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しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(4月17日)


うたの日

4月17日のお題は「ボタン」「物語」「底」でした。

主に手を拭くのに使うつもりだった今日のハンカチかばんの底より(しま・しましま)
うーん、あんまり深い意味はないんですが、
使うつもりで持っていったハンカチを
結局使う機会がなくて、
でもかばんのそこでくしゃくしゃになってて
あーなんか…って感じだったんですが、
何か思わせぶりなところがあったみたいで、
反省しきりです。
「主に手を拭くのに使うつもりだった」
の無駄に迂遠な感じというか
うねうねのリズムがちょっと面白いかなぁ
って思って、
どうも完全に失敗した模様です。

この日いいなと思ったうた。
静ジャックさんの
練習を終えた安らぎ水底を宇宙飛行士気分で泳ぐ
一目見て、
うわっこれは気持がいい!
ってハートを決めました。
情景としては水泳部とか、プールを使う部活の練習の後
でしょうか。
さっきまでも水中で練習をしていたんだけど、
練習後に、ただ目的無しに
すうーっと水中に体を流して移動する。
心身をクールダウンさせるみたいで
ホント気持がよさそうでした。

きいさんの
春の夜ひと息に飲むヤクルトの小さな底にあるわだかまり
「ヤクルトの小さな底にあるわだかまり」
というフレーズがいいなぁって思います。
たしかに、ヤクルトを飲むと、底に何かこびりついてる沈殿物がありますね。
あれを「わだかまり」とされたところも
いいなって思いますが、
「小さな底」というところ、
ささいなことだけど、効いてるなぁって思います。
もともとヤクルトそのものが、
一気に飲み干してもさほど爽快感があるものではないけど、
その小さな底にどうしても残ってしまう「わだかまり」が、
日常のほんとにささやかな「わだかまり」と重なります。
「春の夜」の、水分の多いけぶるような感じと、
「ヤクルト」も響き合うものがあるなぁって気がします。
小宮子々さんの
ここが夜の底です月を横切って泳ぐ魚の影が見えます
幻想的で、ゆったりとしたリズムが、
なんともいえず魅力的でした。
孤独な夜の、だけどほんのり明るさがあって、
落ち着いた心地よさが感じられます。
ですます調の童話っぽいたたずまいも好きなポイントでした。
句またがりにつぐ句またがりのうたなんですが、
違和感が全然なくて、
少しあとになってから、
あ、これ句またがりなんだなって気がつきました。
月丘ナイルさんの
スポンジも光も届かぬ場所ならばきっと静かに眠れるだろう
「光も届かぬ場所」で安らぐというのは、
とても普通に分かる感覚ですが、
「スポンジも」というところにぐっときますね。
主体はいったいどういう場所で安らぐんだろうって。
コップとかステンレスボトルとか、
ある程度深さのあるものを洗うのに、
とにかくぐいぐいスポンジを押し込みますが、
あれを外からの無情な侵入者として捉えている人がいる
って思うと、
なにかもう、ああっって気持になりました。
そうか、そういう感じ方もあるんだな、
そうかも、そうなんだろうな
って。
宮木水葉さんの
ぬばたまの眼窩の底ひ密やかに海を湛ふる人形の首
美しいうた、
って思いました。
定型、文語、旧かな遣い、厳選された美しい語句が
結句の残酷性をより際立たせてると思います。
実際に、その人形が「首」だけなのか
そこまでしか詠まれてないだけなのか
それは分かりませんが、
意図的に「首」で終る短い物語が
ホント美しいなって思いました。

ところで、この日はどのお題でもステキなうたがいっぱいでした。
特に「物語」で、わーっいいなって思ううたがあって、
それについても、ちょっとだけ。
たかはしみさおさんの
ぼくの描く物語にはペスがいて千切れるほどに今も尾をふる
「物語」で投票して、
これにハートを入れたかった…と
あとで思ったうたでした。
「ペス」という具体的な名前がホントぐっときますね。
不思議なもので、「ペス」ってどう考えても
犬の名前としか考えられない。
しかも、実際にそんな名前の犬を、
作者は飼っていたんだろうなって思わせられる名前です。
「今も尾をふる」が、
切なくも、ほんわりとあたたかいですね。
わたしは、猫を飼ってるんですが、
短歌でその猫を詠むのむずかしいなって痛感してます。
俳句では、瞬間のきりとりみたいなところがあるんで
猫をいっぱい詠めるんだけど、
短歌では難しい。
ところが、
もう十年よりもっと昔にさよならした犬については
短歌で詠める、気がします。
久哲さんの
ボクいつもねてしまいますおきてるとゆめものがたりみてしまうから
も、いいなぁって思いました。
ひらがな表記でふわっと詠んでありますが、
読後感が切ないです。
ひらがなや「ボク」という幼さや拙さを感じる表記が、
より主体の内側のやわらかい部分からの心情を吐露している
って感じがします。
「夢」ではなくて「夢物語」という遠さがホント切ない。
西村湯呑さんの
そのむかし樹上を去った朋友を今も見つめている森のひと
「もののけ姫」の猩猩たちを連想しましたが、
オランウータンなどの実際の類人猿かもしれません。
人間をまだ、かつての「朋友」と思ってくれているんだろうか、
さまざまに思いの広がるうたと思いました。
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