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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(5月7日)


うたの日

5月7日のお題は「皿」「癖」「賞」でした。

この癖ももとはあなたのものだったまず空打ちで試すホチキス(しま・しましま)
かちかちって、つい空打ちしちゃうんですよね。

この日は「皿」「癖」の投票をしました。

この日ハートを入れたうた。
雀來豆さんの
こんな青ではなかったと祖母は言う仕舞っておいた古伊万里の皿
古伊万里の皿、
骨董品として保存あるいは飾っておくものではなくて、
何か特別な日にだけ実際に使われるようなお皿を想像しました。
それを、その特別な日が来るので、
出して並べておいたものを、
主体の祖母がしばらく眺めていて、の、
「こんな青ではなかった」かなって。
祖母の記憶の中の古伊万里の染付皿の「青」は、
もっと鮮やかだったのか、
もっとやわらかだったのか、
とにかく、
思ってたのと微妙に違うことへの違和感と苛立ちのようなものが
初句から二句にかけての句またがりの
「こんな青ではなかった」
から聞かれるようでした。
祖母と古伊万里の皿と主体、
それから、それらの背景としての家の感じとか
関係性や佇まいがわーっと想像されて、
しみじみとした余韻のあるうたと思いました。
富井丈生さんの
なぜかかう見つめてしまふものとして例へば他人の昼飯がある
ふふっと笑ってしまうような、
でもどことなくわびしい感じが魅力的なうたでした。
そうそう、思わず見ちゃうよね、
朝食とか夕食じゃなくて、昼食、
しかも「昼飯」っていう表記込みであるあるポイント
というのもありますが、
単なるあるあるではなくって、
じわっとわびしい人恋しそうな感じがして、
そこが好きです。
「他人の昼飯」という、
本来「他人」のものであるのに、
それを「見つめてしまふもの」の一例として
自分のフィールドに引き込んじゃう面白さと、
だって気になるから、とか
見てしまうものは見てしまうんだから仕方ない
っていうんじゃなくて、
「なぜかかう」と、そういう行為についての
含羞みたいなものが聞かれるところがめっちゃぐっときます。
含羞。いいですよね。含羞。

太田青磁さんの
皿洗う音の高さよ抑えきれぬ思いは家人に伝わるものか
これもホントいいなって思いました。
キッチンで一人洗い物をしている主体。
家族には伝えていない、あるいは伝えられない理由で
感情が高ぶっていて、
それがお皿を洗う音の高さにも現れちゃってるなって
自分でもそう思うんだけど、
なかなか冷静になれないでいる。
背後か、もうちょっと離れたところにいる家族に、
この洗い物の音がいつもよりも高いことが気付かれるだろうか、
その理由として、自分の心のうちまで、
気付かれてしまうだろうか。
って感じかなって思います。
文語定型でぐっとおさえつけた感情が、
「高さよ」「伝わるものか」と、
スパッと切れ味よく切られてて
そこから「抑えきれぬ思い」が余韻として漂うようでした。
えだまめさんの
ストローのジャバラをS字に曲げて飲む癖はあなたの真似が始まり
頭の中で想像してみましたが、
「ストローのジャバラをS字に曲げ」るって
これはなかなか難易度が高そう。
一度全部引っ張って延ばしてから、
ぐりっぐりって曲げるのかな。
あんまり意味のなさそうな行為ですが、
だからこそ、真似したくなっちゃって、
それが自分の癖になってしまうんだろうなって思います。
さらっとした表白の感じや
「ストローのジャバラをS字」の語感から、
なんとなく爽やかな初夏の雰囲気もあって
そこも好きだなって思いました。
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