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しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

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うたの日(5月22日)


うたの日

5月22日のお題は「席」「近所」「甘」「受」でした。
この日はわたしが参加した「近所」が十五首だったことから、
全首にコメントを入れてみたんですが、
うーん、やっぱり難しさを痛感しました。
ここでいつも書いてるように、
すきなうたには止め処もなく書けるし、
ここが惜しい、ここが気になる、ここが分らない
というのは書けるんですけども。

ご近所がえぐられていく真っ青なビニールシートは手早く張られ(しま・しましま)
別に殺傷事件の現場を覆うビニールシートではなかったんですが、
あの目に鮮やかなブルーシートってどういう場面でも
身近な町にあると異物感はんぱないですね。
大体それが撤去されても、以前と同じ場所とは思えなくなっちゃう、
そんな場合が多い気がします。

ハートを入れたうた。
たかだ牛道さんの
道に描いたライオンの絵を「上手ね」と言いながら消す向かいの小母さん
このうたと、もうひとつのうたでハートを迷いましたが、
「小母さん」という、
なんとなく昭和を思わせる漢字表記が好きだったので
こちらに入れました。
道に落書きをする子供、
というところからすでに、なにか昭和な雰囲気ありますね。
お向いのおばさんがそれを見て、
「上手ね」って「言いながら」消す。
うーん、やさしいんだかシビアなんだかっていう人だなぁ。
もう何回か、こういうことがあったのかなぁとか
想像が広がります。
初回なら、多分道にらくがきすることについての
教育的な指導が一言ぐらいあるんじゃないかなぁ。
「上手ね」っていってくれるぐらいの人ならば。
まただよって気持で、
それでも絵そのものについてのコメントを残してくれる
っていうのは、
それが「上手ね」を言い終わらないうちから消していく人でも
やっぱりやさしいおばさんなんじゃないかなぁ。
というのは、大人目線の感想ね。
ぐっと子供目線に入って読むと、
これはなかなかこわい状況って思います。
地面にしゃがんで一生懸命描いていた「ライオンの絵」
そこにふっと影がさして、
みあげたら、向かいのおばさんが立っている……。
ところで、
道に絵をかくのって、
やっぱりチョークとかでしょうか。
それを消すって、
外用の箒とかなんでしょうか。
これが水をかけて消すんだったら、
より怖い気がしますが、
箒であってほしい……とか思いました。

音符を入れたうた。
吉川みほさんの
せわしないメジロさみしいインコがいる 九官鳥による鳥事情
ハートを迷ったうたのもうひとつが一首でした。
うーん、これすごく好き。
もうね、
「せわしないメジロさみしいインコがいる」
という上の句がまず好きです。
庭に来る野鳥可愛さナンバーワン(とわたしが思っている)メジロに
「せわしない」、
おしゃべりで明るいイメージのインコに
「さみしい」
という形容詞がそれぞれ与えられてるところ、
なんてすてきなんだろうって思いました。
で、しかもそれらを見つけて、
主体に教えてくれるのが
「九官鳥」って。
うーん、いいなぁ。
九官鳥がぐぐっとクローズアップされた感じがしました。
毎日散歩に出る犬でもなく、
勝手に外をうろつく猫でもなくて、
多分、家の前の鳥かごの中でじっとしているだけの
九官鳥が、ご近所のことを教えてくれるっていいなぁ。
めっちゃ耳がいいんでしょうね。
再現も上手そう。
「鳥事情」で締められたユーモアもすてきでした。
萩野聡さんの
見下ろして近所の浅川にすこしづつ魚がもどつてきたことを知る
うちの近くの川も、
まあかなりの田舎ではあるんですが、
わたしが子供の頃は
夏休み前のプリントに、
あえて「遊泳禁止」と注意書きがされるぐらい
汚れた川だったんですが、
何時ごろからかきれいな川を取り戻す活動が始まって、
今は(場所によるけど)蛍が見られる川になりました。
このうたの川も、
そういう川なのかなって思います。
「見下ろして」の、
やや唐突な初句、いいなって思います。
川と主体の距離感が、ほんのりある感じがします。
川をきれいにする活動を、
知ってはいるけど、参加したことはない、
ぐらいの主体っぽい気がしました。
小さな魚影が見えたのか、
夕日の中にきらきらと小魚が跳ねる光が見えたのか、
とにかく何かしら「魚」が見えたんだろうな。
ただ、二句目の字余りがリズムを崩してるのあg
気になるんですよね。
「浅川」っていうのは、その川の名前なんでしょうか。
単なる浅い川という意味なんでしょうか。
あえてリズムを崩してまで「川」でなく「浅川」とした理由が
ちょっと分らないなぁって思いました。
塾カレーさんの
バス停のそばに立ちたる白樺が幸といふ字のごとく見ゆる日
一目見て、作者が誰かわかっちゃったうたでした。
うたの日ではなくて、
第17回のうたの人(お題「幸」)に塾カレーさんの
薄暗き病室(へや)から見ゆる白樺は幸と云ふ字のごとく立ちたり
といううたがあるので、
「白樺が幸という字に見える」というモチーフを
改めて詠まれたんだろうなって。
改作というよりも、
角度を変えてこのモチーフにもう一度トライされたのかなぁ
とか思いました。
で、
今回は白樺の方に「バス停のそば」という場所が与えられたことで、
ぐっと白樺のリアリティが出ていいなって思いました。
それを見る主体の立ち位置も自ずとリアリティが出る
……ような気がします。
「バス停のそば」の、見通しのよさそうな明るさがいいなぁ。
主体はそこから少しはなれた所で、白樺を見ている感じがします。
何かの模様がふっと別のものに見える、
それが「幸」に見えた、
っていうのは、
何かしら主体が「幸」についての思い入れがあって、
現在のところ幸せだとは思ってない人なのかもしれないんですが、
明るい場所を与えられて、
ふと心に「幸」へのあこがれみたいなものが差したのかな
とか、幾分明るいイメージがあって、いいなって思いました。
ただ、「近所」感はあまりないかも。
お題が「近所」だから、近所にあるバス停なのかなって思うけど、
ちょっとやっぱりお題からは遠いような気もしました。
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コメント

昨日の歌は、どうせ誰も覚えてへんやろ、という感じで出してしまいましたが、すぐ分かってしまいましたか。いやあ何だか申し訳ないです。。
それにも関わらず、わざわざ取り上げていただきありがとうございました。

Re: タイトルなし

印象深いうたでしたからー。
実はわたしも、過去に詠んだものにたまに手を入れてみてるんですが、
一から詠むより難しいなって痛感してます。


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