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しま・しましまです。
2014年冬から短歌を始めました。
主にうたの日とツイッターで短歌をしてます。
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うたの日(6月14日)


うたの日

6月14日のお題は「かたつむり」「含む」「自販機」「サンドイッチ」「腿」

ハムチーズ、レタスが育つの待ちながらすこしかさつくパンの表面(しま・しましま)
「サンドイッチ職人の朝は早い」
というフレーズを、「サンドイッチ」から連想して、
ずっとそれに囚われていたので、
これもサンドイッチ職人のうたです。
姉妹作として
小鳥にも小麦をすこし選り分けてサンドイッチ職人の朝は早い
プライベートビーチに作るミニ塩田サンドイッチ職人の朝は早い
妻がいればと思えばサンドイッチ職人の朝はちょっぴりかなしく早い
やまびこの夜はパン屋と飲み明かしサンドイッチ職人の朝は早い
があります。

ハートを入れたうた。
中牧正太さんの
神を待つ子どものようなコンビニのタマゴサンドの体育座り
コンビニのタマゴサンドの三角が、
子供が体育座りをしているように見える
という感じのうたと思います。
というよりも
コンビニのタマゴサンドは体育座りをしているように見えて、
その姿が子供のようにも見える
って感じかな。
その子供が、一般的な子供ではなくて
「神を待つ子ども」というところがポイントかと思います。
正直、作者の意図する「神を待つ子ども」が
わかんないんですよね。
心から神の存在を信じて、
神様に何かを祈ってる無垢な子供かもしれないし、
体育の時間に「二人組になって」と言われて、
もう神さまでも何でもいいから自分を消してほしいとか
願ってる子供かもしれないし、
また違うタイプの子供のことかも知れません。
で、
ここでなぜ作者がコンビニのサンドイッチの中でも
「タマゴサンド」をチョイスしたのか
考えてみます。
ミックス系のサンドイッチと較べて、
タマゴサンドオンリーのやつって
だいたいふた切れぐらいしかパックされてないから
他のサンドとくらべて薄めで
やや不安定なところがあるかなぁって思います。
柔かいものが柔かいものでサンドされてるところも
なんとなく傷つきやすいモノって感じもしなくない。
もう一つ深読みすれば、
フィリングに入ってる卵のみじん切りが、
痛々しい子供そのものを思わせる……とか。
まあとにかく、
なにか不安定な傷つきやすい子供とタマゴサンドは
たしかに共通イメージがあるかもって思います。
で、ですね、
わたしはこの「神を待つ子ども」という文字を読んだとき、
ぱっと脳裏に「神待ち少女」が浮かんできたわけです。
家出した女の子がネットで今晩泊めてくれる「神」を待ってる
っていうアレです。
路上で街のネオンに照らされながら、
神待ちしてる少女と
コンビニの明るすぎる照明の中のタマゴサンド、
なんか合うなって思いました。
ちなみに、
だろうなって思ったけどやっぱり中牧さんだよ
って結果発表の後思ったことを
蛇足ながら付け加えさせていただきます。

音符をつけたうた。
薄荷。さんの
夕飯のごぼうサラダとゆで卵パンに挟んで家出の準備
これも好きなうたでした。
ハートを迷いました。
子供なのかな、この「家出の準備」をしてるのは。
晩ご飯をちゃんと食べてから、
次の食事のための準備をしてるってところが
めっちゃかわいいなって思います。
晩ご飯前に、何かあったんでしょうか。
ぷんすか怒ってるんでしょうか。
うーん、可愛いです。
なにげに「ごぼうサラダとゆで卵」のチョイスが
サンドイッチの具の相性的にも、
栄養バランス的にもとてもよさそうで
サンドイッチセンスあるなぁって思いました。
矢波多恵さんの
シャキシャキとレタスサンドは正しくて背筋を伸ばしたくなる朝だ
朝のレタスサンド
というステキに健康的な朝ごはんがいいなって思います。
レタスが新鮮そうで、たしかに「正しい」感じ。
こういう健康的な明るさを指向したうたって
読んでて気持がいいですよね。

蟻男さんの
末っ子の サンド作りを 指導する チビをはさんで おにいちゃんたち
だいたい意味は分かるけど、
句切れごとに半角スペースを入れているので
意地悪く読むと意味がとれなくなってしまってる
そんなうただなって思いました。
全句切れごとにあるから、
逆にのっぺりしちゃって、
句切れで意味を切らないまんま
左から順番に繋がっていくのかなって
思ってしまいそう。(意地悪にいうとね)
そうすると、
「末っ子のサンド作り」を「指導するチビ」をはさんで「おにいちゃんたち」
と、総勢四人の子供が登場しちゃいます。
でも、たぶんそういう情景じゃないんですよね。
「サンド作り」を、指導係の「おにいちゃんたち」に、
サンドされながら作ってるチビの末っ子、
というめっちゃ可愛い情景なんでしょうね。
しかも、作者の視点が、
実はその「末っ子」ではなくて、
「おにいちゃんたち」の方に向いていた
という意外性があって、
楽しいうただと思いました。
三句目の「指導する」で、
意味的に軽く切れるんだと思うので、
ここだけスペースを残して、
あとのスペースはない方がいいんじゃないかな
って思ってそこが残念でした。
久哲さんの
つまさきが岬みたいだぺっとりと落ちたトマトに侵食されて
うたの日のコメントにも書きましたが、
「つまさきが岬みたい」がちょっと分からなかったんですよね。
「落ちたトマトに侵食されて」「つまさきが岬みたい」に思えた
っていうことなんだと思うんですが、
なんで「侵食され」ると「岬みたい」なのかが
ピンとこなかった、という感じ。
でも、
サンドイッチを作ってる途中で、
スライスしたトマトが足元に落ちて、
それがつま先あたりにぺしゃんと張り付いてる
っていう情景を、
真上から眺めるって、
それは断崖絶壁の岬から真下を眺めてるみたいに
見えるかもなって思うと、
ちょっとスルーできない魅力あるなって思いました。
(火サス的な)
あと、「ぺっとり」がいいなぁって思います。
生理的な気持悪さが感じられる擬音だなって思いました。
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