
手を差し出されればそのまま繋いでしまうし、
そこには無条件に好意があると思えてた。
でも今は……。
っていう言外の思いが辛いですね。

青山ハナコさんの
左ききあの子の右手はやわらかできっと誰かが恋してしまう
「左きき」の「右手」と、
「やわらか」がいいなって思いました。
多分実際のところは、
利き手でない方の手がやわらかと
はっきりわかるほどの違いはないと思うんですが、
その微妙な違いを
「やわらか」と言い切ってるところに、
ちょっと切ないような気持がしますね。
このうたは、
女の子が、同性の友達である「あの子」について
詠んだうたかなって思います。
何度も手を繋いだからわかる微妙な「やわらか」さ。
いつか、好きな人ができて、
この手を繋ぐのも自分ではなくて、
恋の相手になっちゃうんだな、
「きっと誰かが恋してしまう」ぐらい、
とてもステキな子だから
っていう感じに読みました。
照屋沙流堂さんの
この廊下を右に曲がればきみに遭う確率はやや上がるが遭わず
「廊下」がいいなぁって思いました。
そのひとことで情景がぱーっと浮かんで来ます。
中学か高校か、とにかく学校の廊下。
「きみ」は主体にとって、
クラスは違うけど気になる人なんだろうな。
もしかしたら廊下ですれ違ったりできるかも
という淡い期待も
今回はあっさり空振り。
勝手な想像ですが、
いくら気になる人だからって、
敢えて用もないのに見に行くことを
良しとしないタイプの青年なんだろうなとか
思ってしまいました。
目的地へ行くまでの必然としての道のりで、
遭えたらいいなって思ってて、
でも、遭えなかったら遭えなかったで、
確率は高かったけども遭えなかった
で、済ませたい。
(同じ校内にいるなら、他でも遭える可能性あるし)
っていううっすらとしたプライドが感じられて、
いいな、若さだな
って思ってしまいました。
「上がるが遭わず」
というさっくりした感じの結句が
面白い味になってるなって思います。
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