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しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(5月10日)


うたの日

5月10日のお題は「自由詠」
みっつの部屋全てが自由詠でした。

わたしがおじゃましたのは
二つ目のお部屋。
投票したのは
二つ目と三つ目のお部屋でした。

痛かったら右手を上げてといわれたことふと思い出して右手を上げる(しま・しましま)

この日ハートをいれたうた。
中牧正太さんの
正しくてきっとわたしを選ばないパックジュースの角を持つひと
うん、正しい人なんでしょうね。
「パックジュースの角を持つひと」って。
でも、ある意味こどもっぽい人だなぁって思いますね。
幼い子供の頃は、
物を持つときの力加減が自分でうまく調整できなくて、
パックジュースを持たされても、
強めにお腹の部分を押しちゃって
ぴゅっとストローからジュースをこぼしがちですよね。
それを予防するためにも、
親は「角のところを持つんだよ」
って教えるわけですが、
成長するにしたがって力加減を覚えて、
持ちやすい好きなところを持つようになる、
と、思うんですが、
そこが変化しないまま大人になった人。
幼い頃の正しさをそのまま持ってきちゃった人
って感じがします。
そういうこどもっぽさ、ね。
それがいいとか悪いとかではなくて、
主体は、そういう人は、
もしかしたら、自分の正しさのものさしで
自分も測られてしまうんじゃないか、
そうしたらきっと正しくない自分は選ばれないんじゃないか
って思ってる
そういううたかなって思います。
この、
実はお互いに測りあってる感みたいなところが
なんともいえず切なくて好きです。
矢波多恵さんの
びちびちと跳ねる音させベランダを選んだ雨は魚のにおい
海に近いんでしょうか。
ふっと潮風がなまぐさいようなことってありますよね。
一戸建てのおうちのベランダというよりも、
マンションとかのコンクリのベランダを想像しました。
水はけのわるいベランダに
大粒の雨が音を立てて、
その雨に濡れたコンクリが
ちょっと潮の匂いを思わせてる
みたいな。
「びちびち」っていう擬音がめっちゃいいなって思います。
実際のところは「ベランダ」と「雨」なんですが、
生命感を感じます。
だから「魚のにおい」も、
いやな匂いじゃなくて、
さっきまで海にいた生きてる魚っぽい雰囲気。
この匂い、
もしかしたら嗅いだことあるんじゃないかな
この雨はきっと夏の雨だなとか
思わせるうたでした。

ツナマヨさんの
笑うなら笑えばいいさ見せものじゃないんだこれは求愛ダンス
「求愛ダンス」っていうと鳥とか昆虫のイメージ。
かわいくも滑稽でたまにテレビなどでも取上げられます。
鳥の求愛ダンスをお茶の間で笑ってみてる分には、
少なくとも当の鳥には伝わらないから
まだいいんですが、
これが人間の求愛のジタバタだったら
笑われるのは辛いですよね。
「笑うなら笑えばいいさ」って強がって、
でも、
「見せものじゃないんだ」
って言いながら、
一番見せたい人への「求愛ダンス」を続けてる人
その不器用だけどまっすぐなところがいいなって思います。
かつらいすさんの
ゴミ袋すこし破れてこぼれだす くす玉だったカラフルな紙
祭りの後の淋しさ、
みたいな感じが胸にぐっとくるうたでした。
「くす玉だった」の「だった」がいいですよね。
今でももちろん「カラフル」なままなんだけど、
ハレの日の瞬間はもう遠く過ぎ去ってる、
みたいな感じがして。
カ行の晴れ晴れとした明るさも、
祭りのあとの明るい空虚感があるなぁとか
思いました。
小向大也さんの
二人とも目を閉じて待つ側だからはじまりがいつも少し遅れる
ああ、ぐっと来ます。
説明不用の情景ですよね。
内容については
言葉にするほうが野暮な感じ。
このうたで好きなところは、
もうひとつ、
下の句のリズムの訥々としたところ。
77の部分が
4+1/3/3/4
四句目に助詞の一音を入れて字余りになってるところが
すごく好きです。
桜望子さんの
水面に星空うつるアメンボは宇宙飛行士を夢見た少年
幻想的ですよね。
実際夜のアメンボを見た事がないので、
想像するだけなんですが、
すてきですよね。
アメンボが宇宙飛行士、
ではなくて、
「宇宙飛行士を夢見た少年」
ってところがいいなって思います。
勝手に深読みさせてもらうと、
この
「宇宙飛行士を夢見た少年」は
今どうしてるんだろうなって思います。
夢を叶えることは、
多分出来なかった少年で、
それは亡くなってしまったのか、
夢を諦めてしまったのか、
どちらにも取れますが、
主体が、
夜のアメンボを見た、あるいはそれについて思ったとき、
かつて宇宙飛行士になる夢を語ってくれた少年が
浮かんできて、アメンボに重なった、
みたいな情景を想像します。
西村湯呑さんの
父の背で藁振るだけのわたくしにいちばん多くよそわれたカレー
うーん、このうたもめっちゃ好きでした。
ハートを迷うぐらいで、
今になっておもうと、
やっぱりこれにハートを入れたらよかったかも
って思ったりして。
幼い頃の回想の一首ですよね。
家族総出の稲刈り風景とか想像します。
主体はまだ幼くて、
どちらかというと、
家に残しておけないから現場につれてこられた
っていう存在かなって思います。
退屈そうにしてるから、
藁しべなんて持たされて。
お父さんにおんぶされての帰り道の
ゆうぐれの風景が浮かんで来ます。
先に帰って夕飯の準備をしてたお母さん。
そうだな、おまえも今日はがんばったな
って、カレーをよそってねぎらってもらった
みたいな感じを勝手ながら想像して、
あー
やっぱりハートだった!
って今更くやんでます。
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