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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(5月17日)


うたの日

5月17日のお題は「ドラマ」「駅」「整」でした。

この日は「整」に投票させていただきました。
ハートを入れたうたは
静ジャックさんの
父の描く馬は馬より犬に似て遺品整理の進まない午後
休日の一日をかけて遺品整理をしている主体、
というのが想像されます。
できれば今日中にてきぱきと済ませたい。
でも、
ついつい手に取るもの手に取るものに
故人の思い出がしのばれて、
なかなか整理が進まない
という情景でしょうか。
たとえば、この絵。
父は馬だと言っていたけど、
今見ても、
やっぱり馬というよりは犬に似ている。
上手くはなかったけれど、
絵を描くのが好きだった、とか
何かの理由があって描かれたものだったとか
ひとつひとつに父の思い出がよみがえるんだろうな
って思うと、
ユーモア漂う中にも悲しみが読み手にも伝わって来ます。
このうたの穏やかさから、
主体の気持の整理の方は、
すでにある程度ついているのかなって思います。
言い過ぎないところに、
しみじみとした余韻が漂ううたって思いました。

音符をいれたうた。
泳二さんの
先生は話し続ける作文のひとつひとつを整えながら
このうたも好きで、ハートを迷いました。
国語の先生でしょうか。
手元の作文の束に視線を落としながら、
話を続けられる先生。
主体は、そんな先生の姿を凝視してるんでしょうね。
だから、先生の話す姿が焼きついている。
現在進行形で詠まれてはいますが、
過去回想のうたじゃないかなって思ったりしました。
これはもう自分の妄想の域に入っちゃいますが、
中学校あるいは高校の時の恩師を思い出すとき、
まっさきに思い浮かべる姿が、
うたのようなスタイルだったんじゃないかと。
あれから随分年月が経ったのに、
ありありと当時の先生の様子が思い浮かぶ
みたいな。
だとしたらうらやましい主体だなぁって思います。
「先生」というフレーズに、
主体との心理的な近さというか、
なんともいえない親しさみたいなものが
ふわっと感じられるような気がするんですよね。
ニキタ・フユさんの
この恋の混沌としているなかで整列しているナビスコリッツ
とにかく下の句が好きだなって思いました。
「整列しているナビスコリッツ」
それは別にオレオだろうと、
森永チョイスだろうとブルボンのプチシリーズだろうと、
整列してるお菓子には違いないんだろうけど、
「ナビスコリッツ」がやっぱりいいなって思います。
なんとなく、なんとなくですが、
主体が大人の女性、という感じをさせます。
ふわっと沢口靖子が立ち上って、
すぐに消えてしまう感じ。
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