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こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(4月22日)


うたの日

4月22日のお題は「客」「人生」「思い出」でした。

人生で貰える三つの袋のうちの二つ目までを開けてしまった(しま・しましま)
結婚式のスピーチで、
人生、三つの袋ってキーワードの話がありますよね。
あれはなんだっけなぁ。
福袋?袋とじ?
まあ、多分なんだかんだでもうわたしには
残り一つぐらいしかないんだろうな
っていう、
非常にぼんやりした印象だけで詠んだうたでした。


この日いいなと思ったうた。
中牧正太さんの
飛べないね飛べないなあと笑いましょうせっかく人に生まれましたし
自分の人生観、というとこと
お題の「人生」を「人」と「生」に分けて使われたうたと思いました。
前向きなネガティブが好きですね。
人は飛べない、
ということを笑えることだとして、
「せっかく人に生まれ」たんだから、
人として「飛べない」ことも「笑」えることも楽しめばいい
みたいな感じかなと思うんですが、
このうたで一番好きなのは、
「飛べないね飛べないなあ」という、
一緒に笑おうよって誘ってるところ。
誰かと気持を共有できるのも、
やっぱり「人に生まれ」たから出来ることですよね。

森下裕隆さんの
5年後のきみは短歌を詠んでると言ったらボクはへんな顔した
面白い状況下にあるうただなって思って
楽しくなっちゃいました。
アレですかね、タイムスリップ。
未来から自分自身がやってきて、
「5年後のきみは短歌を詠んでる」
なんて突然言われたら、やっぱり誰でもへんな顔になっちゃうね。
それが、短歌をやってる自分が想像できなくて、なのか
まだ突然現れたもう自分って存在にとまどったままなのか
どっちもなのか、
そのあたりは分りませんが。
前田沙耶子さんの
死ねるほど薬を出してもらえずに人生ゲームの棒らしき日々
「薬を出してもらえず」ってことは、
多分薬局の市販薬の購入じゃなくて、病院の処方箋かな。
主体が、もっと欲しいと思ってるのか、
ふと、
これ全部飲んでも死ねないんだな
って気がついたということなのかは
分りませんが、
「死ねるほど」は出してもらえないという事実。
そういえば、人生ゲームもデスエンド無いですね。
一度ボードに乗せたら、
ゴールまで行くしかない。
で、このゲームの車に乗せたピン人間みたいなコマが
これまたびっくりするほど無機質で味気ない。
処方薬の分量と人生ゲームの対比が
ふむ、なるほど……という感じがしました。

選はしなかったんですが、<おまけ>で
ツイッターで見かけて面白いなと思ったうた。
「客」の
萩野聡さんの
ふといまを客観視する眼が生まれ執拗に汝の頬をつまみぬ
思わずふふっと笑っちゃう面白さがあって目を引きました。
ありますよね。
ふと「いま」を客観視、
っていうか、妙に懐疑的な気持になること。
これは夢?みたいな状態になって、
自分の頬をつねってみるとかよく漫画表現で登場しますが、
それを「汝の頬」つまり相手のほっぺでやってるところでしょうか。
ちょっと何?やめてよ
とか言われつつも、
うーん?うーん……って
「執拗に」ほっぺをつまんでる主体を想像すると
可笑しかったです。
「執拗に汝(な)の頬をつまみぬ」という、
硬いんだか柔かいんだかっていう下の句が
めっちゃ好きだなぁ。
「思い出」の
月丘ナイルさんの
じいちゃんが釣ったスズキは少しずつ話の中ででかくなってる
この日のバラ、つまり主席になったうたですね。
これも面白かったです。
祖父がかつて大きなスズキを釣り上げたことがあって、
その時の話を何度もしてくれるんだけど、
その度に釣り上げたスズキのサイズが大きくなっている
っていうユーモラスでかわいいうたなんですが、
なんとなく、
じいちゃんの口から語られる「話の中」だけじゃなくて、
その後、じいちゃんの思い出話として、
主体の中で繰り返してしまう「話の中」のスズキが
勝手にどんどん大きく育ってるような
そんな気がしてしまいました。
「思い出」というお題があるから、
かも知れません。
静ジャックさんの
花の名を答えられずに笑われた 写真の中に君とスズラン
このうたも、お題「思い出」というワードとの相乗効果があるなぁ。
恋人とどこかへ出かけた折にとった写真と、
その時のエピソードでしょうか。
植物オンチの彼をからかって、
この花の名前は?って聞く彼女と、
その花はなんか知ってるけど、名前までは出てこなくて
わかんないっていう彼。
えースズラン知らないの?
いや知ってるけど知らなかった
みたいな情景を想像して、
うーん、ほのぼのといい思い出だなぁって思います。
写真を見るとその日のエピソードがふわっと戻ってくるんですね。
こんなほのぼのしたうたなのに、
どことなく淋しい余韻がするなぁって思って、
その淋しさの出所を考えたんですが、
写真と、それによって引き起こされる思い出、
っていうどちらも過去のものってところでしょうか
「写真の中に君とスズラン」という下の句の
S音の透明感やリリカルさもそういう感じをさせるのかも。

これから毎回、という訳にはいかないと思いますが、
時々<おまけ>付けようかな。
今回みたいな投票しなかったお題の中の
好きなうたの感想を書くか、
投票したお題で、
選ばなかったわたしなりの理由を書くか、
どっちがいいんでしょうね。
うーん、後者はまず、
それを書いてもいいよって人がいないと無理でしょうね。
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