プロフィール

しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

うたの日(5月16日)

うたの日

5月16日のお題は「賭」「銀」「金」でした。

いいよって言えば忽ち敗色に染まる水にすべらす桃のぎんいろ(しま・しましま)
四句目の三音の字余り。
意図的に余らせたままにしたんですが、
やっぱり失敗したなって思ってます。
私は作者なんで、読む前から全体の構図が分ってて、
「敗色に染まる」を一気に読む、
どっちかといえば
句またがり気味の二句目の
「忽ち」あたりからそのまま切れ目無くつなげるような
そういう勢いで一気に読む
って感じで、
うん、なんとか定型感は残るな
って思ったんですが、
よく考えたら他の人が初見で読む場合
「いいよって」「いえばたちまち」「はいしょくに」
「そまるみずに」……あれ?
そまるみずにすべ……あれ??
ってなっちゃいますよね。
うーん、その辺り失敗しました。
もう一つ、うたの日の評で
「桃のぎんいろも謎」
という指摘を受けましたが、
この謎なのが、
登場のさせかたが謎なのか
ぎんいろなのが謎なのか
分らなくて、
後者かなって思ってますがどうなんでしょうか。
桃を水に入れたときに、
空気をまとって銀に包まれたみたいにみえる
というだけの話だったりしますが。

この日ハートをいれたうた。
たかはしみさおさんの
銀色が剥がれをちたる匙を手に母へ寄り添ふ 星になるまで
介護が必要になった母に対する自分の思い
みたいなものを美しく詠まれたうたと思いました。
「銀色が剥がれをちたる匙」
(ちなみにうたの日の評にあったように、
落ちるは旧かな遣いでおちるです)
これが、使い古された匙のイメージなのか、
赤ちゃんのときに、食べることに困らないようにって
願いをこめて贈られる銀の匙のイメージなのか
その辺りは分らないんですが、
やっぱり食事介護の映像がふっと浮かんで来ますね。
で、
一マスあけた「星になるまで」がすごく好きです。
何が「星になるまで」なのか
はっきりと提示されてはいないんですが、
単純に「母」がではない、という気がします。
どちらかというと二人が、というイメージで読みました。
やや甘い美しいイメージなんですが、
母の介護というリアルから、
ぐっと自分の心情に引き寄せたときに、
この美しさが出せるって、
すごくすてきだなって思うんですよね。
またその話かって言われそうですが、
わたしは長く俳句をやってきて、
たしかに年老いた親(特に母)の介護と自分
というモチーフは、
俳句でもよく見かけます。
それだけ、ある年齢以上の作家にとって、
詠まなくてはならない
実生活でも心理的にも比重の大きいことなんだと思います。
きれいごとで終らないことを、
こんなに美しく昇華させてあるところに
悲しさと美しさがある
って気がしてハートでした。

音符をいれたうた。
秋本こゆびさんの
この星が湯船につかる体積でどどうとこぼれっ放しの銀河
ダイナミックな景がすてきでした。
お風呂と夜空って、
不思議と相性がいい気がしますが、
湯船から銀河の広がり方がステキすぎでした。
「どどうとこぼれっ放しの銀河」
っていう下の句のリズムと勢いがいいですよね。
うーん、すてき(それしか書いてない)
遠木音さんの
銀色が無いので鉛筆うすく塗るまぁまぁいけるそんなもんです
おもわずにやっとしてしまううたでした。
「まぁまぁいけるそんなもんです」
というゆるい話し言葉がいいですね。
「銀色が無いので鉛筆うすく塗る」
無いは無いなりの努力が
きちんとそれなりに結果を出してくれる
っていう丁寧さを
軽い感じでふわっとまとめられた大人なうたって思いました。
クレヨンにはだいろがないから
みどりでママの顔を塗るような力技とは違う、
ほどよく力の抜けた感じが好きです。
終栗夢さんの
銀の粒次に生まれてくるときは服の飾りになりなよ 食べる
この「銀の粒」は、アラザンかなぁ。
「次に生まれてくるときは服の飾りになりなよ」
って、
めっちゃ面白いなって思いました。
まさかの来世へのアドバイス。
なりなよ、なんて
上から目線のやさしい視点。
唐突すぎる、結句の「食べる」の
身も蓋もない感も
なんとなく面白かったです。
スポンサーサイト

<< うたの日(5月17日) | ホーム | うたの日(5月15日) >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 ホーム