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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(5月29日)


うたの日

5月29日のお題は「勇気」「書」「狼」「Q」でした。

ハートを入れたうた。
紆夜曲雪さんの
(合鍵もなく狼は日暮れまで立っていた)サイレンがきこえる
()内のことばが実景なのか比喩なのか
どういう情景を詠んだものなのか
イメージで遊んだだけなのか
ちょっと分らなかったんですが、
()の外にある「サイレンがきこえる」が
すごくいいなって思いました。
()内だけだと、
どこかポカンとしたような途方にくれたような雰囲気が
しなくもないんですが、
「サイレンがきこえる」で
ぐっと不穏な雰囲気が漂うような気がします。
わたしの頭の中では、
合鍵がなくて自宅に入れない少年がいて、
彼がこの「サイレン」をきいてる
となってます。
不安定なリズムが少年の不安な気持とリンクするような
そんな感じがしました。

音符を入れたうた。
きつねさんの
オオカミになってほしいと思う夜 もう一杯ずつビールを飲んで
このうたもすごく好きで、
ハートをとても迷いました。
「オオカミになってほしい」って
いわゆるオオカミですよね。
って伝わりにくいですね。
赤ずきんちゃんを襲っちゃう狼というか
「男は狼なのよ気をつけなさい」(古っ)
のオオカミ。
このカタカナ表記がいいなって思います。
「狼」だとちょっと生々しいようなところを
あっさりと表現してある感じで。
下の句もいいですよね。
なんとなく品がよくて可愛らしいなって思います。
「もう一杯ずつ」の丁寧な表現が
このふんわり感を出してるんでしょうか。
じわじわ魅力が増すなぁって
今日になって改めておもううたでした。
桔梗さんの
ぬばたまの影絵のやさしいおほかみがきみの代はりにあやまつてゐる
影絵のおおかみが、
「ごめんね」っていう。
かわいい情景だなって思います。
直接自分の口からは謝れないから影絵で伝えるって
素直じゃないけど素直な「きみ」って感じで
かわいいですね。
「ぬばたまの影絵」っていいなって思います。
わたし自身は枕詞って
全然扱えない言葉のひとつなんですが、
こうやって使われてるところを見ると
ホントすてきだなって思います。
調べてみたら
「ぬばたまの」は黒にかかる言葉で、
そこから黒いもの、髪とか夜、
夜のイメージから夢とか月にかかる
と書かれてました。
「影絵」そのものに掛かってるのかも知れないんですが、
「ぬばたまの(夜の)影絵の」
とか
「ぬばたまの(月の)影絵の」
とか想像するとよりイメージが膨らみます。
うたの日で、
二句目の字余りについて言及させてもらいました。
この字余りのせいで一本調子になっていて
リズム的に山場がないかなぁって思ったんですが
こういうなだらかな流れが
逆にやさしい夜の雰囲気を演出してるのかも
とも今日になって思ったりしてます。
海老茶ちよ子さんの
狼に牙があるならわたしにも狂気くらいはあったっていい
このうたを見て、
この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉(三橋鷹女)
今生の狂ひが足らず秋螢(手塚美佐)
という俳句を思い出しました。
このうたの一人称が「わたし」だから、
ということよりも
つい思い出したこれらの俳句の作者がどちらも女性だったから
だと思うんですが、
女性の作者のうたなんだなぁって思いました。
「狼に牙」という武器があるように、
自分にも武器が欲しい。
その武器は「狂気」であるはず。
って感じかなって思います。
表現者としての武器であるかもしれないし
恋愛の上での武器になるかもしれないんだけど、
どちらにしても
たしかに「狂気」は強そうな武器ですよね。
「狂気ぐらいは」ってその「狂気」を
めっちゃカジュアルなもののように扱ってるところに、
逆にそれがなかなか手の届かないところにあるもの
って言ってるようにも思えました。
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