プロフィール

しま・しましま

Author:しま・しましま
こんにちは
しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
コメントとかすごくよろこびます。

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

夏の季語としての「水素水」その2にして最終回


引き続き「水素水」を季語として
俳句を実作してみる。
前回は二句一章の形式だったが、
今回は違う形式を試してみたい。
と、その前に、
俳句における二句一章の形式について
説明しておく。
これは文字通り、
二つの語句を一章にまとめる
という形式である。
○○○○○/○○○○○○○○○○○○○○(5音/12音)
○○○○○○○○○○○○○○/○○○○○(12音/5音)
いわゆる切れ字を入れる場合
○○○○や○○~(以下10音)
など。
これは季語が4音から6音ぐらいまでの場合の例。
それ以下かそれ以上の音数の季語であればまた形は変化する。
季語+季語と因果関係はあまりないフレーズ
という構成であることが多いかもしれない。
季語の持つイメージ喚起力を有効活用して
軽いスケッチや心象に季節感や一句をまとめるムードを作る感じ。
なので、
季語の持つイメージ力が弱かったり、
もう片方の語句との相性がイマイチだった場合に
前回も書いたような
「季語が動く」状態になりやすい。
「水素水」は
まだ季語としてのイメージ力が弱いので、
この二句一章という形式では
ぱっと見には俳句っぽい雰囲気を出せても
いま一つ水素水ならではというものにはなりにくいかもしれないのだ。
(とはいうものの、
実はわたし自身は「季語が動く」こと自体は
そこまで俳句のキズだとは思っていないこともここに併記しておく。
そりゃ何でも差し替えようと思えば「動く」だろと内心思っている。)
とまあ、二句一章に関係するはなしはこのぐらいにして、

1 水素水に尻当て猫の通りけり
2 サボテンを水素水よく沁み込みぬ
3 水素水並べアカルイ商店よ

という句を作ってみる。
ちなみに、わたし自身の作句傾向からいうと
一句一章の形式やどちらかというと苦手な方である。
なので、上手くない、
というのはご容赦いただきたいところ。

1は前回と同じように、
ボトルタイプの水素水を物体として捉えてみた。
違うところは現物が実際にわたしの手元にあることである。
ところでこの伊藤園の水素水だが、
アルミボトルのキャップを開けて、
ごくりと一口飲んだとたん、
舌先がうっすらしびれるような刺激があったのだが、
一体これは何だろう。
水素とは舌をしびれさすものだったのか。
それとも気負って飲んだので
舌がその気になってしまっただけなのか。
2は「水」であることをメインにした句。
ちなみに「サボテン」も夏の季語なのだが、
これは花の場合である。
そして、410ミリリットルのこの水素水を
飲みきれなくて始末した、
とかいう話ではない。
3は「水素水」が怪しいうたい文句で売り出されている水
だということを踏まえたもの。
これはややあぶない句になってしまったのではないかと
危惧しているがどうだろうか。
まだ「水素水」が季語として確立されていないので、
「今話題のよくわからん効能を謳った水」を
揶揄するような捉え方は、
時事俳句というよりも、
時事川柳に近くなってしまうのではないだろうか。
しかも下手なやつ。
わたしは川柳についてはまったく知識がないが
時事川柳は批判精神がぴしりと効いている
というイメージを強く持っている。
3の句がそうであるとは言わないが、
方向性は揶揄が含まれているかもしれない。
すくなくとも、
季語というよりは話題のキーワード化してしまった感がある。

さて、
二句一章で詠めばイメージが弱く、
一句一章で詠めば時事川柳と取られかねない。
やはり「水素水」は
少なくとも今現在の段階では夏の季語として、
いや、季語としては適当ではないのだろう。
まあ、やる前から分かっていたことではある。
これは悔し紛れの強弁ではなくて。
というか、
実際に飲んでみて思ったことは、
夏の美味しい飲料水
とはとても言えない。
これでは夏の季語として推挙すること自体が
無理なのである。

ざんねん しま・しましまのぼうけんはここでおわってしまった
スポンサーサイト

<< うたの日(6月14日) | ホーム | 夏の季語としての「水素水」その1 >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 ホーム